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スポットライトが見えずとも~上総台高校アクター部がいる!~(172)


前回:スポットライトが見えずとも~上総台高校アクター部がいる!~(171)




「はい、OK! 成、ありがとー!」

 カメラを構えた泊が言うと、成はふっと表情を緩めた。泊を中心に今しがた撮影した映像を確認する輪ができているのを、晴明は嬉しいやら小恥ずかしい気持ちで眺める。

 今アクター部の面々は、晴明の印象を述べるビデオレターを撮影している。もちろん冬樹を説得するためだ。

 どれだけ自分が部にとって必要なのかを先輩たちや桜子が口々に述べていて、晴明は少しこそばゆい思いを抱く。

 でも、自分のためにここまでしてくれる人たちはなかなかいないと思うと、大いに胸が暖められた。

「じゃあ、一人一人のコメントは撮り終わったから、最後はみんなで映ろっか。ほら、横一列に並んで」

 そう泊が声をかけて、二年生と桜子をカメラの前に並べる。部長と副部長である渡と成を、芽吹と桜子が挟む形だ。明白な身長差が、いつも見ている光景のはずなのに改めて目の前に現れると、晴明にはおかしくて少しだけ笑いそうにもなってしまう。

 それぞれ、事前の打ち合わせ通りのセリフを発する四人。決まったセリフでも本心からのものなので、晴明の心にすっとしみこむ。

 四人が声を合わせると、晴明の胸には熱いものが湧いた。いつでも味方をしてくれる人間が、泊やここにいない佐貫も含めて、こんなにもいる。冬樹を説得できる兆しさえ見えてきたようだ。

「うん、OK! とりあえずは撮影はこれで十分かな。みんなありがとー!」

 調子よく四人に告げる泊を見て、「ありがとう」と言いたいのは自分の方だと、晴明は強く感じていた。

 だから、リラックスした様子を見せている四人に、誠心誠意感謝を伝える。四人とも笑顔で晴明に接してくれていて、晴明の心はより解きほぐされていく。

 この仲間たちと、二年生になってもアクター部を続けていたい。身体の芯から、晴明は感じた。

「泊先輩、ありがとうございます。お忙しいなか、わざわざ付き合ってくださって」

 カメラをケースに収納したのを見計らって、晴明は泊にも声をかけていた。ケースを担いだ泊は、以前にも輪をかけて優しい表情をしていた。

「ううん。似鳥たちの頼みなら、私はいつだって応じるよ。まだ同じ学校にはいるわけだし」

「はい、本当にありがとうございます。どれだけ感謝しても足りないくらいです」

「いいよ、そんなにまで言わなくて。先輩として、カメラを持ってる人間として、当然のことをしただけだよ」

 泊は、何の疑問も持っていない様子で言う。引退してもまだ自分たちのことを気にしてくれていることに、晴明は深く頭を下げたくなった。

「あと、昨日ラインで教えてくれてありがとね。言いづらかっただろうに思い切って連絡してくれたこと、感謝してるよ」

 晴明は昨夜、泊と佐貫にそれぞれ個別のラインを送っていた。二年生や桜子に話した自分の過去を、簡潔にまとめて送信していた。

 何十行となってしまったメッセージを二人とも一言一句漏らさず読んでくれたようで、二人が真っ先に返信した「打ち明けてくれてありがとう」という感謝の言葉に、自分は先輩に恵まれていると晴明は改めて感じた。

 特に泊には、先に成から「似鳥を引き留めるために、ビデオレターを撮りたい」といった趣旨のラインが送られていたようで、そのぶん理解も早かった。今日コミュニティーセンタで会った時も、在籍していた頃を思い出すような暖かさで接してくれていて、晴明は胸がすくようだった。

「いえ、僕も泊先輩や佐貫先輩に、素直に受け入れてもらえて嬉しかったです。むしろ、すいません。こんな遅い時期になってしまって。泊先輩たちのこと信頼してないわけじゃなかったんですけど、なかなか言い出せなくて」

「似鳥さ、成たちにもそうやって謝ってたでしょ」

 図星を指されて、晴明は答えに窮してしまう。泊は小さく笑っていた。

「それって成先輩たちに聞いたんですか……?」

「ううん。でも、似鳥の性格を考えればなんとなく分かるよ。どんだけ同じ部活にいたと思ってんの?」

 泊の目は緩んでいた。気に病む必要なんてないと言っているように。その表情に、晴明の泊への信頼はより深まっていく。

「言っとくけど、私は似鳥のこと可哀想なんて思ってないからね。いくら出会いがあれば別れがあるとはいえ、小学校に入る前から連れ添ってくれた先生を失ったなら、弾けなくなるのもある種当然のことだと思うから。似鳥が負い目を感じる必要なんてないよ」

