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スポットライトが見えずとも~上総台高校アクター部がいる!~(183)


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 リズミカルな音楽が第二会議室に流れている。聞いただけで思わずリズムを取りたくなるような、ポップミュージックだ。

 晴明はスマートフォンから流れる音楽に合わせて、ダンスを踊った。とはいってもそんなに複雑なものではなく、夏合宿からダンスの練習をしてきた晴明には、数日で覚えられるものだった。

 シンプルな振り付けと中毒性のある楽曲は、今年人気が出たものらしい。Tiktokでも既に多くの動画が投稿されていて認知度もあるから、初心者であるライリスが手始めにアップする動画としてはちょうどよかった。

「はい、OK! ライリスありがと!」

 Tiktokの投稿用に編集された楽曲が鳴り終わってしばらくしてから、芽吹に呼びかけられて、晴明はようやくほっと一息つくことができる。一本一本は短いとはいえ、今日だけで八本まとめて撮らなければならず、今は前半の四本が終わったところだ。

 桜子に頭部を外される。第二会議室に行きわたった暖房は、着ぐるみを脱いだ直後の晴明には、暑すぎるくらいだった。

「ハル、お疲れ。あとちょっとで選手の人たちがやってくると思うから、それまでしばらく休んでて」

 桜子に促されて、晴明は用意されていたパイプ椅子に座る。座っているだけでだらだらと流れる汗を、晴明は何度も拭う。

 シーズンオフ、人のいないフカスタに晴明は初めて来ていた。自分たち以外は水を打ったかのようにしんと静まり返っていて、どこか神妙な空気すら感じられてしまう。

 次にこのスタジアムに人が入るのは、二月一三日のちばしんカップだ。再びスタンドに人が入っている様子を、晴明は想像する。近年リーグ戦では対戦できていない柏サリエンテとの試合は、プレシーズンマッチとはいえ、大きな盛り上がりを見せるだろう。

「どう、ハル。Tiktokの動画撮るのって初めてだと思うけど、疲れてない?」

 そばで芽吹が撮影した動画を確認する音が聞こえる中、桜子に話しかけられて、晴明は「いや、大丈夫」と答えた。一つの動画につきいくつかテイクを重ねてはいたけれど、それもいい動画を投稿するには必要だと割り切ることができていた。

「俺も自分でやってて手応えあるし、それに編集してくれんのは芽吹先輩だから、いいのができるに決まってるよ」

「ですよね、芽吹先輩」と晴明が呼びかけると、芽吹はスマートフォンから顔を上げて「まあな」と笑顔を見せた。

 自分だって、初めてのTiktokの撮影だろうと、物怖じしない。そう思えるだけの経験値を晴明は手にしていた。

「似鳥。もうすぐ選手来るって。そろそろまたライリス着よっか」

 スマートフォンから耳を離すと、芽吹がそう告げた。電話の相手はきっと筒井だろう。

 ハニファンド千葉は練習場からスタジアムまでが近く、歩いて五分もかからない。きっと間もなく、ドアが引かれるだろう。

 一五分ほどの休憩の後、晴明は立ち上がり、再びライリスを着た。誰も前にいないと、着ぐるみを着た状態では、少し心細く感じられた。

 だけれど、ライリスになってからすぐに選手たちが来てくれたから、晴明は救われる。

 先頭で入ってきた柴本はライリスを見かけるやいなや、すぐに歩み寄っていって手を握っていた。「ライリス、久しぶり!」との声に、晴明も首を縦に振って応える。

 続いて入ってくる小針や新垣、それに今シーズンからハニファンド千葉に加入した本郷とも、軽く触れ合った。どの選手も好意的な反応を示してくれて、晴明としては胸がすく思いがする。

