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梶原一騎が伝えた愛(「昭和40年男」2018年10月号・特集“熱愛”より)

愛とは戦いである…君は愛のために死ねるか?

 恋愛をマンガからも学んだ僕らにとって、梶原一騎作品は決して避けて通れない読書体験だった。スポーツや格闘技などを通じて主人公とライバルたちの激しい闘いを描く一方で、可憐で聡明なヒロインとの“梶原イズム”あふれる恋愛模様は、同時期の他作品とは異なる魅力で僕らの恋愛観に多大な影響を与えた。そんな梶原の100作を超える原作マンガの中で、僕らの記憶に残る、恋愛をテーマにしたマンガと言えば、やはり『愛と誠』(1973~76年・週刊少年マガジン連載 画:ながやす巧)だろう。後にマガジン三部作と語り継がれ、『巨人の星』で“親子の愛”『あしたのジョー』で“師弟愛”を描いた梶原が、“男女の愛”をテーマに満を持して挑んだ作品だ。恋愛マンガというジャンルがまだ少年誌に確立されていない時代に、数奇な運命で結ばれた財閥令嬢・早乙女愛と不良少年・太賀誠のラブストーリーは熱狂的な支持を集め、『巨人の星』『あしたのジョー』に匹敵する大ヒットを飛ばした。

梶原が作品に込めたメッセージ

 「愛は平和ではない 愛は戦いである 武器のかわりが誠実(まこと)であるだけで それは地上における もっともはげしい きびしい みずからをすててかからねばならない戦いである」
 連載開始冒頭に掲げられ、以降も重要な場面で使われるこの一文に、梶原が本作に込めたテーマがある。“異性を真剣に愛すること、相手のすべてを受け入れることは非常に困難であり、うわべだけのキレイごとでは決して成就できない!そこには苦難が満ちあふれているのだぞ!”と僕らに教えてくれた。
 互いの感情に馴れ合うのではなく、ぶつかりながらも高めあう男女間の愛。それを“戦い”として表現するために描かれた数々のバイオレンス描写と波乱に富んだ展開に、筆者も毎号ドキドキしながら夢中で読んでいたのをハッキリと覚えている。初めは太賀誠に憧れた。彼のカッコよさに、愛の想いを寄せつけないクールさに、不敵に振る舞うワルっぷりにだ。クラスの好きな娘に意地悪をしたり、関心がないように振る舞うことで彼を真似ている気分になっていた。しかし、読み進めていく内に、彼とは別の登場人物へ深い感情移入をしていくことになる。初めはただの脇役でしかなかったその人物がヒロインに宛てた恋文。そこに書かれた言葉は、読者に絶大なインパクトを与え、数多ある恋愛マンガのセリフの中でも抜群の知名度を誇っている。そしてそれは『愛と誠』という作品が生んだ究極の愛情表現であり、作品を象徴する珠玉の名言となった。それは…「君のためなら死ねる!」
人物の名は、岩清水弘。

影の主人公から学んだ恋愛の理想と現実

 学園指折りの秀才で優等生のメガネ男子。早乙女愛を一途に愛し、太賀誠との戦いに傷つき倒れそうになる彼女を陰から支え続けるのが岩清水だ。彼の決して報われることのない片思いの苦悩は、当時の読者の大半が強く共感できたことだろう。先に述べたふたりの“愛の戦い”は互いに寄せる好意を認め合ってこそであり、両想い成就はおろか、ちょっとした男女交際のハードルすら高かった当時の僕らには、まだ遠い未来の話である。しかし異性への興味・関心・好意は当然あり、身近なこととして経験していた。だからこそ、岩清水の言葉や行動がストレートに心に響いたのだと筆者は思っている。僕らは愛と誠の恋の成就を応援する一方で、影の主人公である岩清水を応援しながら愛について学んでいったのだ。
 激しい暴力が吹き荒れる物語のなかで、常に冷静な立場で状況を見守り、行動する岩清水の視点は、作者にとって物語を紡ぐ梶原の視点でもある。よって彼の言葉からも梶原が本作に込めたメッセージが読み取れる。
「愛するってことは 真実の愛とは…相手が愛してくれないからって とりやめたり 相手を上等だの下等だのと品さだめしたり…そんな取り引きじゃない ひたすら ささげつくすもの!報酬を求めぬもの!すくなくとも ぼくは そう信ずるよ」
 
決して見返りを求めず相手に尽くし抜く愛、つまり無償の愛。それこそが梶原が信じ求める至高の愛だと教えてくれたのだ。
 そんな『愛と誠』にまつわる裏話を一つ明かそう。連載開始の数カ月前に、梶原は長年連れ添った妻との離婚が成立(1972年。その後1984年に復縁する)。人気作家ゆえの放蕩が原因とは梶原の弁だが、この出来事は彼自身の恋愛観にも多大な衝撃を与えた。後に梶原は元妻に「これは、お前と別れたから書けたんだ」と語ったという。原作者の技術だけでなく、自身の人生経験から得た切なる想いを物語に込めたのである。だからこそ、僕ら昭和40年男たちの心にも、今でも強く焼きついているのかもしれない。

梶原マンガに学ぶ!愛の名シーン&名セリフ

1.『巨人の星』星飛雄馬💛日高美奈
「こんなすばらしい人を愛したんだ もう青春なんか いらん 終われ!!」
 初恋の女性は不治の病に侵されていた。残り少ない日々を、時間を、少しでも一緒に過ごしたい!その一心から自ら二軍に降格した飛雄馬。幼い頃から野球一筋だった信念を曲げてまで、愛する女性のへの想いを貫いた主人公の行動に、人を愛することの奥深さを学んだ。

2.『あしたのジョー』矢吹丈・西寛一💛林紀子
「矢吹くんのいってること…なんとなく わかるような気がするけど わたし ついていけそうにない…」
 少年院退所後のふたりが働く乾物屋の一人娘・紀子。彼女は丈にほのかな想いを寄せるが、拳闘に夢中な丈の態度はつれなかった。ただ一度のデートで互いの価値観の違いを悟った紀子のつぶやきが切ない。結果、紀子は気のやさしい西と結婚することになる。戦い続ける男の世界に身を捧げる者と、そこから退き平凡な人生を歩む者。ささやかな幸福を望む女性が選ぶのは、カッコいい主人公だとは限らないことを学んだ。

3.『新巨人の星』星飛雄馬💛伴宙太
「おまえ おれのために死ねるか?」
「あ…あたりまえじゃい!それが真の友情ちゅうもんよ…」
 
高校時代から熱い友情の絆で結ばれた飛雄馬と伴。ふたりが同時に恋をした相手は女優・鷹ノ羽圭子だ。愛と友情の板挟みに悩み、互いの関係は次第にギクシャクする。恋の軍配は飛雄馬に上がるが、失意に暮れる伴との友情を大切にするため彼女の告白を拒絶。それを飛雄馬に決心させたふたりの会話が、まさに熱い!愛よりも友情を尊ぶ梶原イズム!!ある意味BLの元祖とも言えるふたりの関係に友愛の精神を学んだ。