 成が「そろそろ帰りますよー」と、二人に呼びかける。予約したコミュニティセンターの利用時間が、間もなく終了を迎える。

 泊は「うん、今行くー」と返事をして、晴明にもう一度顔を向けた。何てことのない、無邪気な笑みだった。

「じゃあ、似鳥。金曜までには編集して送るから。お父さん、説得できるといいね」

 そう言って会議室を後にしようとする泊を、晴明は呼び止めていた。泊たちがここまでしてくれているからこそ、不安もより大きくなっていた。

 泊が「ん?」と振り返る。

「あの、本当に僕は父親を説得できるんでしょうか……?」

「大丈夫だよ。私たちがついてるから。いつだって」

 優しい言葉は、晴明の不安をまるごと包み込んだ。何一つ確証はなくても、不思議と心強く感じる。

 立ち止まっていたら溢れそうなものがあったので、晴明は頷いて泊と一緒に会議室を後にする。

 冬樹のてこでも動かない心が動いてくれることを、期待せずにはいられなかった。

 泊からの編集されたビデオレターは、木曜の夜に晴明のもとに届いていた。イヤフォンを通して、オルゴールの暖かな音楽と、桜子たち四人のメッセージが流れてきて、晴明は思わず涙ぐんでしまう。

 自分のために、四人は言葉を尽くしてくれたのだ。きっとうまくいくと信じて、晴明は寝床についた。

 早く冬樹や奈津美にこのビデオレターを見せたいと思った。

 だけれど、そんな晴明の気持ちも、朝起きて冬樹を一目見ただけで削がれてしまう。

 リビングに行くと、冬樹はソファに座って経済新聞を読んでいた。晴明を目にして「おはよう」と声をかけてくれたものの、すぐに再び新聞に視線を落としてしまっていて、奥底に流れる冷たさを晴明は感じ取ってしまう。昨夜の自分が夢でも見ていたかのように、一気に現実に引き戻される。

 奈津美も交えて三人で朝食を食べている間も、冬樹は何気なく話していたけれど、部活の話は一個も出ず、晴明は寂しくなった。

 アクター部がなかったら、ここまで充実した高校生活を送れていない。そのことを冬樹は分かっていないようで、心細く思った。

「ハルさ、とま先輩が編集してくれたビデオレター見たよね?」

 昼食を食べ始めて、桜子が真っ先に聞いてくる。晴明も「ああ」と淡々と頷く。今は感情を悟られたくなかった。

「あれ私、自分で言ってるの見て感動しちゃった。先輩たちのハルを引き留めたいって気持ちが、明確に言葉にされてて、ちょっと泣きそうになっちゃった」

「……そうだな。ありがたいよ」。昼食を食べながら、晴明は何とか答える。でも、その呟くような言い方は、桜子に心配をかけてしまう。

「どうしたの、ハル? もしかして不満?」

「いや、そんなことねぇよ。絶対にねぇ。先輩たちやサクがここまで言ってくれて、本当に嬉しいなって思うよ」

 晴明は笑ってみせる。でも、それは心からの笑顔ではなくて、客観的に見れば苦笑いと呼ばれるものだった。

 桜子も気がかりに思ったらしく、「ハル、マジでどうしたの?」と重ねて聞いてくる。目が間違いなく自分を気遣っていて、晴明は正直に胸の内を打ち明けることにした。

「いや、本当にありがたいと思ってるし、その気持ちに嘘はねぇよ。でもさ、本当にこのビデオレターを見せただけで父さんを説得できるのか、ちょっと俺には自信がなくて……。いや、もちろんビデオレターが悪いんじゃなくて……」

「そんなに冬樹さん、ハルの部活に反対してるの?」

 晴明は頷いた。認めたくなかったけれど、事実だった。

「何回か話はしてるんだけど、ことごとくダメで……。最近は部活の話すらしなくなって……。こんな状態でいきなりビデオレターを見せても、だからどうしたって言われる気がすんだよな……」

