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スポットライトが見えずとも~上総台高校アクター部がいる!~(201)


前回:スポットライトが見えずとも~上総台高校アクター部がいる!~(200)





 陽気な話し声が、あちこちのテーブルからこだまする。午後四時という中途半端な時間帯でも、千葉中央駅近くのファミリーレストランは満席に近かった。店内を埋め尽くさんばかりの制服たち。

 卒業式を終えた上総台高校の学生たちが、別れを惜しむかのように大勢やってきているのだ。三〇〇円のドリンクバーは場を持たせるにはちょうどいい。

 そして、それはアクター部も例外ではなかった。佐貫と泊は、トータルくんの出番が終わって晴明たちが合流するまで待ってくれていたし、駅へと向かうきばーる通りを、久しぶりに七人で歩くことができた。卒業の日とは思えないほどの他愛もない話をしながら、ゆっくりと進んでいく。

 七人が一度に揃うのは、それこそ佐貫と泊が引退して以来で、話にさほど入ることができなくても、ただ一緒に歩いているだけで、晴明は温かい気持ちになっていた。

「それでは、佐貫先輩と泊先輩の卒業を記念しまして、乾杯!」

 渡が騒がしい店内でも埋もれないほどの声を出して、乾杯の音頭を取る。七人はそれぞれ自分が選んだドリンクを、ささやかに突き合わせた。二つのテーブルを合わせてもらった席は、人同士の距離が近く、晴明は身体を乗り出さなくても全員と乾杯ができる。

 佐貫も泊も爽やかな表情をしていて、それが晴明には喜ばしく思える半面、一抹の寂しさも抱いてしまう。オレンジジュースを口にしても、七人で会えるのはひとまずこれで最後だという感覚は拭えなかった。

「佐貫先輩、とま先輩! お友達との付き合いもあるでしょうに、私たちと一緒に過ごすことを選んでくれて、改めてありがとうございます!」

 上気したように成が言う。実際、その双眸は佐貫たちと一緒にいることに、喜びを爆発させているかのようだった。

「まあ、友達との別れはもう学校で済ませてきたしな。それに俺たちが高校生活で一番長い時間を過ごしたのは、間違いなくアクター部なんだから、こうやって最後に会うのは当然だよ」

 感動するようなことを笑顔で言ってのける佐貫に、晴明は自分たちの時間が報われた気になった。

 全ての佐貫や泊と過ごした時間は、今日このときのためにあったように思える。誰にとっても最高のハッピーエンドだ。

「佐貫先輩、とま先輩、改めてご卒業おめでとうございます」

 隣にいる渡たち二年生との会話が一息つくと、佐貫たちは晴明や桜子とも直接話せるように取り計らってくれた。渡たちと席を入れ替わり、晴明たちはもう一度卒業を称える言葉を口にする。

 佐貫たちは二人ともすっきりとした笑顔を見せていて、高校生活に一つの悔いも残していないようだった。

「ああ、二人ともありがとな。頼りがいのある先輩じゃなかったかもしれないけど、俺たちと一緒にアクター部の活動を頑張ってくれて、本当に感謝してるよ」

「いえ、全然そんなことはないですって。佐貫先輩も泊先輩も僕からすれば、とても頼りになる先輩でした。この人たちについていけば大丈夫だろうと思えるような」

「ありがとね。そう言ってもらえると嬉しい。でも、似鳥が成長したのは間違いなく自分の力でだよ。今日トータルくんに入ってたのも似鳥なんでしょ?」

 晴明は頷く。二人には誰が入るか言っていなかったのだが、やはり付き合いは浅くない分、分かってしまっていたらしい。

「これは最後だからとかじゃなくて、本当に凄いよかったと思うよ。とても自然な動きだったから、みんな安心して心を開けたんじゃないかな。高校生活最後のひとときを明るいものにできたのは間違いなくトータルくん、そして似鳥のおかげだよ」

「そうそう。最初に入ってた頃とは見違えるほどよくなったよな。この言い方で合ってるのかは分からないけど、まるで別人みたいに板についてた。この一年いろんな人にあって、いろんな経験を積んで。その全てが今日のトータルくんに現れてた。俺、感動して泣きそうになったよ」

