トンネル

 就職活動をしていたとき、死ぬほど自己分析をしていた。履歴書やエントリーシート、企業に出す提出書類の中にある項目で、『あなたの長所は何ですか?』と聞かれたとき、自分のことを自己肯定できない上に、自己否定ばかりする自分は答えに困った。
 根っからのネガティブだったから。
 それほど自分のことを愛しているんでしょ?と当時死ぬほど言われていたけど、死ぬほど嫌いだった。そうでなければ、人と会う回数が少ないこともなかったし、もっと就職活動も上手くいっていた気がする。
 この時に絞り出した質問の答えは、
 ”集中力が高い”
 
だった気がする。
 短所のところは”周りが見えていない”
 
もう14年以上も前の話。
 今振り返ると、その答えが正しかったのかが分かる。

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 自分とchoriさんの邂逅は、大学1回生のところまで遡る。
 知らない方のために説明すると、choriさんは京都在住の詩人の方で京都今出川にある普段はPUBとして営業するライブハウス【PUB VOXhall】のブッカーでもある。

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 履歴書上、自分は高校を卒業してから1年浪人していた。正直2つの意味で空白の1年だった。学歴と呼ばれるものにカウントされない空白と、自身が何をしたいのかが分からないという意味での空白。その空白の中で母親が見つけてきた大学があり、その大学を受験することになった。新しく新設される物書きを目指すコース。当時の自分はライトノベルを読んだり、自身でも下手糞ながら書いてみたりと周囲から見れば物書きを目指していると見ても確かにおかしくなかった。その実態は、現実逃避だった。何もしたいことがない自分を隠す隠れ蓑。だから言われるがままに受験して、合格したのだからそこに意思はない。
 空っぽの自分。
 そんな自分に、大学側が外部の特別講師を呼んで講義をする時間があり、その1回目にやってきたのが、詩人のchoriさん。講義の内容は「ビートニク」。正直、講義の内容は覚えていない。ただ、choriさんが講義の最後にパフォーマンスをする時間があった。その時にやって見せたのが、お客さんからお題を3つ貰って即興で詩を詠む〝即興詩〟だった。当時、アンダーグラウンドも知らない若造には衝撃だった。
 そもそも、これはどういったロジックで成り立っているパフォーマンスなのか?元々型があってそれに当てはめているのか?貰ったお題が難しいものだとどうなるのか?

詩とは何なのか?

 
 色んな疑問が見た後に押し寄せ、すぐにchoriさんに駆け寄った。
「今度、ライヴイベントがあるからおいでよ」
 アンダーグラウンドとの出会いはここだった。

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 そこからchoriさんの誘いで、ライヴイベントやKSWS(京都スポークンワードスラム)といった色んなイベントに足を運んでいた。とはいえ、空っぽの自分が大学で一人暮らしをしていたら、部屋に引きこもる生活になってしまっていて。大学、自宅、バイト先、たまにライヴだった。周囲からすると、たぶん充実したキャンパスライフを送っているようにも見えたかもしれない。自分自身としては、成長もせず前にも進まない引きこもり生活だったように思う。
 自宅にいる時間が総じて長い。
 インターネットでニコニコ動画に出会ったことも大きかった。好きなものに対して正直な自分は2007年9月「人として軸がぶれているでらっぷしてみた」byらっぷびと に出会ったことが大きかった。内容としてはアニメさよなら絶望先生」第1期オープニングテーマ人として軸がぶれている」(大槻ケンジ絶望少女達)をらっぷ・アレンジしたものだったが、自分としてはとても聴きやすく、格好良かったが第1印象。だが、コメント欄では「ラップじゃない」「韻踏めよ」「HIPHOPじゃない」などがあって、choriさんと同じような衝撃を受けた。
 高校時代、ORANGERANGEやFLOW、HOMEMADE家族などカラオケで死ぬほど歌っていた自分は考えさせられた。そもそも、韻を踏むとは何か?HIPHOPでありそうでないものの違いは?

ラップとは何か?


