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脳梗塞後の下肢足関節内反尖足痙性麻痺に対する可動域拡大:ストレッチと装具療法の有効性に関するまとめ


はじめに


脳梗塞は、脳血管の閉塞により脳組織への血流が遮断され、神経細胞の損傷を引き起こす疾患である。脳梗塞の後遺症として、痙性麻痺が生じることがあり、下肢の足関節内反尖足は、その代表的な症状の一つである。

痙性麻痺のメカニズム


痙性麻痺は、脳梗塞などの原因によって上位運動ニューロンが損傷することで発生する。上位運動ニューロンは、脳から脊髄へと信号を伝達し、筋肉の活動を制御する役割を担っている。上位運動ニューロンの損傷により、筋肉の緊張を抑制する信号が減少し、脊髄レベルでの反射活動が亢進する。その結果、筋緊張が亢進し、運動範囲が制限される。

脳梗塞後の下肢足関節内反尖足痙性麻痺
この症状は、日常生活動作を著しく制限し、患者のQOLを大きく損なう。足関節内反尖足は、足首が内側に曲がり、つま先が下を向いた状態を指し、歩行やバランスの維持を困難にする。

足関節内反尖足痙性麻痺の主な原因は、脳梗塞による下腿三頭筋(腓腹筋、ヒラメ筋)、後脛骨筋などの痙性筋の緊張と、前脛骨筋などの背屈筋の筋力低下である。これらの筋力の不均衡により、足関節が内反尖足方向に引き込まれ、変形が助長される。さらに、長期間の不適切な肢位により、足関節周りの筋肉、腱、靭帯、関節包などが短縮し、硬くなる。この拘縮は、足関節の可動域を制限し、内反尖足の状態を固定化してしまう。

足関節内反尖足痙性麻痺の治療
足関節内反尖足痙性麻痺の治療には、薬物療法、ボツリヌス毒素注射療法、リハビリテーションなど様々なアプローチがあるが、特にリハビリテーションにおいて、ストレッチと装具療法は有効な手段と考えられている。本稿では、脳梗塞患者の足関節内反尖足痙性麻痺に対するストレッチと装具療法の効果について、システマティックレビューを行い、その有効性とメカニズムを検討する。

方法


PubMed、Cochrane Library、AMEDといったデータベースを用いて、2010年以降に発表された、脳梗塞患者の足関節内反尖足痙性麻痺に対するストレッチの効果と装具療法を評価した論文を検索した。検索キーワードは、"stroke"、"spasticity"、"equinovarus foot"、"stretching"、"range of motion"、"effectiveness"、"orthosis"、"bracing"などを使用した。

以下の基準を満たす論文を対象とした:

脳梗塞患者を対象とした研究
足関節内反尖足痙性麻痺を有する患者を対象とした研究
ストレッチ介入群と対照群(無介入群、他のリハビリ介入群など)を比較
装具を用いた介入群と対照群を比較
可動域、筋緊張、歩行速度、バランス機能、歩行持久力などのアウトカムを評価している
結果

検索の結果、ストレッチに関する論文は5件、装具療法に関する論文は8件が本レビューの基準を満たした。

ストレッチ


ストレッチに関する論文では、ストレッチは脳梗塞患者の足関節内反尖足痙性麻痺に対して、以下の効果を示唆している:

可動域の拡大: ストレッチ群では、対照群と比較して、足関節の背屈可動域が有意に改善したという報告が多い[1, 2, 3]。
筋緊張の軽減: ストレッチ群では、対照群と比較して、足関節の底屈筋の筋緊張が有意に軽減したという報告が複数見られる[1, 2, 3]。
歩行速度の改善: ストレッチ群では、対照群と比較して、歩行速度が有意に向上したという報告がある[2]。

メカニズム


これらの研究から、ストレッチが脳梗塞患者の足関節内反尖足痙性麻痺に対して効果を発揮するメカニズムとして、以下のことが考えられる:

