多様性を活かすには「受容性」が求められています
そもそも「多様性」って何だろうか?
昨今、頻繁に登場する言葉に「多様性」がある。働き方の多様性、多様性のある社会などのフレーズもよく目にする。ところで、この「多様性」って何だろう。わかっているようでいて、わかっていない・・・かもしれない。
オックスフォード英語辞典では、多様性(diversity)を「互いに非常に異なる多くの人や物の集まり」と定義している。最近は社会的な視点から、LGBTや障がい者や移民などマイノリティが多様性のテーマになることも多い。
いろいろなとらえ方があるけれど、僕はシンプルに「みんな異なる」ことが多様性だと思っている。だから、多様性があることの本質は、「異なったさまざまな考えや意見や行動を活かす」こと。ところがこれが簡単ではない。
同じやり方に頼っていたらほぼ失敗する
当たり前だけど、会社は年齢、性別、人種、経験、趣味嗜好などの異なる人たちで成り立っている。景気がよかった時代は決められたことをきちんとやる人材が重宝され、それでうまくいった。かつての製造業がその典型だね。
しかし、不確実性が高いいまは、これまでと同じやり方ではかなりの確率で失敗する。横並びの発想からは次の一手は出てこない。変化に適応した新しいアイディアを出せる多様な人材が求められているのを実感する。
社長が「多様性が重要だ」といっても、実際には多様性を受け入れている会社は少なくないように感じる。なぜ何だろうか?それは多様性を受け止める「受容性」が弱いから。偉そうにいうが、僕も受容性が高いとはいえない。
自分が既に持っている先入観や思い込み
通勤に地下鉄を使っているが、車内に中東系の男性がいると、ちょっとだけ距離をおこうと思う。嫌な思いをしたわけでもないし、そもそも中東に行ったこともないのに、どうしてなんだろうか。
それは「イスラム、テロ、紛争、怖い」などに、気持ちが支配されているからだ。先入観や思い込みで、非合理な判断をし、勝手にレッテルを貼っているわけだ(すみません)。このことを「認知バイアス」というらしい。
受容性を磨くには、この認知バイアスに気付くことがとっても大事。人は自分と異なる意見に抵抗したくなる。ときには排除しようとする。そんなときは、なぜそう思うのか考えよう。理由がわかれば、耳を傾けられるはずだ。
「私は」を主語にして自分の意見を伝える
仕事柄いろいろな会社の内部に入ることが多い。そこで感じるのは「私は」を主語にして、意見が述べられる会社は受容性が高い。「自分の意見を提供することが、自分の価値であり、会社への貢献」という文化があるからだ。
多様性を難しく考えるとうまくいかない。「誰でも自分の意見が述べられる環境をつくる」と社長が宣言してしまおう。もちろん自分の意見をいえば、何でも好き勝手にできるわけじゃあない。ここはきちんと伝えよう。
僕らは想定外のことが加速度的に起きる時代を生きている。やっぱり、多様な考えやアイディアを生み出せる人や組織は変化に強い。そのためには受容性を磨いていくこと・・・そう思うこの頃です。