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【小説】ロックバンドが止まらない(114)


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 神原たちが初めての音楽フェスの出演を終えてから、一週間が経った。

 初めての夏の屋外でのライブは、猛烈な暑さは想像以上だったものの、それでも終盤の観客の反応からして、神原たちには成功と言いたくなるようなものだった。

 出番を終えて東京に戻ってきて、四人で呑んだビールの味を神原は未だに覚えている。今までとはまた違った味わい深さがあって、これが音楽フェスに出演することなのかと、神原はしみじみと感じていた。

 それでも、神原たちには九月に入ってすぐにまたライブが控えていたから、いつまで経っても余韻に浸ってはいられない。一〇月に発売されるニューシングルのミュージックビデオ撮影や、メディア取材などのプロモーションも徐々に増えていく。

 だから、神原たちはまたすぐにスタジオに入って練習をする必要があった。普段通りの活動をできていることに、神原は集中しながらもどこかで安堵する。

 四人とも音楽フェスで得た手ごたえが続いているのか、演奏にもキレがあって、この分なら次のライブもまた良いものにできそうだと、神原は感じていた。

 その日、神原は深夜になってもなかなか寝つけずにいた。昼間にバンド練習をして、それなりに疲れているはずなのに、どうにも眠れない。熱帯夜だから冷房を入れっぱなしにして、過ごしやすい環境を作っていてもだ。

 ベッドに横になってから一時間が経っても眠れずに、神原は半ば諦めるようにして身体を起こしていた。

 明日は幸いにして何も予定が入っていない。だから、少し寝る時間がずれても影響は小さかった。

 神原は、冷蔵庫から缶ビールを取り出す。ギターを弾く気にはそこまでなれなくて、なんとなくテレビの電源を入れる。

 いくつかチャンネルを変えていると、とある放送局が音楽番組を放送していた。毎週一五分の枠で一組のミュージシャンを掘り下げる番組だ。

 CM明けに映った光景に、神原はビールを呑む手を止める。今日特集されて番組に出ていたのは、ショートランチの三人だった。

 きっと先週リリースされたニューアルバム「再生力」のプロモーションだろう。それでも四月にスプリットツアーで共演したばかりの三人がテレビに出ているところを見ると、神原はどこか不思議な感覚を抱いてしまう。まだまだテレビに出られる兆しさえない自分たちと比べて、また水を空けられてしまったかのようだ。

 だけれど、神原はテレビの電源を切らなかった。三人がどう紹介されているのか、気になる部分も確かにあったからだ。

「人気急上昇中の3ピースガールズバンド」と三人を紹介するVTRが流れた後、画面はスタジオに切り替わる。すると、三人と男性司会者と女性アナウンサーがセットに座っているところが、画面には映し出された。

「改めて、本日のゲストはショートランチの皆さんです!」と女性アナウンサーに紹介されて、三人はどこか緊張した面持ちのまま「よろしくお願いします」と、小さく頭を下げていた。

「ショートランチの皆さんは今回が番組初登場なんですよね?」と男性司会者が三人に水を向ける。代表して答えたのは平井だった。

「はい。この番組は私たちも以前から何度も見ていたので、今回こうして出演できて、本当に嬉しいです」

「簡単にここまでの活動をおさらいしておきますと、三人は四年前の二〇〇四年にバンドを結成。結成当初は地元である徳島で活動していたようですね」

「はい。その頃は私たちはまだ学生で。単純に演奏するのが楽しい、ライブをするのが楽しいといったそんな時期でした」

「それから二〇〇六年に上京して、デビューミニアルバムである『shortlunch is coming』をリリースしています。評判の方はどうだったんですか?」

「ありがたいことに、多くの方に評価していただけて、これから東京で、メジャーでやっていけるという自信がつきました。今の私たちがあるのは、そのときの経験のおかげです」

「なるほど。そして、その年の一〇月にはファーストシングル『恋のつもり』をリリース。さらにその翌年に発売されたファーストアルバム『カミナリ』は、チャートでも最高八位を記録するなどいきなりのヒットになりました」

「ええ、大変恐縮ですけど、そうやって目に見える形で多くの方に評価していただけたというのは、私たちも本当に嬉しかったです。自分たちの音楽により自信が持てた、とても大きな出来事でした」

「そして、今月には待望のセカンドアルバム『再生力』をリリースしました。先行シングルである『シャンデリア』などを収録したこのアルバム、どんなところが魅力だと三人は考えていますか?」