筋紡錘の感受性低下: 軽いストレッチを20秒以上保持することで、筋紡錘の感受性が低下し、伸張反射の閾値が上昇することで、過剰な筋収縮が抑制される [4, 5]。
ゴルジ腱器官の活性化: 強いストレッチを数秒間保持することで、ゴルジ腱器官が活性化し、α運動ニューロンの興奮性を抑制する [4, 5]。
筋・腱複合体の粘弾性特性の改善: 軽いストレッチから始め、徐々に強度を上げていき、1回あたり10分以上のストレッチを週に数回行うことで、足関節周りの筋線維や筋膜の柔軟性が向上し、関節可動域の維持に寄与する [1, 5]。
神経可塑性の促進: 長期間のストレッチが神経系の再構築を促進し、痙縮を軽減させる可能性はありますが、その強度や時間については、さらなる研究が必要です。

装具療法


装具療法に関する論文では、装具(特にアンクルフットオルソシス [AFO])は脳梗塞患者の足関節内反尖足痙性麻痺に対して、以下の効果を示唆している:

関節可動域の維持: AFOを用いることで、痙縮による足関節の拘縮を防ぎ、可動域を維持することができる [6, 7, 8]。
姿勢保持: AFOを用いることで、足関節の安定性を高め、姿勢を安定させ、転倒のリスクを軽減できる [6, 7, 8]。
筋緊張の軽減: 一部のAFOは、足関節への圧力を加えることで、筋緊張を軽減する効果がある [6, 7, 8]。
歩行速度の改善: AFOを使用することで、歩行速度が有意に向上する [6, 7, 8]。
歩行パラメータの改善: ケイデンス、ステップ長、ストライド長などの歩行パラメータが改善する [6, 7, 8]。
バランス機能の改善: バランス機能が向上する [6, 7, 8]。
歩行持久力の向上: 歩行持久力が向上する [6, 7, 8]。

装具の種類


足関節内反尖足痙性麻痺に対する装具は、患者の状態に合わせて、医師や理学療法士などの専門家が適切なものを選択する。

アンクルフットオルソシス(AFO): 足関節を安定させ、背屈を補助することで、歩行能力を向上させることができます。カスタムメイドのAFOや市販のAFOなどがあります。
装具療法の注意点

装具の適合性: 患者の体型や症状に合った適切な装具を選択することが重要である。
皮膚のトラブル: 装具の装着により、皮膚のトラブルが起こることがあるため、注意が必要である。
装具の管理: 装具は、定期的に清掃や点検を行う必要がある。

薬物療法


脳梗塞後の足関節内反尖足痙性麻痺に対する薬物療法は、痙縮の根本原因である神経細胞の興奮性を抑制することで、筋緊張の軽減を目指します。主な薬物治療とその作用機序、薬効、薬効動態は以下の通りです。

中枢性筋弛緩薬

作用機序: 脊髄や脳幹における神経伝達物質のバランスを調整することで、筋緊張を抑制します。
主な薬剤:
バクロフェン: GABA<sub>B</sub>受容体に作用し、神経伝達物質であるGABAの作用を増強することで、神経細胞の興奮性を抑制します。
薬効: 筋緊張、痙縮の軽減、疼痛の緩和。
薬効動態: 口腔内投与で吸収され、血漿中半減期は数時間。脳脊髄液にも移行する。
チザニジン塩酸塩: α2アドレナリン受容体に作用し、神経伝達物質であるノルエピネフリンの作用を阻害することで、神経細胞の興奮性を抑制します。
薬効: 筋緊張、痙縮の軽減。
薬効動態: 口腔内投与で吸収され、血漿中半減期は数時間。脳脊髄液にも移行する。
ジアゼパム: GABA<sub>A</sub>受容体に作用し、神経伝達物質であるGABAの作用を増強することで、神経細胞の興奮性を抑制します。
薬効: 筋緊張、痙縮の軽減、不安解消、睡眠改善。
薬効動態: 口腔内投与で吸収され、血漿中半減期は数時間。脳脊髄液にも移行する。

