スポットライトが見えずとも~上総台高校アクター部がいる!~(198)
前回:スポットライトが見えずとも~上総台高校アクター部がいる!~(197)
場外グリーティングが終わって、次の出番である入場者の出迎えのときも、晴明たちは休むことなく動き続けていた。
筒井から聞いていた通り、待機列は何重にも折れ曲がっていて今日、いや今シーズンへの期待値の高さを示していた。階段を上ってやってくる入場者に、晴明は一人残らずといった勢いで手を振る。
誰もが優しいのか、それともライリスたちの認知度が上がってきているのか、無視されることはほとんどなくて、手を振り返されたり、スマートフォンを掲げられたりといったリアクションに、晴明は確かなやりがいを感じた。
一人一人と触れ合う時間はあまり取れなかったが、それでも何かしら反応を示してくれるファンやサポーターに、晴明は既に感慨深い思いでいっぱいだった。ずっと動いていても大変だとは、それほど思わなかった。
入場者の出迎えから戻ると、晴明たちは再び休んで、今度はキックオフの一時間以上前に、スタジアムの中に登場した。試合前の恒例コーナー、ハニファンドTVだ。
昨シーズンが終わって以来、久しぶりに会う野々村の横に立って見渡すと、どのスタンドにも次々と人が入り始めて、試合に向けた雰囲気を醸成していく。音楽がスピーカーから流れて、野々村が呼びかけるとスタンドからはさっそく拍手が飛んだ。
晴明たちも手を振ったり、頭を下げたりして応える。フカスタのピッチサイドには先週も立ったが、正式なリーグ戦の開幕である今日はまた違った雰囲気があり、晴明の身も引き締まる。
今日の意気込みを尋ねられて、晴明は胸を叩いて三本の指を立てた。勝ち点三、すなわち勝利をつかみ取るといった意思表示に、ファンやサポーターの思いが重なり合うのを感じる。それは身体の奥から力が湧いてくるような、強い感覚だった。
ハニファンドTVを終えると、晴明たちはピッチを一周し始める。筒井に手を引かれて、メインスタンドから歩き出す晴明たち。晴明が手を掲げたり振ったりして動きで呼びかけると、スタンドのファンやサポーターも手を振り返したり、スマートフォンを構えてくれる。
その中には、冬樹と奈津美の姿もあった。二回目だからフカスタでの過ごし方も少しずつ分かってきたのか、ハニファンド千葉のタオルマフラーを首からぶら下げていて、膝にはスタジアムグルメのソーセージ盛りが載っているのが見える。
晴明は立ち止まると、左手を腰に当て、右手を掲げるポーズをしてみせた。スマートフォンをこちらに向けている奈津美と、温かな目をしている冬樹。その姿がマスコットだけでなく、フカスタ全体を楽しんでいるようで、晴明には微笑ましかった。
晴明たちがホームゴール裏に向かったときには、ファンやサポーターは拍手をして、三人の名前をコールしてくれた。ちばしんカップでは味わえなかった光景に、晴明の胸は躍る。
良い気分のままバックスタンドに向かうと、ちょうど真ん中あたりに佐貫と泊がいた。受験も終わって暇ができたのだろう。事前に来るとは聞いていなかったから、入場の際に触れ合ったときも晴明は飛び上がりたくなるほど嬉しかったのだが、仲良さそうにしている二人の姿が、晴明にはとても尊いものに映る。
泊は大学進学を機に東京に行くから、フカスタには来づらくなるかもしれない。今この瞬間を楽しんでくれていますようにと、晴明は願った。
そして、アウェイゴール裏の前を訪れても大分トリデンテのファンやサポーターは、温かい拍手で晴明たちを迎えてくれた。歓迎する空気に、戦うのは試合の間だけで、それ以外の時間は同じリーグに所属する仲間なのだと改めて知る。
写真を求める空気に晴明は立ち止まって、思い思いのポーズを取って応えた。試合前のフカスタは、緊張感もあったけれど、それ以上に今日の空のような晴れやかな雰囲気に包まれていた。
