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第六回「初恋物語」(後編)(2014年6月号より本文のみ再録)

初恋ー
だれもが一度は
その果実をかじる
しかし その果実の味が
同じであることは絶対にない
神はそれをやさしさで
与えたもうたのか
あるいは残酷さでー
(ジャン・コクトー)
 物語冒頭で引用された一文である。多感な思春期の連載当時、マンガやドラマでこうした愛や恋・青春に関する詩や文章に出会った時、それを忘れないようにノートに書き写したり、切り抜いたりして必死に暗記していたことを覚えている。恋に恋する不安定で未成熟なあの頃を思い出し、今回も前号に続き『初恋物語』について語っていこう。

※『初恋物語』作品データとあらすじ


アンチラブコメマンガが魅せた終盤の衝撃展開!

 恋愛マンガにおいて読者が寄せる一番の関心事は、主人公が成就させる恋愛が、いかにドラマチックに展開するかであろう。しかし!本作は告白→お互いの気持ち確認→接吻(前号参照)という展開の後で、衝撃的な展開をみせる。
 あるパーティーの席で、間違って飲んだお酒に泥酔した友也が彼女とのキスの件を公表。次回ロサンゼルスオリンピックの出場候補選手として、マスコミに注目されていた珠恵をスキャンダルに巻き込んでしまう。自責の念から高校を自主退学するだけでなく、彼女への想いを捨てるためにと単身ニューヨークへ渡ってしまう。自暴自棄な生活を重ねた末に、不良グループのリーダーとして荒廃の日々を過ごすようになってしまうのだ。
 この終盤以降、暴力的な描写が増え、作品の雰囲気はよりダークな印象になっていく。なかでも驚かされるのは、報復のリンチにより絶命の危機に陥った主人公の、これまでの梶原キャラにない作品テーマ全否定の台詞である。「帰りたくなるぜ…日本になんかじゃねぇ!(中略)まだ珠恵との出会いなど夢にも思わなかった頃 恋なんか知らなかった平和な日々」「人間がまた…生まれ変わってくるものならば…こんりんざい もう恋などしねぇ!したくねぇ!!」
 
一度決めて進んだ道を振り返らず、決して後悔しない男こそが梶原マンガの主人公たちではなかったのか?登場人物、とりわけ主人公の行動や台詞には、作品の創造者である梶原の心情が反映されているという仮定に立てば、どういうことなのか、見えてくる。

連載当時の状況とドン底の時代

 その解明に当たって『初恋物語』が連載されていた期間(80~81年初夏)の執筆作品群を調べてみた。週刊少年誌では『四角いジャングル』(※1)『おかあさん』(※2)『プロレス・スーパースター列伝』(※3)『タイガーマスクII世』(※4) 青年マンガ誌に『雨の朝サブは…』(※5)『人間兇器』(※6)『SP』長い顎(ロングジョー)』(※7)  一般週刊誌に『新カラテ地獄変』(※8)『巨人のサムライ炎』(※9)『さらばサザンクロス』(※10)と本数だけ見ればまさに劇画界の帝王として売れっ子状態のように見えるが、梶原作品として知名度のある作品がどれくらいあるだろうか。筆者のような重度の梶原マニアならともなく、これらの作品群の大半は読者の記憶の彼方へと忘れ去られているのが実状だろう。
 これらのことは(前編でも触れたが)映画製作や格闘技興行も手がける多忙な生活が、マンガ原作者・梶原一騎にとっては決してプラスにはならなかったことを示していると筆者は考える。加えて盟友・大山倍達との確執と決裂。幹部の使い込みによるプロダクションの倒産。利権に群がる人間関係のさまざまなトラブルを抱えたこの時期(81年)の精神状態は最悪だったに違いない。
 説明が長くなったが、荒む心情のフィードバックとして『初恋物語』の展開を読み解くと、筆者には上記の主人公の台詞が、疲労しきった梶原の心情吐露に思えてくる。自ら招いた結果とはいえ「少年の日に戻りたい」と言わせるほどに疲れていたのだ、と。

主人公は作者の分身か?『初恋物語』結末の解釈

 『初恋物語』の結末は、友也を立ち直らせるために引退を決意した珠恵のニューヨークシティマラソンでのラストランが舞台となる。ゴール寸前で、彼女を狙うカルメンの銃口から身を挺して守ろうとした友也が、その銃弾に倒れ絶命するというものだった。
 妄想だという指摘を覚悟で書くが、友也というキャラクターに梶原は自身の“少年マンガ作家”としての自己を投影していたのではないだろうか?偶然かもしれないが友也の名字、高杉は梶原の本名である高森のもじりとも考えられる。彼を殺すことで、自身の原作者として持っていた少年性を捨て去ろうとしたというのが筆者の解釈である。
 『初恋物語』という作品は、ストーリーや人気の面だけを見れば、失敗作と言われるかもしれない。しかし作者の状況と重ね合わせると、そこには何倍もの深みが読み取れる作品であると思う。
 昔読んだきりでストーリーもおぼろげなアナタ!本棚にコミックスを眠らせているアナタ!そして、折に触れ読み返しているアナタ!これを機会に『初恋物語』を一騎に読め!

※1 掲載:週刊少年マガジン、画:中城健  ※2 掲載:週刊少年キング、画:はしもとかつみ ※3掲載:週刊少年サンデー、画:原田久仁信 ※4 掲載:少年ポピー・増刊少年マガジン、画:宮田淳一 ※5 掲載:プレイコミック、画:下條よしあき ※6 掲載:漫画ゴラク、画:中野善雄 ※7 掲載:ヤングマガジン、画:ほり善明 ※8 掲載:週刊サンケイ、画:中城健 ※9 掲載:週刊読売、画:影丸譲也 ※10 掲載:週刊読売、画:かざま鋭二

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【ミニコラム・その6】

梶原作品におけるジャン・コクトー名言

冒頭で取り上げたフランスの詩人・芸術家、ジャン・コクトー。彼について調べてみると、生み出した数多くの詩や名言の中に、他の梶原作品(巨人の星)でも使われたものがあったので紹介しよう。
●星飛雄馬と恋人・日高美奈が宮崎県の日南海岸でデートした際に彼女が口ずさむ詩の一片。
「わたしの耳は貝のから 海のひびきをなつかしむ…」
●また、中日へのトレードに悩む伴宙太に飛雄馬の姉・明子が叱咤激励の意を込めて放つ名言。
「青春には けっして安全な 株をかってはならない」
星飛雄馬と伴宙太、それぞれの初恋のターニングポイント(前者は美奈が不治の病・黒色肉腫であることが明かされ、後者では明子への想いとの決別)となる重要な場面で使われていることも見逃せない。梶原にとってコクトーの作品は愛着が深かったのであろうか。

第五回「初恋物語」(前編) を読む!