 その日からニコニコ動画での検索はもちろん、DIGに明け暮れた。学生なのでお金がないので無料で聞くことのできるネット上の音源や動画とは相性が良かった。実際、CDでしか聞くことのできない音源もあって、BOOKOFFの100円CDコーナーで集めたCDも数知れず。
 そうやって、リスナーとしては前のめりにハマっていく自分がいる一方で、ラップをする人たちとの出会いがあって、幾度となく誘われた。でも自分自身が嫌いで、自信もなかった自分はその一歩を踏み出すのに結局、3年ぐらい掛かったことを覚えている。でもその3年間の間にルーズリーフにリリックを書いていたり、サイファーに遊びに行ったり、今にも始めそうというところまでいっていたことも覚えている。

***
 
ラップが好きと言ってもいいですか?

 自分は周囲とは違う価値観で動いているなと思ったこと、ここまでの流れを曲にしたところ、反響を初めて感じた。今から8年前の話。逆に言えば、今までの人生で一番実感が湧くかました音源。自身としてはトラウマの傷口を無理やり開いたような作品で制作している上でずっとつらかったが、代表作にもなった。
 そんなある日、興味のまま動く自分にNSWSの話が訪れる。
 NSWSとは名古屋スポークンワードスラムの略で、ルールは5分間パフォーマンスをして良かった方にお客さんが判定して勝敗を決める。詩人、ラッパー、バンドマン、肩書きは問わないジャンルを超えた戦い。そこに、お客さんとして予選大会に足を運んでいた。
 予選大会、人数が2人しかおらず、これでは大会としてそもそも成立しないのではないかという空気になったとき、「出ませんか?」とお誘いを受けた。何も準備していない自分はスマホにあるリリックだけでどうにかしなければならない状況下で、このまま大会が成立しないのも…と葛藤した結果、出場することにした。
 結果だけ言うなら、この予選大会に優勝。
 反響も凄かった。優勝したとTwitterで言ったところ、色んな界隈から「おめでとうございます」と返ってきた。
 そして、話はここで終わらず、予選大会があるということは本戦もある。優勝した人間だけが駒を進めることが出来るグランドチャンピオン大会に出場することとなった。

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 NSWS グランドチャンピオン大会。
 当日が近付くにあたって、情報が解禁となった。ゲストスラマーにchoriさん。ゲストライヴに狐火さん。2人は自分の人生において、最重要人物だった。前者は自分の人生のターニングポイントであるし、評価に対していつも公平でそれを口にしてくれたし、後者は心の底からリスペクトをしている人だった。その中で自分の心境としては、”中途半端なものは見せられない”といった気持ちだった。        
 トーナメントは勝ち上がり方式で、合計3回パフォーマンスし全て勝てば優勝。1回戦、自身の音源「3本のビデオテープ」をアカペラ披露し、勝利。2回戦、勝ち進めば決勝のかかった試合。精神状態は異常だった。周囲はこの試合をどう見ていたのかは正直分からない。本人としては人殺しの顔をしていたように思う。

ラップが好きと言ってもいいですか?

 準決勝、アカペラで披露した。感情がぐっちゃぐちゃになって、正直終わった後は気分が悪かった。けれど、準決勝の直後、間髪入れずにすぐに決勝となった。結果、自分は決勝で敗れ、準優勝という形で終わった。何もかもをぶつけにいった自分が全否定されたようだった。そして、すぐにでもその場を立ち去りたかった。気分も悪く、下半身は震え、何とか平静を装っていた自分に狐火さんが声をかけてくださった。

「僕は優勝したと思いました。」


 人生をかけた自分のパフォーマンスは最もリスペクトしているラッパーに届いていた。嬉しかったし、未だに人生の勲章だと思っている。そして、それはchoriさんにも届いていて。
 chori「ライヴ出ない?」
 自分「マジですか?」
 chori「マジでないと声かけません」
 自分「恐縮すぎる」
 chori「あなたのライヴがそうさせたんですよ」
 

***

 choriさんは宣言通り、自分をライヴイベントに呼んだ。
 そのイベントは狐火さんとチプルソさんのツーマンイベントで、その前座となるオープニングアクト。正直緊張でどうにかなってしまいそうだった。