 ハニファンド千葉は明日から二月の一一日まで、宮崎で強化キャンプを行うから、今日を過ぎるとちばしんカップ当日まで、ライリスと選手たちは会えないのだ。

「選手の皆さん、練習で疲れているところをありがとうございます。ライリスとの動画を撮る前に、少し打ち合わせをしたいのですがよろしいですか?」

 選手たちと一緒に入ってきた筒井が声をかけて、ライリスも含めた全員が一ヶ所に集まる。

 これから撮影する動画は、ライリスと選手が簡単な対決を行うというものだ。どの種目も二分以内で終わるように設定されている。

 筒井の説明が終わると、さっそく動画の撮影に移る。最初に撮影するのは柴本で、二人の手には桜子からけん玉が渡されていた。

「では、撮影始めます。よーい、スタート!」

 二人にスマートフォンを向けた芽吹が、勢いよく言う。ライリスを除く全員に見つめられる中、柴本ははきはきと口を開いた。

「ハニファンド千葉、背番号一一番、柴本真生です!」

 晴明も手を挙げて、楽しそうな様子を演出する。出来上がった動画では、ここに字幕がつけられているはずだ。

「今回はライリスとけん玉対決をしたいと思います! 五回挑戦して、この大皿により多くの玉を載せられた方が勝ち。ライリス、それでいいね!?」

 晴明が頷くと、「じゃあ、僕から始めたいと思います!」と、柴本はけん玉に挑戦し始めた。見事一回目で玉は大皿に載る。晴明に手を叩かれて、柴本は得意げな様子を見せていた。

 続いて晴明も挑戦する。膝を曲げてやると、同じように一回目で玉が載った。柴本に「ライリス、凄いじゃん!」と褒めたたえられると、晴明も悪い気はしない。

 会議室にはいい意味で緩い空気が流れていて、それが晴明には心地よく感じられた。

「というわけで、けん玉対決は三対二で、ライリスの勝利でした!」

 拍手でライリスを称える柴本に、晴明はガッツポーズを作って応える。純粋に勝利したことが嬉しかった。

 柴本が晴明の背中を叩いて、肩に手を回してくる。晴明も同じように、肩に手を回した。今まで写真撮影で隣になることはあっても、肩を組むことはなかったから、晴明は新鮮な喜びを覚える。ライリスと親しい柴本ならではの行動だ。

「それでは皆さん、これからもハニファンド千葉とライリスの応援、よければマスコット総選挙の投票もよろしくお願いします! 以上、ハニファンド千葉、背番号一一番、柴本真生とライリスでした!」

 晴明と柴本がスマートフォンに向けて手を振ると、芽吹から「はい! ありがとうございます!」という声が飛ぶ。軽やかな声に、会議室の空気はよりいっそう緩んだ。

 晴明はライリスの中で一息つく。でも、柴本は「ライリス、お疲れ」と言って、腕を広げていた。

 その意味するところは、晴明にも分かる。晴明も両手を広げ、二人は抱擁を交わした。

 柴本からしてみれば、ちばしんカップまでライリスとはしばしのお別れだ。腕に力がこもっていて、晴明は胸にこみ上げてくるものを感じた。学校があるから難しいけれど、自分もキャンプ地である宮崎まで行きたくなる。

 数秒間抱き合ったのちに、「じゃあライリス、また今度ね!」と言って、柴本は晴明のもとから離れていく。新垣たちのもとに戻ってもなお、柴本は温かい目を晴明に向けていた。

 撮影は立て続けに行われる。次は新垣がライリスのもとにやってきた。軽く挨拶を交わしてから、二人は桜子からトランプを渡される。

 第二種目はババ抜きだ。とはいっても、使うのはハートとダイヤの一~五、そしてジョーカーだけだ。晴明は五枚、新垣は六枚のトランプを持ってから、カメラは回される。

 芽吹の「よーい、スタート!」という声がして、晴明は気を引き締めなおした。

 壁掛け時計の秒針が、チクタクと鳴る。何度見ても、時計の針はあまり動いていなかった。

 晴明は勉強にも手をつけずに机に座り、帰りがけにコンビニエンスストアで買った週刊千葉に、再び目を通していた。地域欄には今月の「ライリスが行く!」が掲載されている。

 先週の日曜日、TikTokの動画を撮影する前に、晴明たちは千葉モノレール・千葉駅構内にある献血ルームに取材に行っていた。年始から「はたちの献血キャンペーン」が始まっていて、周知するためにライリスに白羽の矢が立ったのだ。

