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スポットライトが見えずとも~上総台高校アクター部がいる!~(199)
前回:スポットライトが見えずとも~上総台高校アクター部がいる!~(198)
興奮冷めやらぬ中、晴明たちはベンチ前で試合を終えた選手たちと合流する。選手たちもファンやサポーターと同様、達成感と安堵感を醸し出していて、疲れているだろうに晴明たちに微笑みかけたり、ハイタッチをしたりしてくれた。
柴本に「ライリス、勝てたよ!」と言われて、晴明は大きく頷く。選手たちと喜びを分かち合うことができて、紛れもなくチームの一員になっているという実感が、晴明を余計に嬉しくさせた。
もちろん先制点を与えてしまったことは反省材料だし、長いシーズンの最初の一試合を勝利しただけだ。
それでも今は、何も考えずに喜びに浸るべきだろう。ゴール裏からは、勝利時にサポーターが歌う応援歌が聴こえてくる。大らかだけれど勇壮な響きに、晴明は掛け値なしに感動していた。
間もなくして選手と晴明たちは自分たちを応援して、見守ってくれたファンやサポーターへの挨拶に向かう。
バックスタンドから選手たちを労う温かい拍手を貰って、一同はゴール裏の前へと向かった。ゴール裏は多くのサポーターが帰らずに待っていてくれて、多くの人が笑顔やホッとした表情をしている。一同が整列する前から拍手を送ってきていて、綺麗な光景だと晴明は感じた。この先何度でも、できれば全ての試合で見ていたい景色だ。
かけ声に合わせてお辞儀をして顔を上げると、サポーターのいくつもの喜んだ顔がまっすぐに目に入ってきて、晴明はまた頬を緩める。中央付近に密集しているのは、これから喜びを分かち合うためだ。
肩を組み始めたサポーターに倣うようにして、選手たちも肩を組む。晴明も両隣の柴本とピオニンと肩を組んだ。そして、太鼓の音を合図にして、ラインダンスが始まった。
サポーターが歌うメロディーに合わせて、左右に揺れるこのダンスは、勝利時の恒例だ。小さく飛び跳ねながら左右に動いていると、晴明の気持ちも跳ね上がっていく。調子のいい選手がラインダンスを飛び出しているのも、微笑ましい。
ラインダンスが終わって再び達成感に包まれる一同を祝福するかのように、今一度サポーターから贈られるハニファンドコールを、晴明は全身で受け止めた。喜びしかないゴール裏を離れるのは惜しいが、それでもメインスタンドにも挨拶に行かなければならない。
手を振りながら、晴明はまた歩き出す。メインスタンドには冬樹と奈津美が残っていて、他の多くのファンやサポーターと同じように手を叩いてくれていた。
家に帰ってシャワーを浴びると、晴明は真っ先に自分の部屋に向かっていた。夕食までに少し寝て、疲れた身体を休めたかったからだ。
先に帰ってきていた冬樹や奈津美も咎めることはせずに、晴明のしたいようにしてくれた。ありがたいという気持ちを抱きながら、晴明はベッドに入る。目を瞑ると今日一日で得た充実感とともに、ゆっくりと眠りに落ちることができていた。
晴明が目を覚ましたときには、夜の七時を回っていた。鼻に入ってくるどこか甘い匂いに誘われるようにして階段を下っていくと、ダイニングにはまるで晴明がこの時間に起きるのを分かっていたかのように、冬樹と奈津美が座っていた。透き通った表情に、晴明の心はほだされていく。
テーブルの上には底の深いホットプレートが置かれ、中には牛肉やネギ、豆腐や白滝、春菊にキノコといった具材が割下で煮込まれていて、香ばしい匂いを立てている。すき焼きは晴明が最も好きな料理で、毎年晴明の誕生日に一家で食べるのがm似鳥家の習わしになっていた。
「いただきます」
手を合わせてから、三人は食事を開始する。
晴明はさっそく、まだ少し赤いところがある牛肉に箸を伸ばした。溶いた卵を絡めていただく。芳醇な肉の旨味が口いっぱいに広がって、意図しなくても頬が緩む。
「晴明、改めてお誕生日おめでとう」
冬樹に続いて奈津美にも「おめでとう」と言われて、晴明は恭しく頷いた。二人から祝福されるのが素直に喜ばしいと思える。一年前だったらこうはいかなかっただろう。
時間が自分の傷を多少なりとも癒やして、家族の仲を回復させていることに、晴明は心の中で感謝をした。
「この一年間、よく頑張ったな。高校に入って部活にも入って。正直最初はなにやってんだって思ってたけど、今日着ぐるみに入ってピッチに出ているお前を見て確信したよ。上総台高校に行ったのは間違いじゃない。アクター部に入ったのは、正しい選択だったんだって」