トップバッター ZAREX

憧れの狐火さんと一緒のイベントに出れるなんて、っと。
もちろん、”中途半端なものは見せられない”という気持ちで。
それは、また次に繋がって。

 chori「次は30分ライヴやってみない?」
 自分「マジですか?」
 chori「マジでないと持ち掛けません」
 自分「恐縮すぎる」

 あれよあれよと自分は、首の皮一枚で次のライヴへと繋いでいった。

2番手 ZAREX

 話を貰った時、「うそでしょ?」と思ったのは正直な気持ち。
 これは、気合を相当入れなければならないと思ったし、人生初の30分ライヴをどう構成するかという課題でもあった。自分自身、反省点も多かったがかました実感もあった。このライヴでタカツキさんから「ザレくんのライヴ面白かったよ!」と言って貰えたのも忘れないが、それ以上に鮮明に覚えているのが、

【Official Live Video】神門「一握り」Track by SHIBAO

 このパフォーマンスがこのイベントの最後だった。
 終わった後に自身の中で初めての感情が渦巻いていた。

負けた。完全に持っていかれた。


 もちろん、誰もそんなこと口にしていない。
 「今日のライヴ、神門の一人勝ちだったなー」とか。
 でも実感として自分にはそれがあった。
 このイベント後、自身の主催イベントもあるのでその感情に引っ張られている暇もなく動いていたが、自分の中で胸中ずっとかき回してくるのはその感情だった。

その年の主催イベント

***

 この年の12月に主催イベントを終えて、自分はその感情と向き合っていた。加えて、ライヴやスラムに出ていて明らかに手札が少ないことへの焦りや苛立ちに近いものがあった関係上、板の上に出る機会を減らすことにした。そして、良いものを作ろう。制作に踏み切ることにした。
 そんな時、2023年1月11日にとあるビートメイカーさんからTwitterでDMが届く。
 一緒に曲を作りませんか?というお誘い。
 昔から一緒に曲を共にしてきた身だったので、そのお誘いはとても嬉しく快諾した。そこから曲を聴きながら、lyricを書き進める日々。書き進める度に、ビートメイカーさんに報告しては一喜一憂していた。けれど、あるラインを超えた辺りから自身の中で疑問が湧いてきた。

これは良いものになっているのか?


 自分はlyricを書き進めるとき、実際に声に出しながら制作を進めていく。声に出したとき、この世で最初のお客さんである自分にぶつける。その時、自分は正直これは大したことがないと思ってしまっていた。最初からこの文章を読んで頂いている方は理解して貰えると思っていますが、自分で色んなものを目利きしてきた自分にとって、これが良いものであるかの判断基準は明確にわかる。ましてや、インターネット上の音源や動画、板の上の優れたパフォーマンスを見てきた自分にとって細分化されたジャンルやそのベクトルにおいて優秀かそうでないか。

一番のハードルは自分になってしまっていた。


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 書いては消して、書いては消して、書いては消して。
 
 いつしか、現実逃避で始めた表現から、逃げ出したくなっていた。
 
 

このトンネルはいつになったら出れるのか?


 集中してずっと書いているのに、何のためにlyricを書いているのか分からなくなってきて。お世話になったビートメイカーさんの顔を浮かべては、「書かないと…」という気持ちだけで書いていた時期。
 choriさんの顔が浮かんだ。
 ライヴでかました自分のパフォーマンスを評価してくれた。違うんです。自分、ライヴだけじゃなくて作品もヤバいこと出来るんです。自分を信じてくれた人たちへ、自分の可能性を証明したい。その一心で取り組んでいた。書いている途中でも確信はあった。これはヤバいものになる。ヤバいものにしてみせる。使命感や責任感が自分の中に確実に湧いてきていた。そんなとき。

choriについて大切なお知らせです。

 choriさんが亡くなった。

 おい。 

 いやいや。

 ちょっと、ちょっと。
 
 自分のこの知らせを見たときの正直な気持ちは、

 「まだ見せてないのに」

 

 誰よりも評価することに関して、徹頭徹尾、真面目だった。
 人との空気が読めていないとも言えた人で、
 言葉や文章は読めるし、何よりそれを言語化できる人だった。
 自分以外にもこの人に見せたい、何と言うのか聞いてみたい人は多かった。
 自分もその中の1人。

 見せたかった。
 正直、この作品で、この人の鼻っ柱を折ってやりたかった。
 自分はぶつける先である大事な1つを失いながら、この文章を打っている現在も制作を進めている。

***

今なら分かる気がします。

自分の長所も、短所も。


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