 二人は大げさではないかと思うほど、晴明を称賛していた。でも、最後だから言葉を盛ろうという気は感じられず、晴明は素直に「ありがとうございます」と言うことができる。

 二人からのお墨付きを経て、また積極的にアクター部の活動に取り組んでいける。晴明の胸には、そういった気概しかなかった。

「これからも頑張れよ」と言われると、こっちこそ泣きそうになる。涙はすんでのところで堪えたけれど、心はずっと震わされたままだった。

「あの、とま先輩って引っ越し、いつするんですか?」

 それからも少し四人で話した後、ふと桜子が尋ねる。それは晴明にも気になっていたことだった。

「来週の土日でやるよ。お父さんとお母さんにも手伝ってもらって、一気に終わらせようかなって思ってる」

「そうなんですか。どうですか? 東京生活楽しみですか?」

「まあ東京がどうこうってよりも、私にとっては初めての一人暮らしだからね。ドキドキはしてるよ。もちろん不安や寂しさはあるし、始めてみないと分かんないことばかりなんだろうけど、今はワクワクしてる気持ちの方が強いかな」

「とま先輩、さすがです。私はまだ親元を離れるなんて、想像したこともないですもん」

「まあフミもいずれは考えるようになるんじゃない? それよりもさ、もし東京に来る用事があったら連絡してよ。私の部屋遊びに来ていいから」

「本当ですか!?」

「さすがにすぐは無理だけどね。ちょっと慣れる時間もほしいし。でも、いつ来ても大丈夫なように、部屋は綺麗にしとくから。気軽に寄ってくれていいよ」

「はい! ぜひ、そうします!」

 上機嫌で話している桜子たちに、晴明の頬は緩む。異性の先輩の部屋に上がるなんて緊張しそうだと思ったけれど、それは別に今考えなくてもいいことだった。

「佐貫先輩は、今の部屋に住み続けるんですよね?」

 会話の流れに乗って、晴明は自然と尋ねていた。でも、穏やかな目をしたまま佐貫が小さく首を横に振ったから、表情に出して驚いてしまう。

「いや、俺も引っ越すよ。ほら、弥生大って千葉市でも結構北の方にあんじゃん。だから、今の部屋からだと電車を使っても三〇分以上かかっちゃうんだよな。だから、もっと弥生大に近いとこに部屋借りた。歩いて一〇分もかからないとこに」

「確かに通学時間短くなるのはいいですね。講義開始ギリギリまで寝ていられそうですし」

「そうだな。それにぶっちゃけ、家賃も今の部屋より大分安くなるし。ただでさえ高校よりも高い授業料を払ってもらうんだから、せめて家賃ぐらいは抑えないとな」

「佐貫先輩、親孝行ですね」

「まあこれくらい当然だろ。それにもし気が向いたら、俺の部屋にだって来てくれていいから。なるべく人を呼べるような状態を保っとく。歓迎するよ」

「はい。機会があったら、ぜひ行かせていただきます」

 今暮らしている部屋も清潔にしている佐貫のことだ。きっと新しい部屋も、綺麗な状態のまま暮らすのだろう。

 そう思うと、晴明には俄然新しい部屋への興味がわいてくる。特に用事がなくても一度は訪れたいと思う。

 朗らかな佐貫の表情を見ていると、言葉通りに美味しい料理でも用意して歓迎してくれそうだった。

「みなさーん、一度いいですかー」

 晴明たちと佐貫たちの会話が一区切りついたタイミングで、成がテーブル中に聞こえる声で呼びかけた。

「なになに?」と佐貫と泊は興味津々な様子を見せていて、晴明は意図せずにやけそうになる。成が次に何を言うのかは、もう事前に知っていた。

「卒業を祝しまして、私たちから佐貫先輩ととま先輩にプレゼントがありまーす!」

 予想だにしなかったのだろう。二人は分かりやすく目を点にしていて、晴明は早くもしてやったりという気持ちになる。

 成と渡がスクールバッグを開く。二人が中から取り出したのは、赤い贈答用の袋だった。開け口に緑色のリボンが結ばれ、クリスマスかと見間違うそれを、成たちは佐貫たちに渡す。

 二人がまだ驚きながらもお礼を述べた瞬間に、晴明たちは拍手を送った。他のテーブルに迷惑をかけないように控えめに、それでも最大限の感謝を込めて。

「開けていい?」と泊が訊く。「どうぞどうぞ」と成が応える。

 リボンをほどくと、中から出てきたのはライリスのぬいぐるみだった。初めて晴明がハニファンド千葉の試合に参加した日、由香里からもらったのと同じ、手のひらより一回り大きいぬいぐるみだ。