 献血の説明を聞き、実際に採血をする椅子に座らせてもらったりもした。その模様はSNSにも投稿され、今も広く拡散されている。

 晴明としても生まれて初めて献血の存在を意識した日で、四〇〇ミリリットル献血や成分献血ができる一八歳になったら、また改めて訪れてみようかなとも考えていた。

 記事に目を通して、晴明はスマートフォンの電源を入れる。時刻は一八時ちょうどを指していた。ふだんはあまり目を通さない、ツイッターを開く。

 するとSJリーグ公式が、来月開催されるアサヒデラックスカップの概要を発信していた。イベントやスタジアムグルメの情報のほかに、マスコット大集合、そしてマスコット総選挙の開催も告知されている。

 今日、一月二三日は筒井が言っていたマスコット総選挙の公示日だ。ページにはライリスの姿も、ちゃんと映っている。

 晴明はライリスをタップし、投票ページに行って、最初の投票を済ませた。

 今日は投票開始日でもある。きっと同じように色々なクラブのファン・サポーターが、こぞって自分の好きなマスコットに投票しているのだろう。

 公式ホームページからは、一日に一回投票できる。一つでも高い順位を目指すために、晴明は明日の投票も忘れないようにしようと、頭のメモ帳に書き留めた。

 ライリスのアカウントに投稿された投票を呼び掛けるツイートをリツイートしてから、晴明はインストールしたばかりのTikTokのアプリを開いた。事前にアカウントは作ってあったから、ホーム画面にはおすすめの投稿やユーザーがずらりと表示される。

 でも、晴明はそれらの投稿には興味がなかったので、検索窓に「ライリス」と打ち込んで、直接ライリスのアカウントにアクセスした。ユーザー画面には、一八時ちょうどに投稿された一件の動画。

 タップすると、画面からは軽快な音楽が流れだした。画面の中で簡単なダンスを踊っているライリス。芽吹に撮影した動画を見せてもらったときにも感じたが、晴明は正直少し恥ずかしい。

 SJリーグにはダンスが上手なマスコットもいて、踊っている動画を晴明も見たことがある。そのキレのある動きと、画面の中の自分は雲泥の差だ。振り付けは間違っていないものの、細かな動きが素人丸出しで、あまり正視に耐えうる内容ではない。この未熟さがウケないとも限らないのだが、それでも晴明は今すぐスマートフォンから目を離して、布団に潜り込みたくなる。

 投稿されてまだ五分も経っていないからか、「いいね!」はあまりついていない。もちろん削除してほしいとは言えないが、晴明は顔から火が出そうだった。

 同じような動画はあと三件撮影されている。それらが投稿されたときに、自分が平常心で見られるのか、晴明には分からなかった。

 最後に晴明はもう一度ツイッターを開いて、今度はハニファンド千葉と柏サリエンテのアカウントを見比べてみた。どちらも開催が発表されて間もなく、マスコット総選挙について触れていたが、リツイートやいいねの数は三倍近くの差があった。

 柏サリエンテの投稿には、既に「投票しました!」といったリプライが、いくつもつけられている。

 当然一部と二部だから、ファンやサポーターの分母の違いはあるだろう。

 それでも、晴明はマスコットへの関心の差を見せつけられたような気がしてしまう。ハニファンド千葉でもライリスはある程度の人気を得ているが、柏サリエンテはそれこそ大多数のファンやサポーターが、エイジャくんに好感を持っているように思われた。

 初速の違いは、マスコット総選挙の行く末を否応なく占ってしまう。

 晴明はツイッターを閉じて、スマートフォンを机に置いたままベッドに横になった。

 明日もライリスの出番はある。他のマスコットは気にせずに、自分にできることをすればいい。

 それは確かだったが、晴明はどうしてもエイジャくんをはじめとした、他のマスコットのことを意識してしまっていた。


(続く)


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