死を考えることは、生を考えること
『安楽死』
広辞苑では、『助かる見込みのない病人を、本人の希望に従って、苦痛の少ない方法で人為的に死なせること。』と定義されている。
癌が身近になった現代で、『安楽死』や『尊厳死』という単語を耳にしたことがない人は、ほとんどいないはずだ。私が子供の頃から、そのような話がテレビで盛んに議論されていたように思う。ただ、その議論で結論は何も出ず、解決策は視聴者に示されない。
そもそも、人は死の話を避ける傾向がある。理由はいくつも挙げられるが、大きな理由の一つとしては、
「死んだらどうなるのか、誰にもわからない」
というものがあるように思う。亡くなった人に「実際死んでみて、どうでしたか」と聞けるわけがない。未知の恐怖として、大なり小なり個々人にそれは存在している。いくら考えようとしても結局わからないから、人々は目を背けながら毎日を過ごしている。
西先生の書籍には、二人の患者の物語が記されている。
この二人の物語から、安楽死の是非を決めることはできないし、そのことは本書81ページの幡野さんとの対談でも示されている。
『安楽死』、そもそも『人の死』自体、誰にも正解を決めることはできないし、賛成か反対かを決めることにも意味はない。
ただ、『死』を考えること自体は、必要な行為だと思う。
本書246ページのあとがきで、西先生は「死には三種類の死がある」と述べている。
・肉体的な死
・精神的な死
・社会的な死
肉体的な死に関しては、医療従事者はプロだ。だから、患者に病気を説明できるし、治療方針も説明できる。
ただ、残りの死に関しては、どうなのだろう。果たして、医療従事者はその分野でも先陣をきって患者を導けるのだろうか。患者に近しい家族の方が、患者の人となりを知らない医療従事者よりも詳しいのではないのだろうか。
それにも関わらず、多くの裁量権は医療従事者側に委ねられている。そこにどうしても違和感を覚えてしまう。他人の人生に簡単に口出しできる権利なんて、あるはずがないのに。
『DNAR』という言葉がある。Do Not Attempt Resuscitationの略であり、心停止時に心肺蘇生等の処置を行わないことを指す。
これは、医療従事者が患者に対して決めるのではなく、患者本人ないしは患者家族から同意を得ることによって初めて、蘇生処置を行わないと決めるのだ(すべての治療を放棄するという意味ではありません)。
ここで最終的に決定権があるのは患者側であるのに対し、どうして安楽死の議論になると医療従事者側の力が強くなるのだろうか。
・精神的な死
・社会的な死
この二つの死に関しては、医療従事者ではなく患者側が考えるべきであり、範囲を拡げれば社会が考えるべきである。いつまでもこの二つの死を医療従事者側に押し付けていては、何も進まない。
そのためには、人と人との対話が重要であり、不可欠だ。
私自身としては、安楽死制度は存在してもいいと考える。
ただ、安易に安楽死を選ばせるような寂しい社会になってほしくないとも、考える。
人はどうやったって、誰かと繋がっていて、何らかの関係性を持っている。たとえ家族でなくとも、対話できる。
ただ、心や体が弱ってしまうと、どうしても対話ができなかったり、対話できる人が見つからなかったりしてしまう。
そのような人を救い出せる社会になるためには、何が必要なのか。
人生会議のポスターが、一時期話題になった。
「死は綺麗ではない」という理論から炎上したが、私は全員が向き合うべき事柄だと思うし、「生きるのは素晴らしい」と主張する人ほど、避けては通れない問題だと思う。
「死に方を考えること」は、「生き方を考えること」に繋がるし、
「死に方を制限すること」は、「生き方を制限すること」に繋がる。
「死がわからない」からといって、「死について話してはならない」という結論は、きっと間違っている。
私は、癌で亡くなった父と『生き方』の対話ができなかった。
父が亡くなる直前、最後の病室での沈黙の中、私は初めて父と対話できたような気がした。あくまで、私の感覚だけれども。
ただ、遅すぎた。
父が亡くなってから、なぜ『生き方』の対話ができなかったかを考えたが、おそらく、『死に方』の対話ができなかったからだと感じている。
ただ、怖かった。『死』について話すことが。
そのために、対話が必要なんだろう。独りでそれを抱え込むには、あまりに巨大すぎるテーマだから。独りではきっと、答えを出せない問題だから。
人生会議をすることが当たり前の社会になれば、『安楽死の是非』のような不毛な議論は少なくなると思う。
私は自分の大切な人たちと人生会議をしながら、今後を生きていきたい。
人はどう頑張っても、いずれ死ぬのだから。
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