 佐貫も泊も目元を緩ませている。でも、すぐに感謝が二人の口から出ることはなかった。袋の中には、もう一つ贈り物があったからだ。

 まだ袋の中に残っているものの存在に気づき、佐貫が手を入れる。出てきたその手に握られていたのは、薄い水色をした小さな封筒だった。表面に「佐貫先輩へ」「泊先輩へ」と書かれたそれを見て、二人は目をぱちくりさせている。

 状況が飲みこめないといった二人に、渡が高らかに告げた。

「僕たちから先輩たちへのプレゼントは、ライリスのぬいぐるみとメッセージカードです!」

 拍手はなくても五人が全員で温かい目を送ったから、テーブルの雰囲気はより華やいだものになる。嬉しくてたまらないというように二人が感謝の言葉を告げたから、晴明も得も言われぬ高揚感を覚えた。

「中見ていいか?」と訊く佐貫に、渡が「どうぞ開けてみてください」と促す。それぞれ異なるシールを剥がして出てきたのは、五枚の厚紙だった。こじんまりとした長方形の中に、晴明たちの直筆のメッセージがしたためられいる。

 一枚一枚それを読む佐貫と泊。こみ上げてくるものがあったのか、目がかすかに潤み始めたのを晴明は見て取った。一昨日書いた文章を、晴明は一言一句覚えている。

 二人に感謝を伝え、勇気づける役割を無事に果たせているようで、にわかに嬉しくなった。

「佐貫先輩、泊先輩。卒業しても僕たちのこと忘れないでくださいね」

 渡がとどめの一言を言う。晴明たちも優しい表情で同意を示す。

 何一つ曇りのない晴れやかな空間に、佐貫と泊はにこやかに笑ってみせた。「バカ、泣かせるようなこと言うんじゃねぇよ」という佐貫の言葉が照れ隠しに思えて、晴明はますます頬を緩ませる。

「言われなくても、お前らのことは絶対忘れねぇよ。アクター部がなかったら、今の俺はいないからな」

「そうそう。五人ともプレゼントありがとね。思ってもみなかったから、すごい嬉しい。さっそく新しい部屋に飾るよ。見ればいつでもみんなのことを思い出せそう」

 万感の思いを込めて言う二人に、晴明は何度も頷いた。これからもライリスに入るたびに、二人のことを思い出すだろう。そのことがどうしようもないくらい、喜ばしかった。

 すっきりとした表情を見せている二人に、晴明たちも爽やかな笑顔で応える。今、この店内で自分たちが一番幸せだ。晴明にはその確信があった。

「じゃあ、佐貫先輩ととま先輩から一言ずついただきますか!」

 唐突に言った成に、二人は再び驚いたような表情を見せる。「いや、俺何も考えてねぇんだけど」と言う佐貫にも、成は「そういうのいいですから。佐貫先輩だって言いたいことないわけじゃないですよね」と意にも介さない。

 どこか恥ずかしがっていた佐貫も、全員の視線が集中するなかでは、逃げたりごまかすことはできないと思ったのだろう。軽く一つ咳払いをしてから、さっぱりとした表情で口を開いた。

「みんな今日はありがとう。俺たちのためにこういう話せる機会を作って、プレゼントまでくれて。本当に感謝してるよ。いや、今日だけじゃないな。渡たちは一年半、似鳥たちは半年間。俺たちと一緒にアクター部の活動に取り組んでくれて、本当にありがとう。お前たちがいてくれたから、俺たちは最後までアクター部を続けることができたんだ。もしお前たちがいなかったら心が折れて、アクター部は今頃なくなっていたかもしれない。そう思うと感謝の言葉しか見当たらないよ。合宿や大賀祭といった大きいイベントだけじゃなくて、お前たちと過ごした一日一日が、俺たちにとってはかけがえのない宝物だ。この先の人生を支えてくれる、貴重な経験ができたよ。改めてだけど、こんな俺たちについてきてくれてありがとな。心から感謝してるよ」

「ちょっと佐貫、どんだけ感謝してんの」

 そう横に座る泊に指摘されて、佐貫は少し恥ずかしそうな笑みを浮かべていた。でも、自然にこぼれた笑みに嫌らしいところは一個もなくて、晴明の心もより明るくなる。

「ああ、そうだな。まあ俺が言いたいのは改めてありがとうってことと、これからもがんばってくれってことだ。明日もハニファンド千葉の試合あるんだろ? フカスタで松本戦だったっけ? 俺も泊も特にすることないから行くよ。明日も楽しみにしてるからな」

 それは言葉だけならプレッシャーに感じるようなことだったけれど、佐貫の言い方は心から励ますようだったから、晴明はシンプルに勇気づけられる。「任せてください」との思いは口では言えなくても、はっきりとした頷きに込めた。