末梢性筋弛緩薬

作用機序: 末梢神経の神経伝達物質であるアセチルコリンの放出を阻害することで、筋肉の収縮を抑制します。
主な薬剤:
ダントロレンナトリウム: 筋小胞体からのカルシウムイオンの放出を阻害することで、筋肉の収縮を抑制します。
薬効: 筋緊張、痙縮の軽減。
薬効動態: 口腔内投与で吸収され、血漿中半減期は約8時間。

ボツリヌス毒素

作用機序: 神経終末からアセチルコリンの放出を阻害することで、神経筋伝達の遮断を引き起こし、筋肉の収縮を抑制します。
主な製剤:
ボツリヌス毒素A: 最も一般的なボツリヌス毒素製剤です。
薬効: 局所的な筋緊張、痙縮の軽減。
薬効動態: 筋肉に注射することで効果を発揮し、効果は数週間から数ヶ月持続します。

その他

抗けいれん薬: 一部の抗けいれん薬は、神経細胞の興奮性を抑制する効果があり、痙縮の治療にも使用される場合があります。
オピオイド系鎮痛薬: オピオイド系鎮痛薬は、神経細胞の興奮性を抑制する効果に加え、疼痛の軽減効果も期待できます。
これらの薬剤は、痙縮の原因や程度、患者の状態によって使い分けられます。また、副作用も考慮する必要があります。

薬物療法の注意点


副作用: 薬物療法は、様々な副作用を引き起こす可能性があります。
中枢性筋弛緩薬は、眠気、ふらつき、めまい、便秘などの副作用を起こす可能性があります。
末梢性筋弛緩薬は、筋力低下、呼吸抑制などの副作用を起こす可能性があります。
ボツリヌス毒素は、注射部位の痛み、腫れ、筋肉の弱化などの副作用を起こす可能性があります。
薬物相互作用: 複数の薬剤を服用している場合は、薬物相互作用に注意が必要です。
定期的なモニタリング: 適切な効果が得られるように、定期的なモニタリングが必要です。

結論


本レビューの結果、ストレッチと装具療法は、脳梗塞患者の足関節内反尖足痙性麻痺に対して、可動域拡大、筋緊張軽減、歩行能力改善などの効果を示唆している。これらの効果は、筋紡錘の感受性低下、ゴルジ腱器官の活性化、筋・腱複合体の粘弾性特性の改善、神経可塑性の促進といったメカニズムによって生じると考えられる。

しかしながら、本レビューは、対象とした研究数が限定的であり、さらなる研究が必要である。今後の研究では、より大規模な研究や、様々なタイプのストレッチと装具を比較した研究などが求められる。

参考文献

[1] Effectiveness of Stretching in Post-Stroke Spasticity and Range of ... https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC8619362/
[2] Effectiveness of Stretching in Post-Stroke Spasticity and ... - PubMed https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34834426/
[3] Long-Term Spasticity Management in Post-Stroke Patients - NCBI https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC10048278/
[4] 【2023年版】脳卒中後の痙縮エビデンス25本まとめ【セラピスト向け】 - | BRAIN | 東京都世田谷区の自費リハビリ施設BRAIN【脳卒中専門】 https://brain-lab.net/evidence/upper-limb/stroke-spasticity-summary/
[5] Effect of Stretching of Spastic Elbow Under Intelligent Control in ... https://www.frontiersin.org/journals/neurology/articles/10.3389/fneur.2021.742260/full
[6] Early Identification, Intervention and Management of Post-stroke Spasticity: Expert Consensus Recommendations https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC8461119/
[7] Best Practice Guidelines for the Management of Patients with Post ... https://www.mdpi.com/2072-6651/16/2/98
[8] Effectiveness of Orthotics in the Management of Spasticity Following ... https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/24573178/
[9] Effectiveness of an ankle–foot orthosis on walking in patients with ... https://www.nature.com/articles/s41598-021-95449-x
[10] Effectiveness of an ankle–foot orthosis on walking in patients ... - NCBI https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC8342539/
[11] Effect of ankle-foot orthoses on functional outcome measurements in ... https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34482791/
[12] Impact of Ankle-Foot Orthosis on Gait Efficiency in Ambulatory ... https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30920399/

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