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『千両役者浮世嘆』 第七幕

第七幕

 イズチと歌舞伎町へ行く日取りを決め、一番街のゲートで合流することになった。約束の当日はもう夏の兆しが現れていて、暑く、Tシャツがちょうどいいくらいの気温だった。
 人混みの中からやってきたイズチは、全体的に黒っぽい私服を着ていた。大人びて見える。
「アズロ、やる気満々じゃん」俺を見るなりそういった。
「そうか?」
「集合時間にはまだ早いよ」
「ちょっとそわそわしてな」
 実はちょっとどころではなかった。歌舞伎町に来るのも初めてだし、これから買いに行くのは裏本だ。イズチと一緒とはいえ落ち着いてはいられない。
 行こうか、といって、イズチは慣れた足取りでゲートを通った。俺はそれについていく。寿司だのラーメンだのと飲食店がある中で、何かの店員のような男たちが通行人に声をかけていた。
 あれはなんだ、とイズチに訊くと、風俗店の呼び込みだよ、といわれた。
「風俗店?」
「とっても気持ちがいいところらしい。性的な意味で。行ったことはないけど」
 へえ、と返してそちらを見る。ピンクや黄色のけばけばしい看板に何十分何千円などと書いてある。客引きと目が合った。顔を逸らし、先へ歩いた。
 いくらか歩いて、雑居ビルの間、薄暗い路地の前でイズチは立ち止まった。この先だよ、という。そうして路地へ踏み込んだ。
 大きなゴミ箱やゴミ袋なんかを避けながら進み、店はすぐに見えてきた。看板などはなく、外装は白っぽく塗られているだけだ。入口からはひとり客がいるのが見えた。
 イズチはすっと入っていった。俺もついていく。
 店内は静かだった。他の客が商品をさわるビニールの音が聞こえる。他に音はない。棚にはラベルが貼ってあるビデオテープがたくさんあった。これはなんだ、と訊く前に、イズチは店内中央の棚の反対側へ向かった。そこから俺に目配せした。俺もそっちへ行く。
 奥の壁一面に、全体的に肌色をした表紙の裏本が並んでいた。圧巻だ。こんなに種類があるものなのか。
 イズチは隣で商品を手にとって、裏返したりして見定めている。ビニールに包まれているため、中身は見えない。外側から判断するしかないのだろう。
 右にならって俺も品定めをした。だがどれがいいものなのかはわからない。緊張もある。ここは歌舞伎町の路地の、非合法の店なのだ、という認識にビビりっぱなしだ。
 これがいいだろう、とかろうじて判断した一冊を持ってレジを探したが、探すまでもなく、数冊を手にしたイズチが向かうほうへ行けばいいだけだった。店員と客とが顔を見られない作りのレジで、手元だけが見えるというやりとりでイズチは万札を出した。釣りはなかった。
 それから俺も自分の買いものをし、ふたりで店を出た。
「こんな感じだよ」とイズチ。「なんでもないでしょ」
「まあな」実は緊張で吐きそうだった。
 それぞれの収穫物を鞄に入れ、路地を抜けてまた一番街に出た。牛丼でも食べようか、というイズチに、俺は首を振った。食うどころではない。
 ゲートのほうへ歩いて行く。
「店の中にテープがあったけど、あれはなんだったんだ?」
 ああ、あれはさ、という。
「裏ビデオってやつ。もちろん非合法。本当の厄ネタはあれだね」
 あーぶねーぞー、と歌うようにいって、イズチは軽い足取りで歩いた。
 その日は駅で解散して、それぞれ家路についた。電車の中、俺は冷や汗をかいていた。鞄の中に法的な問題がある。いや、しかし所有するぶんにはお咎めなしだとも聞いた気がする。売ることが犯罪なのだと。しかしそれにしても、これはグレーゾーンなんだろうとは思うのだが。
 家に着き、自分の部屋に入り、買ってきたものを見てそれなりのことをした。

 次の日、学校でまたイズチと話した。どうだった、と訊くので、搾り取られたね、と答えた。
「テクノブレイクって知ってる?」
「知らないな。必殺技か?」
「確かに必殺ではあるんだけど」とイズチ。「抜きすぎて死ぬことをそういうらしい」
「死ぬのか」
「一日に十回とか抜くとね」
「そこまではやれないな」
「やるやつがいるんだよこれが」
「馬鹿だなそいつ」
「自慰は楽しく適量を、だね」
 そう話しているところへミズハラという生徒がやってきた。顔を赤らめ、おどおどしながら、イズチに裏本を貸して欲しいと頼んだ。
 それなら俺が貸してやる、極上のやつが手に入ったんだ、といってみた。
「すげえレアだからさ……一日二百円でどう?」
 イズチは目で咎めたが、俺は無視した。

(続)

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金井枢鳴 (カナイスウメイ)
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