 言葉にする度に現実を直視させられて、晴明は参ってしまう。冬樹という壁が、越えられないほど高いもののように思えてくる。

「ねぇ、ハル」と桜子に言われて、晴明は自分が俯いていることに気づいた。辛うじて顔を上げる。

「確かに今まではうまくいかなかったかもしれない。でも、それはハルが一人で闘ってたからだよ。もう一人で闘う必要なんてない。私たちも一緒に闘うからさ」

 力強い宣言。それでも口元にケチャップがついた状態で桜子は言っていたから、着飾っていないことが分かり、晴明の胸はにわかに満たされていく。

「ああ、ありがとな。気持ちだけでも受け取っとくわ」

「そうじゃなくて、私たちを冬樹さんに会わせてよ。一人で言うよりも五人で言った方が、説得力はその分だけ増すと思うんだ」

 桜子の申し出はありがたい以外の何物でもない。だけれど、晴明は素直に返事ができなかった。

 ビデオレターを撮ってもらったうえに、さらに家にまで来てくれる。そこまで負担をかけるのはどうだろうと思ってしまった。

「そうだな。考えとく」

「うん、ちゃんと考えといてよ。ハルの力になりたいって気持ちは、私たち四人とも全く変わらないんだからね」

 念を押す桜子に、晴明は頷いて答える。でも、それは別に同意したわけではなくて、ただ受け流すための行動だった。

 騒がしい教室のなかで、昼食は続いていく。食べながら、桜子と一緒にいられるこの状況はいつまで続くのだろうかと、晴明はぼんやりと考えてしまった。

 泊からビデオレターを送られたはいいものの結局両親、特に冬樹に見せることはできないまま、晴明は土曜日を迎えていた。

 この日の活動は午前中、千葉駅前でライリスに入って明日の一部昇格プレーオフ決勝、ハニファンド千葉対ファンツィーニ岡山の最後の告知活動をするだけで終わり、晴明は午後の一時には家に帰ることができていた。

 冬樹も奈津美もこの日は休みで、三人で昼食の席に着く。奈津美がホームベーカリーで焼いたパンに、玉子をマヨネーズで和えたサラダを挟んで、玉子サンドにして食べる。

 晴明としては明日の試合の話をしたかったのだが、仕事や同僚のことについて話す冬樹がそれを許さない。

 舌に広がるまろやかな味わいとは反対に、ダイニングの空気はどこかシビアだった。

 それでも食事が終わって束の間、両親がリビングでくつろいでいる時間に、晴明は勇気を出して行動を開始する。Bluetoothでスマートフォンとテレビを繋ぎ、意を決して二人に声をかけた。

「ねぇ、お父さん、お母さん。今ちょっといい?」

 そう切り出した晴明に、二人は快く応えてくれた。一斉に向けられる目に、親子とは思えないほどの緊張が晴明に走る。それでも、晴明は顔を下げることなく、言葉を続けた。

「もったいぶっても意味ないから、単刀直入に言うね。お父さん、どうか僕に二年生になってからも部活を続けさせてください」

「お願いします」。そうはっきりと言って、晴明は深く頭を下げた。表情は見えなかったけれど、冬樹が戸惑ってさえいないのは、何となく分かってしまう。

「晴明、顔を上げなさい」と言う声は、ひどく落ち着いていた。

「何度も言ってるだろ。今のお前には勉強が何よりも大事なんだ。勉強を頑張っていい大学に行って、優良企業に入る。それがお前が幸せになる、一番の近道なんだ」

 予想していたとはいえ、冬樹の答えは相変わらずつれなくて、晴明が取った防御の上からでも衝撃を与えてくる。声も足も震えそうになってしまう。

 だけれど、晴明は視線を下げなかった。ここでへこたれていたら、今までと同じだ。

「お父さん、悪いようだけど、もうそんな時代じゃないと思うよ。お父さんの言う近道を歩まなくたって、幸せな人はいっぱいいるんだから」

「そんなこと俺も分かってるよ。でもな、晴明。現実問題、それで幸せな人は、何か特別な才能を持ってたりするんだよ。お前もその才能を持ってたけど、今はそれを捨ててしまっただろ。だから、他に秀でた才能のないお前が幸せになるには、優良企業に入って安定した収入を得るのが一番なんだよ」

「そんな。別にそこそこの収入でも、幸せな人はたくさんいるでしょ。結婚したり、家族を持ったりさ。そんなささやかな幸せまで、お父さんは否定するの?」

「そうじゃない。そのささやかな幸せを手に入れるためにも、安定した収入は必要だって話をしてるんだ。たとえば仕事も収入もない状態で、お前が誰かと付き合ったとしても、結局はお金の問題で揉めることになるんだ。それに世知辛い話だけれど、お金がなきゃ子供ができたとしても育てられないからな。お前は自分だけじゃなくて、大切な人にまで辛い思いをさせてもいいのか?」

 晴明の訴えにも、冬樹は一歩も引かなかった。

 晴明だって分かっている。冬樹が言っていることは、圧倒的に現実的で正論だ。

 今の自分には、人と比べて突出したものがない。地道に勉強に取り組むのが、一番賢い選択なのだろう。

 それでも、晴明はそれを認めたくはなかった。正しいことばかりをしていたら、息が詰まると思った。

「そっか。やっぱりお父さんの言うことは変わらないんだね」

「でも」。晴明は言葉に力を込める。

「今日はお父さん、それにお母さんにも見てもらいたいものがあるんだ」


(続く)


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