「俺たちもこれからまたがんばるよ」というようなことを言って、佐貫の順番は終わる。晴明たちは一斉に拍手を送った。周囲に配慮した控えめな拍手でも、場の雰囲気はますます多幸感にあふれたものになっていた。

「じゃあ、次は私の番だね」。そう泊は言って、佐貫と入れ替わるようにして立ち上がる。全員を今一度見回す顔は、感慨に満ちていた。

「えっと、言いたいことは大体佐貫に言われちゃったんで、簡潔に言います。まず一番は、やっぱりみんなありがとうってこと。みんながいてこそのアクター部だったし、誰か一人欠けてもここまで立派な部活にならなかったと思う。渡は最初は頼りなかったけれど、どんどん自信をつけてみんなを引っ張ってくれる存在になってくれたし、成の元気と明るさには私たちも何度も助けられた。芽吹も広報や宣伝を担うことで、キャラクターたちを大きく育て上げてくれたし、似鳥はこの一年間で目に見えて成長して、今じゃアクター部に欠かせない存在になってくれた。フミもこれからも目に見えるところでも見えないところでも、アクター部を支えてくれるって信じてる。みんなのいいところなんて私は一〇〇個ぐらい挙げられるし、それくらい私たちにとってみんなは大切な存在だよ。だから、これからも身体とか成績には気をつけながら、精いっぱい活動を続けていってください。まあ明日さっそくまた会うんだけど、またどこかで元気に会えることを期待しています」

「しつこいようだけど、みんな本当にありがとう」。そう言葉を結んで、泊の順番も終わった。暖かな言葉は晴明の胸の奥まで染みわたったから、何も考えずに拍手を送ることができる。

 同じように全員が心からの拍手をしていた。周囲に遠慮した拍手でも、晴明にはその何倍も大きく聞こえる。

 泊も満足げな表情を浮かべていて、別れの寂しさは少なくとも今のテーブルにはなかった。

 着ぐるみに入っている限り、自分たちがスーツアクターである限り、絶対にまた会うことができる。晴明はそう信じて疑わなかった。

「せっかくだから写真撮りましょうよ! 写真!」

 成がそう呼びかけると、全員がすぐに同意した。窓側の席、佐貫や泊がいる方に集合する。

 成はスクールバッグから自撮り棒を取り出していて、用意がいい。

 佐貫や泊を中心に二列になって、晴明たちは一つの画面に収まる。カメラ越しに見た佐貫と泊の表情は、星のようにキラキラと輝いていた。

「じゃあ、撮りますね! はい、チーズ!」

 そう言って、成がシャッターボタンを押す。晴明も自然にピースサインができた。

 七人は誰もが気持ちのいい笑顔を浮かべていて、晴明の目にはこの世で一番尊い写真のように映る。

 後で成がラインを通じて、写真を全員に送ってくれるだろう。晴明はそれを決して消さないように、特別なフォルダを作って入れようと決めた。

 二つの目から見慣れた景色が見える。でも、軽く視線を動かしてみても、それ以外は真っ暗な暗闇が広がっている。顔からだらだらと汗が流れ、長袖のTシャツが肌に張りつく。

 今まで何度も味わってきた感覚。その度に、新鮮に大変に思う感覚。

 今、晴明は着ぐるみの中に入っていた。軽くはない重量が肩にのしかかる。

 正直、早く脱ぎたい気持ちはある。だけれど、晴明は着ぐるみの中にいられる幸せを存分に味わっていた。こうして自分がアクター部を、スーツアクターを続けられているのが何よりの僥倖に感じていた。

 部室の中からは、いくつもの聞き覚えのある声が聞こえてくる。今日のために覚えたセリフを読んでいる声だ。それは少し芝居がかっていたとしても、晴明を大いに安堵させる。

 誰一人として欠けることのない空間。その中に時折混ざってくる初めて聞く声にも、晴明は落ち着いていられた。桜子たちがいるという安心感と、今までいくつもの出番を経験してきたという自信。

 それは、この大事な場面でも揺らぐことはなかった。

 たいそうな鳴き声と、オーケストラの演奏が響く重厚な音楽が部室から鳴る。それを合図にして、芽吹が部室のドアを開けた。

 入学式ぶりに見るその姿に、二人が目を丸くしているのが見える。

 だけれど、晴明はまったく気にせずに一歩を踏み出した。短い足での小さな一歩。

 でも、それは晴明にとってはまた新たな始まりを告げる、大きな大きな一歩だった。


(完)

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