「うん。僕もアクター部に入って、先輩たちやキャラクターを好きでいてくれる多くの人と出会えて、本当によかったよ。これもお父さんたちが、僕に上総台へ行けって言ってくれたおかげだよ。今は本当に感謝してる。ありがとね」
「そんなことないよ。確かに上総台高校に行くように勧めたのは私たちだけど、アクター部に入るのを決めたのは晴明でしょ。誰に言われるでもなく、自分の意思で。大げさに言えば、晴明は自分で自分の運命を切り開いたんだよ」
「本当に大げさだね」。そう言いながらも、晴明は悪い気はしなかった。アクター部に入ったことは、晴明の今までの人生でももっとも大きな決断だったからだ。
それがこれほどまでに大きな喜びを生むとは。晴明はアクター部に入ると決めたあのときの自分を、自分で褒めたくさえなった。
「それによかったよな。今日の試合勝って」
食事を続けながら、冬樹がしみじみと言う。それは自分が思っていることと一〇〇パーセント一致していたから、晴明は大きく頷いた。
「後半に入って先制されたときはどうなるかと思ったけれど、よく逆転してくれたよ。新しいシーズンの幕開けにふさわしい、良い試合だったと思う」
「二点目決まったときとか、スタジアムの雰囲気凄かったもんね。文字通り客席全体が揺れて、興奮がスタジアムを包んでた。私も思わず立ち上がっちゃったよ。観に行ってよかったって思った」
上気した様子で今日の感想を語る二人を、晴明は素直に喜ばしいと思う。
思えば、昨シーズンの昇格プレーオフ決勝、二人が初めてフカスタに行った試合で、ハニファンド千葉は負けた。つまり、二人がハニファンド千葉の勝利を見たのは今日が初めてだ。
きっと二人にとって、いい思い出になったことだろう。そのことが晴明には、自分のことのように誇らしかった。
「それにな、俺はライリスに入ることで、晴明がチームの一員になっていることが嬉しかった。選手と一緒に入場したときには、『あれ、俺の息子が入ってるんですよ』って周りに言いたくなるほど誇らしかったし、試合後に選手と一緒に挨拶に行って祝福されているのを見ると、安心したのと同時に、自分のことみたいに胸が躍った。改めてだけど、お前はもう立派にライリスを務めあげてるんだな」
「そうね。私も選手やファンやサポーターの人と喜びを分かち合っている姿を見て、胸が熱くなった。試合にも勝てて、ファンやサポーターの人とも触れ合えて。晴明にとっては最高の誕生日プレゼントになったんじゃない?」
二人の言葉に晴明の心は、強く温められる。だから、表情にも笑みをまじえて答えることができた。
「うん。今まで生きてきたなかで一番の誕生日になったよ。お父さんやお母さんも来て見守ってくれたしね。本当に僕は幸せ者だなって思ったよ。選手もスタッフの人も、ファンやサポーターの人も。今日関わってくれた全ての人に、『ありがとう』って言いたい気持ちでいっぱいだよ」
「そうか。それはよかったな。俺たちもお前のことを誇りに思うよ。あと、チームの勝利が一番のプレゼントになったのは間違いないけど、俺たちもちゃんとお前に誕生日プレゼントを用意してるからな」
「えっ、何々?」
「それはまだ秘密。でも、ご飯食べたらあげるね。晴明が前々からほしがってたものだよ」
自分がほしがっていたものなんて、晴明には見当もつかなかったが、それでも深く訊くのはやめておいた。冬樹たちは、晴明にプレゼントをあげることを楽しみにしているのだ。ここで自分が余計なことを訊いて、興を削ぐべきではない。
晴明はただ「うん、ありがとう」と言うだけに留めた。
「晴明、これからもアクター部も勉強も、頑張るんだぞ。来年もまた『よく頑張ったな』ってお祝いできるように」
冬樹は学生の本分を忘れてはいなかったらしい。とっさにそう付け加えられて、晴明は心の中で小さく苦笑した。
それでも今は、苦手だった勉強も頑張ってみようと思える。それはアクター部のおかげで、高校生活が充実しているからに違いなかった。
「うん。頑張るよ。だから、お父さんとお母さんもまたスタジアムに来てくれると嬉しいな。今度はライリスとグリーティングできる、試合の三時間前とかに」
「ああ、考えとくよ」
そう言って、冬樹は満面の笑みを見せた。奈津美も晴れやかな表情を見せている。
晴明も新たに決意を固めた。これからもアクター部を続けていこうという気持ちが、心の底から湧いてくる。
具材が追加されて、ぐつぐつと煮えたぎるホットプレート。そこから香ってくる匂いが、自分たちが今理想的な環境にいると、晴明にはっきりと自覚させていた。
(続く)
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