doaへの極私論的謝辞
doa(ドア)が20年間の活動に終止符を打ち、年内一杯で解散を表明した。
彼らは2004年デビュー、我がライブハウスhillsパン工場はオープン21周年であるが、結成直後から出演していただき、20年間ずっと出演し続けてくれていた3人組である。
当初、この3人を引き合わせたのはもちろんプロデューサー長戸大幸氏ではあった。だが、20年間に渡って活動を続けてこれたのは、メンバー三人のたゆまぬ努力と相性の良さ故であろう。そのダイナミックなアメリカンロックを追求する姿勢と他の追随を許さぬコーラスワークは、J-POP界においても稀有な存在として今後も語り継がれるに違いない。
で、もちろんメンバーそれぞれに対する思い入れは様々あるのだけれど、ここでは彼らを支え続けてきたあるスタッフに謝辞を申し上げたい。彼女のひたむきな姿勢がなければ、doaがここまで続けて来れたかは微妙だったかもしれない。
こんなところで紹介されるのも本人は全くもって嫌がるだろうから名前も明かさないけれど、とにかくアーティストやバンドマンにとって我が身の人生を賭けて尽くすスタッフの存在は、何者にも代え難いくらい貴重なのだ。
昨年6月1日のある出来事で彼女にたしなめられた事がある。あの日、彼女の冷静さが無かったら、私の事態はかなりヒドいことになってたよな、と今でも思う。
ありがとうございました、ホンマに。
そしてもちろん、20年間ライブハウスhillsパン工場のdoaライブに通い続けてくれたコアなファンの皆さんの存在、これもまた直接それぞれの顔が思い浮かぶ間柄故、感謝の念に耐えない。
doaには、アーティストとスタッフとファンの理想的な関係が大袈裟ではなくとも確かにそこにはあった。
そんな歴史を垣間見てしまうと、音楽の持つパワーと懐深さに感銘を受けてしまう。
2024年猛暑の夏、世間はパリ・オリンピックで熱狂を享受している。
我々もまた差し迫ったピリオドまで後悔することなくバンドを応援しようではありませんか。
素晴らしい作品と素晴らしいライブ・パフォーマンスをありがとうございました。
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