ピッチ一周を終えて、少し長めの休息を取った後は、いよいよ選手の入場だ。両チームのサポーターの応援歌が響く中、晴明は再びライリスに入る時間を迎える。
選手や監督のメッセージが書かれたホワイトボードを今一度眺め、力を貰ってから、晴明は再びライリスを着た。選手入場口の前に立って、選手たちがやってくるのを待つ。
ミーティングが終わったのだろう。大きな掛け声に円陣を組んだのが伝わってきた後、続々と選手は入場口へとやってきた。
これから行われる試合に集中しているから、これといった反応がなくてもしょうがない。そう晴明は思っていたのだが、その予想に反して、この日は全ての選手がライリスに何らかの反応を示してくれていた。目を向けてくれるのはもちろん、グータッチをしてくれる選手もいて、晴明はホワイトボードに書かれたメッセージが嘘やお世辞でなかったことを再認識する。
そして、その選手は最後にやってきた。ライリスを見つけるなり、一直線に向かってくる。ここまでライリスのことを気にしてくれる選手は、一人しかいない。
「ライリス! 一週間ぶりだね!」
相も変わらず活発な柴本の声に、晴明はすぐに嬉しくなってしまう。右手を掲げて親指を立てると、柴本も同じように、ぐっと親指を立ててくれた。
試合前の大事な時間を自分に使ってくれていることがありがたくて、晴明はサムズアップ以上のことがしたくなる。たとえ、それが難しいことだと分かっていても。
「ちばしんカップでも会ったけど、今日が本当のシーズンの始まりだからね。新しいシーズンも、またこうしてライリスと迎えることができて、とても嬉しいよ」
晴明は頷く。自分だって、柴本たち選手とこうして二年目のシーズンを迎えられたことは、この上なく喜ばしい。
何一つ当たり前ではないことを自覚して、晴明は胸に迫るものを感じた。目の前にいる選手たちが、勇敢な戦士に見えた。
「見ててね、ライリス。今日の試合絶対に勝つから。俺がゴールを決めて、スタートダッシュしてみせるから」
それが現実になったらどれだけいいだろうかと思いながら、晴明は再び頷く。去年から好調を維持している柴本のことだから、本当になる可能性は高そうだ。
緊張していないかのように、笑顔でいてくれる柴本は、ホワイトボードのことには触れようとしていなかった。口に出さない方が粋だと思っているのかもしれない。
でも、晴明は泣きたくなるくらい感動したのだ。どうにかしてこの思いを伝えたい。
晴明は、自分の意思で腕を広げた。もしかしたら、この場にふさわしい行動ではないのかもしれない。だけれど、柴本は晴明の意図を理解して、晴明の胸に身体を寄せ、二人は束の間抱き合った。
他の選手の目もあるから、長く抱き合ってはいられなかったけれど、たとえ数秒間に満たない抱擁でも、晴明は自分の思いが伝わっていると信じたかった。
柴本の身体は鍛えられているだけあって、がっしりとしていて、晴明の心を奪う。身体を離した柴本は、実に爽やかな表情をしていた。心配なんて何もないと言わんばかりの、綺麗な表情だった。
「ライリス、ありがとね。じゃあ、今シーズンもよろしく!」
そう言って審判にスパイクを見せに行った柴本を、晴明は右手を掲げながら見送った。入場口前に充満する思いはただ一つ、「勝ちたい」だ。
両チームの選手からそれは迸っていたが、晴明はハニファンド千葉が勝てると信じて疑わなかった。
マスコットの中の人である自分たちにまで、気を配ってくれる。そんなチームが負けるわけないと感じていた。
両チームのサポーターが大きな声で選手入場時の応援歌を歌う中、晴明は最後尾に並ぶ。息を落ち着かせ、気持ちを整える。
昨シーズン何度も聴いた耳馴染みのあるアンセムが流れ出すと、審判団を先頭に選手たちは歩き出した。最後尾の柴本に続いて、晴明もピッチへの第一歩を踏み出す。
