スポットライトが見えずとも~上総台高校アクター部がいる!~(178)
前回:スポットライトが見えずとも~上総台高校アクター部がいる!~(177)
莉菜と柴本のことが気がかりなまま、晴明はテスト期間を終えていた。桜子だけでなく成たちにも勉強に協力してもらったため、晴明には平均点は確実に取れたという手ごたえがあった。
だけれど、休み時間などといったふとした瞬間に、莉菜や柴本のことを思い出してしまう。
晴明のことを気遣ってか、ファン感謝祭の日から由香里から連絡が来ることはなかったし、柴本の去就が決まったというリリースも、まだハニファンド千葉からは出ていなかった。二人とも迷い悩んでいるのだろう。
最終的には、各々が自分で決めることだと分かっていながらも、晴明は二人のことを考えない日はなかった。
そんななかだった。幕張にある大型商業施設のクリスマスイベントに参加する選手が、柴本に決まったのは。
今週の日曜日に開催されるクリスマスイベントは、先週の段階でハニファンド千葉からライリスの参加が決まっていたが、晴明は筒井からの連絡で、柴本も含めた三人の選手が参加することを知った。
ただでさえ、ファン・サポーターからの人気が高く、今シーズン限りでチームを離れる可能性がある柴本だ。残ってほしいというメッセージも込めて、多くのファン・サポーターが集まるに違いない。
もちろんどんなときでも晴明のすることは変わらないが、悔いを残さないようにしっかりとライリスを全うしようと思った。
莉菜や柴本のことを気にかけつつも、部活に打ち込んでいると、日々はあっという間に過ぎて、気がつけばクリスマスイベント当日になった。
晴明と桜子、芽吹と植田の四人は海浜幕張駅で降りると、一路イベントのある大型商業施設へと向かう。日曜日の、しかもクリスマスが間近に迫ったこの時期とだけあって、多くの人が晴明たちと同じ大型商業施設に向かっていた。一人の人ももちろんいるが、それ以上にカップルや家族連れの姿が目につく。
幸せを絵に描いたような雰囲気に、晴明は運動着の自分たちが、少し場違いに感じてしまった。
一番大きい正面入り口を通り過ぎて、晴明たちは裏側にある関係者入り口の前で筒井と落ち合った。入館証を受け取って中に入る。買い物フロアからうっすらとジングルベルが聴こえてくるバックヤードを歩いて、晴明たちは待機室に足を踏み入れた。
ここにはもう何回か来ているから、長机と椅子が並べられただけの簡素な空間にも、晴明はすっかり慣れていた。部屋の隅には、搬入されたライリスの着ぐるみも置かれている。
一時間後の出番に向けて、晴明は椅子に座りながら気を引き締める。クリスマスにも浮かれないよう、自分に言い聞かせる。
ライリスとしての年内の活動は、今日を入れてもあと二回しかなかった。
晴明は桜子たちと話していながら、内心落ち着いてはいなかった。既に一階のイベントスペースではクリスマスイベントは始まっていて、今は芸人のライブが行われているところだ。
この日のハニファンド千葉は午後二時からの一時間半をもらっていて、まずライリスが登場してグリーティング、その後は入れ替わるように選手がステージに登壇してトークショー&サイン会。そして、最後にもう一度ライリスのグリーティングを行う予定だ。
つまり、柴本たち選手とライリスが一緒に登場する時間は用意されていない。控え室も別々だ。
柴本と接することができないのは晴明には残念だったが、それでもグリーティングはやってきた人が楽しめるようにしないとと気持ちを切り替える。
登場時間一〇分前になって、晴明はライリスを着始めた。頭部を被るといよいよだと、背筋がしゃんと伸びた。
ライリスになった晴明がイベントスペースに登場すると、すぐに登場を待っていたであろう来客たちが寄ってくる。ざっと三〇人ほどの来客の中には、スタジアムで知った顔も多く見えて、晴明にはやりやすかった。
莉菜や由香里も含めた来客たちと、晴明はスタジアムでするように握手をして、一緒に写真を撮った。
今日のライリスはクリスマスということで、頭に大きなサンタクロースの帽子を被っている。ユニフォームが赤い色をしているのも、おあつらえ向きだ。
物珍しさに、いつもよりもシャッター音が多い気がする。シーズンオフの間でも、ハニファンド千葉を気にかけてくれる機会があるに越したことはない。
晴明は暑くて暗いなかでも、ライリスとして生き生きとグリーティングを行った。人だかりに通り過ぎようとしていた人が、自分のもとに向かってくるのが見える。ハニファンド千葉のアピールが成功しているようで、晴明は嬉しくなった。
最初のグリーティングは、少し短めの二〇分ほどで終わった。
それでも、着ぐるみを脱いだ時には、晴明はいつも通り汗だくになっていた。長袖のTシャツの裾をめくる。
汗を拭きながら、晴明は近くにあるパイプ椅子に座った。本来なら一時間ほど後の、次の出番までゆっくり身体を休めたい。
しかし、晴明は落ち着いて座っていることができなかった。今すぐにでも行きたい場所があった。
時間までにはちゃんと戻ってくるならと植田も許可してくれたので、晴明はあらかた汗が引いたところで、控え室を出る。手に持参したスクールバックを持ちながら、バックヤードを歩いて、店内フロアに向かった。
晴明が再びイベントスペースに到着した時、ステージでは柴本を始めとした三人の選手のトークショーが開催されていた。野々村司会のもと、パイプ椅子に座った選手たちが昨シーズンの振り返りや、サッカー以外の趣味、果ては時季に合わせてクリスマスの思い出などを、少し緊張しながら話している。
