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『千両役者浮世嘆』 第十二幕

第十二幕

 商売をすること、それとタチバナ先生に会うことだけを目的に学校へ通う日々が続いた。保健室通学をしているということで、俺の進学の話は立ち消えになっていった。大学への進学はもちろん、この中学の付属の高校へも行けそうにないらしい。どこかよそへ行け、ということだ。
 俺としては、そういうことを悩むわけでもなかった。どうでもいいというのが本音だ。自分に、あるいは自分の人生に興味が持てなかった。
 夢は何だったか。何がしたかったのか。そもそも、俺は何かを願ったことがあったか、そういうことも曖昧にしか考えられなくなった。
 ただひとつだけ確かなことは、アズロマラカイトが欲しいということだった。あの宝石が俺の手にあればそれでいい。家にある母のものではなく、まっさらな俺のものとしてあの宝石が欲しい。
 夕暮れの保健室で、服を直し、白衣を羽織ろうとしたタチバナ先生に訊いてみた。
「先生、アズロマラカイトって知ってる?」
 顔をこちらに向けた。それから首を振った。
「青と緑が混ざった石なんだけどさ、宝石、いや、天然石っていうのかな」
 ああ、それなら、といってタチバナ先生はベッドを降りた。
「詳しいのが友達にいる。天然石とかパワーストーンとか、そういうの」
「え、ほんと」
「欲しいものがあるの?」
 ある、と答えた。アズロマラカイトが欲しい、というと、先生はメモをとった。訊いておいてくれるそうだ。
「アズロっていうからには、君の石なのね」メモを見てそういう。「私も欲しいな」

 一日一度は教室へ行く。そうしてイズチから注文のリストを受け取り、前日の注文分の本やテープを売りさばいた。客の生徒に会えなかったときは商品をイズチに預けた。
 もうだいぶ儲けたでしょ、とイズチはいった。
「何十万といってるんじゃない?」
「いや、数えてなくてさ」
「金持ちのいいぐさだよそれ」と笑う。
「ネバついたカネだからな。威張れない」
 そうかもしれないけどねー、と頬杖をついた。
「でもカネはただのカネだから。綺麗も汚いもないと思うよ」
 そうかな、というと、そうだよ、と答える。
「アズロには商才がある。集まってきたカネがその証拠」
 だから、と続ける。
「将来は派手に儲けるんだろうね」
 何をするのかはわからないけど、とつけ加え、イズチは席を立って教室を出ていった。それをぼんやり見送って、なんとなく注文のリストなどを見ていると、キクタに名前を呼ばれた。ヨモギを連れて俺のそばにやってきた。
「こいつに何か見つくろってあげてよ」とヨモギを指差した。それからニヤニヤと顔を近づけて、耳打ちしてきた。「センズリ覚え立てだってさ」
 そうか、それなら、といい加減に商品を見せた。ヨモギはエロ本を熱心に眺めるので、それを売りつけることにした。
 値段はちょっとふっかけた。俺は顔をしかめ、この本はこれっきり、もう手に入らないんだ、と残念なふりをした。そうして安くないカネを巻き上げた。
 エロ本をバッグにしまうために、ヨモギは急いで自分の席に向かった。
「アズロって、役者だよな」
 キクタがそうつぶやいた。札を数え直しながら、役者、そうかもしれないな、と思った。
 日常がそのように過ぎていった。悪ふざけのこの日々が刺激的というのでもなく、といっても退屈だということもなく、それなりに楽しかった。
 タチバナ先生は友達からのメッセージとして、天然石のショップの行き方を伝えてくれた。この学校から電車でちょっと行ったところだ。
 一緒に行きたがる先生を置いて、放課後にそのショップに向かった。
 ガラス張りの外装に、店名がペイントされていた。中を覗くとやけに眩しい。ぎらつくライトにたくさんの天然石が照らされていた。透明なものは水晶だろうか、紫のものがアメジストで、と見ているとドアが開いた。赤いワンピースと金色のネックレスという格好の女性が出てきて、俺に手招きした。口もとは笑っていた。

(続)

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金井枢鳴 (カナイスウメイ)
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