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ある愛(1)

愛のきっかけは突然だった。

Ⅰ 序

第一印象は”真面目そうな人”であり、実際に印象通りの人だった(今でも「真面目」が服を着て歩いたら、ああいう人だろうなと思う)。出会いに劇的なことなど何もなく、週に数回顔を合わせるという人間関係が始まった。

その日も、何の予兆もなかった。いつものように顔を合わせ、時間が来れば別れるという日常を繰り返すはずだった。だが、私には17年前のその日が特別な日へと変わったのである。

Ⅱ 二つの衝撃による変化

必要な話を終えて、雑談していたのだろう。何のきっかけか覚えていないが、相手が私的なことを話し始めた。それは、10代半ばの私が上手く返答できるものでは全くない、重みのある内容のものだった。

今、振り返ると私は二つの衝撃を受けていたのだろう。一つは、真面目で私的なことなど話しそうにない人の口から、そういう話が出たこと。もう一つは(こちらの方が遥かに強い衝撃だった)、その人にとって大切な、大切な話を私にしたということ。

当時は出会ってようやく2ヶ月が過ぎた頃で、私はその人に対して“真面目”という感じを強めていただけだし、相手にしてみれば、私は多くのうちの一人(one of them)に過ぎなかった(多少、目立つ存在であっただろうとは思うが)。話を聞いた直後は、その聞き役に私が選ばれた理由も分からないほど受け止めあぐねていたのだが、落ち着いて考えると、その理由の一つは想像がついた(しかし、それ以外の理由があったとしても、それは推察できないままである)。それゆえ、聞き役に選ばれたことそのものについては「まあ、そうだろうな」と今でも思う。しかし、私はそれまでに個人的なことは一切話していなかったし、その人にとって、大きな意味を持つであろう話を打ち明けてもらえるほどの信頼関係を築く時間も経っていなかった。


お前、屈託なく明るいなぁ。


その時に言われた、この言葉とその人顔が今も忘れられない。おそらく、一生覚えているだろう。その瞬間が、のちの私を変えたのだ。

その人は笑顔だった。でも、私は切なかった。10代半ばの子どもが感じ取れるほど、大きな心の荷物を抱えていると分かる、羨望の笑顔だったから。

私は、激しく動揺した。そんなことがあるなんて思いもしなかった。私が見たのは、その人が絶対に他人には見せない一面だった(だろうと確信できる)。後にも先にも、この時しか見なかった笑顔。

私は、その笑顔から、その人の脆さを知った。その人のために何かしたいと心から思った。そう思い願った時、その人は私にとって今までと同じ人ではなくなっていた。特別な人になった。



(その後の)3年間の人間関係において、あの話が出ることは二度となかった。私も口にしてはいけないと思ったし、何よりも怖かったのである。その人を傷つけることが。あの話を口にすれば、間違いなく、私は当時のその人を傷つける。それが分かっていたから怖かった。私にとって一番大切な人を、私自身が傷つける。私は自分がそんな存在なのだと悟った。


Ⅲ 17年後の再解釈

当時そう思っていたことは、おそらく勝手な勘違いや自意識過剰ではなく、当たっているはずである。当時の私は、その人が抱えるものに対して「そのままを知る」ことはできなかった。それを「変えられる」と思っていた。私自身は、同じ抱えものをしたことがないから。

今ならば、(心に)そういう抱えものをする人がいることも知っているし、それに対して何か言う/するという行為そのものがナンセンスだと考える。しかし、当時の私にそこまで考える力はなかった。ただただ、そのある種の「繊細さ」に驚き戸惑い、自分がその人を傷つけることに怯えていた。

それゆえ、そしてあれから時間が経ちすぎたことで、聞けないことがある。あの話を私にしたこと、後悔していませんか。

(私に)話したということを覚えていないかもしれない。だが、私が知るその人は、話した詳細は忘れても、あの話をしたことを忘れる人ではない。

今、その答えを知ったとしても、どうすることもできない。たとえ(その人が)後悔していたとしても。だから、せめて後悔していないことを願うばかりである。


今でも思う。あの話を聞くには、私はあまりにも早すぎた。若すぎたのだと。あと4~5年時間が経っていれば、もっと違う返事や話ができたし、もっときちんと受け止めることができただろう。ましてや、今の私なら…。どんなにそう思っても、時間は決して戻らない。私は無力だ。『寄り添う風』になれなかった。

人恋しさは 諸刃の剣 かかわりすぎて あなたを苦しめるくらいなら 寄り添う風 それだけでいい あなたの袖を揺らして 寄り添う風 それだけでいい 私は彼方で泣く


Ⅳ 大切な人

その日、別れた後もその話と、あの笑顔がずっと焼き付いていた。考えれば考えるほど、その人の存在が私の中で大きくなっていく。そして、その人を好きになったことを自覚した。一日のうちのほんの数時間で、それまで何とも思わなかった(ごく一般的に良い人であることは、それまでに分かっていた)人が、突然”最も大切な人”に変わったのである。以来、私にとってその人より大事な人は現れていない。









【引用】作詞・作曲:中島みゆき/編曲:瀬尾一三「寄り添う風」(アルバム『恋文』収録 2003年11月19日発売)

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