ステージの前には五〇人ほどの来客が、同じく用意されたパイプ椅子に座って話を聞いていて、晴明も空いている後方の席に座った。
もちろん選手たちは喋りのプロではない。だけれど、今日来ている三人はチームのなかでも喋れる方の選手なのだろう。話している三人の顔には時折笑顔が見えて、それが客席の空気を和やかにしていた。
晴明もシャツの中で流れる汗を感じながら、四人の話に聞き入る。柴本の趣味はゲームで、最近は海外のFPSと呼ばれるゲームをプレイしていることを初めて知った。
晴明が席に着いた頃には、もうトークショーは終盤に差しかかっていて、五分もしないうちに野々村がいったん締めて、次のイベントであるサイン会に移った。ステージ上に長机が用意される。
人気の差を選手たちに知らせないためだろう。サイン会はステージの横から上がった参加者が、三人全員のサインをもらえるように設定されていた。
晴明もスクールバッグから色紙を取り出して、列の後ろに並ぶ。前には莉菜や由香里の姿も見えた。
サイン会は開放的な空気のもと、ゆっくりと行われた。サインをしている間に、選手たちと一言二言話せる時間があったから、列の進み具合はわりと遅い。
だけれど、待っている時間も晴明にはあまり苦痛ではなかった。ある者は緊張しながら、またある者は楽しそうに選手と会話をしている。
シーズン中は、こういった機会はあまり用意できなかった。だから、選手とファン・サポーターが直にコミュニケーションを取れている光景を、晴明は幸せなものとして眺める。選手のリラックスした表情が垣間見えることも、嬉しかった。
少しずつでも着実に列は進んでいき、晴明の順番になる。いざ選手を目の当たりにすると、ライリスでいるときとは全く違う、顔を見せあっている緊張感があった。恥じる必要なんて全くないのに、どこか気後れする感じがする。
それでもあけすけな空気と後ろに待っている人の存在が、晴明の足を前に運ばせた。
二人の選手にサインを書いてもらい、短い会話を交わす。今シーズンはお疲れ様でしたとか、来シーズンもがんばってくださいといったような、ありきたりなことしか言えなかったけれど、自然な表情をしている選手を見ていると、晴明の心は少し解れた。
二人の選手にサインを書いてもらうと、次はいよいよ柴本と対面する番になる。ライリスに入っているときは気兼ねなく接することができるのに、生身で会ってみると、鼓動が逸った。
簡単な挨拶をして色紙を渡すと、柴本は流れるように自分のサインを書く。晴明はその間何を言うべきかずっと考えていた。
もちろん、自分がライリスの中の人だと明かせるはずはない。
でも、千葉に残るんですか? とか、残ってくださいと言うのも気が引けた。既に何人ものファン・サポーターから似たような言葉をかけられて、その度に微妙な笑顔を浮かべる柴本を、列に並んでいる最中で見てきたからだ。
もしかしたら柴本はもう柏サリエンテに移籍することを決めていて、返事をする度に後ろめたさを感じているのかもしれない。
そう思うと心の中では願っていても、簡単に口に出すことは晴明にはできなかった。
「ねぇ、君以前どこかで会ったことあるよね」
サインの書かれた色紙を渡して話しかけてきたのは、意外にも柴本の方だった。想定外の展開に晴明は驚く。
ぎこちない自分に気を遣ってくれたのかと晴明は思ったが、柴本の顔はただ訊きたいから訊いているようだった。
「はい。一〇月に千葉神社でお会いしました」
「やっぱそうだよね。今日も忙しいだろうに来てくれてありがと。ハニファンド千葉好きなの?」
晴明は頷く。関係者目線が多分に入っていたが、どのみち好きという気持ちは変わらなかった。
「そっか。じゃあよくスタジアムにも来たりするの?」
「ま、まあ毎試合ではないんですけど、たまに都合がついたときには行きますね」
「そうなんだ。ありがとね。来てくれるだけで俺たちは嬉しいから」
話している二人に列が少し詰まり始めたのを、晴明は感じる。いつまでも長居はできない。
にわかに焦り始めた心が、突拍子もない質問を晴明に吐かせた。
「あ、あの、柴本選手ってハニファンド千葉、好きですか?」
晴明がそう聞いた瞬間、柴本はほんの一瞬だけれど目を丸くしていた。
過ぎたことを訊いてしまったかと後悔し始める晴明の前で、柴本は再びにこやかな表情に戻る。
「当然じゃん。だって、アカデミーの頃からお世話になってるクラブだからね。サッカーの楽しさも厳しさも全部教えてもらったし。それに練習環境もいいし、フカスタもサッカー専用スタジアムとだけあって、臨場感があるしね。関わってくれる全ての人から、日々愛情を感じてるよ」
「あと、マスコットがかっこよくて可愛いのもいいしね」。そう笑顔で言う柴本に、晴明は胸を刺されたような感覚を味わった。嬉しいけれどどこかこそばゆいような、一言では言い表せない感情を味わう。
クラブへの愛情と、どこでプレーするかはまた別の問題だけれど、それでも晴明は感慨深い思いを抱いた。思わず「あ、ありがとうございます」と感謝が口をつく。柴本からすれば、晴明は一ファンにすぎないというのに。
ニコニコしている柴本の姿が眩しくて、晴明は小さくお辞儀をすると、柴本から離れてステージを降りていた。
少し歩いて振り返る。壇上には別のファン・サポーターと親し気に話している柴本の姿が、変わらずにあった。
(続く)
次回:スポットライトが見えずとも~上総台高校アクター部がいる!~(179)