入場口から一歩出ただけで、晴明はちばしんカップとも試合前とも違う、引き締まった空気を感じた。ピッチにはいよいよ試合が始まるという緊張感が溢れ、両チームのサポーターが歌う応援歌が、スタジアムを神聖な場所に変えている。
でも、サポーターの歌声は厳かなだけではなく、同時に喜びも晴明には伝わってくる。新しいシーズンに期待する高揚感は、開幕戦にこそ現れるのだろう。
ゴール裏だけでなく、バックスタンドやメインスタンドまでタオルマフラーを回している光景は、晴明には一つの大きなアトラクションのようにさえ見えた。誰もがキックオフの瞬間を、多くの人がハニファンド千葉の勝利を願っていて、日常的には味わえない心躍る空間だ。
晴明は中継のカメラに向けてガッツポーズを決めてから、選手達に続いてピッチに入っていく。靴越しにでも伝わってくる、ピッチの青々とした感覚。隣に柴本がいる安心感。晴明はこの大きな盛り上がりを見せる瞬間が、すっかり好きになっていた。大分の選手や審判団と握手をしていても、自分が試合に出るわけでもないのに「やってやるぞ」という思いが全身にみなぎってくる。
でも、ただでさえ短い時間はあっという間に流れ、選手との写真撮影が終わったら、晴明はいったんお役御免となる。このまま試合を見守っていたいだが、体力的にそうはいかない。
それでも、引き上げる直前に隣にいた柴本は、最後にもう一度グータッチをしてくれたから、晴明は気分よくピッチを後にすることができた。バックヤードに戻る前に一礼をする。
顔を上げて見たスタジアムの景色は、両チームの勝利を願うワクワク感で満ちていた。
試合は序盤からハニファンド千葉がペースを握った。それでも、積極的にシュートを放ちながらも、得点が奪えず前半を〇対〇で折り返すと、後半開始早々に大分に先制点を決められてしまう。
だけれど、ファンやサポーターは意気消沈することなく、それまで以上の声援で選手たちを鼓舞していた。それに応えるかのように、ハニファンド千葉は後半二一分と後半三三分に、ゴールを決めて逆転に成功した。
特に逆転ゴールが決まったときのファンやサポーターの喜びようは、スタジアムを揺らすかのようで、会議室で待機する晴明たちにも、その興奮はダイレクトに伝わってきていた。直接試合を見られなくても、サッカー観戦の醍醐味を晴明たちは味わっていた。
そして今、晴明たちはそれぞれ着ぐるみに入って、ピッチサイドに立ち戦況を見つめている。試合後の挨拶にすぐに参加するためだ。
試合は後半のアディショナルタイムに入っている。先ほどからずっと、攻める大分に守る千葉という構図が続いていて、晴明には五分というアディショナルタイムがとても長く感じられてしまう。ギリギリのところでシュートブロックに入ったり、セービングをしている選手たちを見ると、手に汗を握って、このまま試合が終わってくれと思わずにはいられなかった。
そして、試合の最終盤。大分は敵陣浅い位置でフリーキックを獲得していた。これがラストプレーだという雰囲気がスタジアムには漂い、大分は少し遠い位置からでも起死回生の同点弾を狙おうとしている。相手ゴールキーパーまでが上がってのセットプレーに、晴明は手を組んで守り切れますようにと祈った。
ペナルティーエリア内にボールが蹴りこまれ、両チームの選手が入り混じっての混戦となる。それでも、最後はハニファンド千葉の選手がボールを前方へ大きく蹴り出し、直後に主審が試合終了を告げる長い笛を吹いた。
ハニファンド千葉の勝利が確定した瞬間、スタジアムは大きな喜びに包まれる。あちらこちらから安堵の息が音として聞こえ、勝利を誇るかのようにアウェイゴール裏以外のスタジアム全体から拍手が飛ぶ。
晴明も気がつけばガッツポーズをして、メインスタンドに向けて両手を高く突き上げていた。普段ならとてもできない行為も、スタジアムに広がる興奮と達成感に乗せられて、恥ずかしがらずにできた。
(続く)
次回:スポットライトが見えずとも~上総台高校アクター部がいる!~(199)