「そうですね。まずは『カミナリ』よりも進化した私たちのサウンドを聴いていただきたいなというのが、まず一つとしてありますね。私たちも活動を続けていくなかで、演奏面でできることは増えていっているので、そのあたりの変化を感じてくださったら嬉しいですね」

「なるほど。保科さんや辻堂さんはどうですか?」

「はい。今回の『再生力』も前作に負けず劣らず良いアルバムになっていると思います。どの曲もできたときには大きな手ごたえがありましたし、手前味噌なんですけど、私たちにとっては収録されている全ての曲が好きだと思えるアルバムですね。もちろん一曲目から聴いていただくのが理想なんですけど、どこから聴いても楽しめるアルバムになっていると思います」

「私も今回の『再生力』は自分たちで作っていながら、大好きなアルバムです。私たち三人が書いた歌詞は、自分で言うのもなんですけど、バリエーションに富んでますし、そこに恵末が本当に良い曲を乗せてくれたと思っています。今の私たちのベストが詰まっているアルバムなので、ファンやリスナーの方はもちろん、今まで私たちを知らなかった方にも聴いていただきたいですね」

「そうですか。三人にとっても自信作ということで、今後の活動が僕も楽しみになってきました。来月からはこのアルバムを引っさげて全国一六都市を周るツアーも予定されていて、さらには来年の二月には武道館公演も行うそうですね」

「そうですね。今まで行ったことがない場所にも行くので、一人でも多くのお客さんが来てくれるといいなと思います。それに来年の武道館公演は、私たちも上京したときから目標にしていたことなので。現時点での私たちの集大成になるようなライブを、お見せしたいと思っています」

「なるほど。それは楽しみですね。では、今日はリリースされたばかりのニューアルバム『再生力』から『シャンデリア』を演奏してくれるということで。では、三人ともひとまずはありがとうございました」

「はい、ありがとうございました」

 平井に続いて、保科や辻堂も「ありがとうございました」と小さく頭を下げていて、その姿に神原は嫉妬心を上回る安堵を抱いてしまう。緊張した面持ちを浮かべながらも、それでも頑張って話す三人に、自分事のようにハラハラしていた。

 未だ開いている差を自覚しながらも、それでも神原はどこか親心のような気持ちさえも感じてしまう。スプリットツアーや平井が自分たちのライブに来てくれたこともあって、神原と三人の精神的な距離は少しだけ縮まっていた。

 三人を招いてのトークが終わると、画面はすぐに楽器を構えた三人の場面に切り替わった。辻堂がバスドラムを鳴らし出して始まったのは、三人の代表曲である「シャンデリア」だ。

 初めて顔見せライブのリハーサルで聴いたときは、神原は衝撃を受け、まったく気が気でなかった。強く唇を噛みしめた。

 でも、スプリットツアーでも毎公演演奏されていて、神原としても多少耳馴染みができてきたおかげか、今はいくらか落ち着いた気分で聴くことができる。アルコールが入っていて、多少大らかな気持ちになっていたのも大きい。

 三人の演奏はテレビ画面を通してみても、とてもまとまっていてなおかつ軽やかに聴こえ、カメラが向けられているという緊張を、神原に感じさせないほどだった。

 きっとこの放送でショートランチを知る人も多いのだろう。それはますます人気の差が開くことを意味していたが、それも今だけは神原には気にならなかった。

 心は凪いでいて、演奏を聴きながら楽しい気分さえ感じてしまっている。それは顔見せライブで出会ったときからは、考えられない心境だった。

「シャンデリア」の演奏を終えて笑顔でいる三人を映し出してから、番組は簡単な次回予告を流して終わった。

 流れるCMには興味がなかったので、神原はテレビの電源を落とし、缶ビールを呑みながらしばし番組の余韻を味わう。ショートランチの三人はテレビでも楽しそうに演奏していて、それは神原からつまらないプライドを取り去っていた。眠れない夜なのに、いくらか気分よくいられる。

 神原は立ち上がると、CDが並んでしまわれている棚に向かった。何十枚ものCDから「再生力」を取り出す。以前平井が自分たちのライブの打ち上げに来たときに、「よかったら」と渡されていたものだ。

 CDプレイヤーに挿入して、ヘッドフォンをつけてから、神原は「再生力」を再生する。程よく歪んだギターのイントロから始まった一曲目は故郷にいる家族のことを歌った曲で、聴いていると神原も実家の両親のことを思い出すようだ。

 番組で三人が言った通り、一曲目から神原にとっては素直に良いと思える曲が演奏されていて、それはこのアルバムが名盤であることを、早くも神原に予期させていた。


(続く)


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