見出し画像

夫が子どもに元カノの名前を付けていた、みたいな話

最初に言っておくが、タイトルに惹かれて読み始めた人には、みたいな話であって、怒りや憎悪に満ちたものではないと断りを入れておく。


私の母はシングルマザーで、幼いころから母の手ひとつで育ってきた。強くて優しい母だ。そんな母には物心つく前から恋人がいて、月に何度か家に来て一緒にご飯を食べたり、長期休みになると旅行に連れて行ったりもしてくれた。私にとって彼は父親そのもので、宝物のように大切にしてくれていた。彼も、私と同じように母親に育てられた子どもだったらしく、
私が寂しい思いをしてないかいつも心配してくれた。

そんな彼との終わりはあっけなかった。二人は結婚する未来が見えないと、十数年の関係に終止符を打った。たしかに喧嘩の絶えない二人だった。
男女のことだから、ほかにももっと複雑に絡み合った理由があったのだと思う。

父親ではない彼と私を繋ぐものは何もない。それから、会うことは一度もなかった。唯一知っていた電話番号に何度か指が伸びたものの、母の顔が思い浮かんで何となくかけることができなかった。だけど、彼と会うことができなくなってから数年経った今でも、彼のことをよく思い出していた。


そんな矢先に、寝耳に水、鳩が豆鉄砲的な話を母から聞いた。母は苦しいようなそれでいて嬉しいような顔で、彼が数年前に結婚したこと、そして子どもがいることを私に話した。それだけでも十分驚いたのだが、そのあとに続いた言葉は私の心に響いていつまでも消えなかった。


「衣(私の名前)から一文字とって、娘に名前を付けたんだって」


涙を止めることができなかった。溢れて、こぼれて、だけど涙は温かかった。母も泣いていた。
私が彼の記憶に残り続けていたことがうれしかった。彼はもう私の父親ではなくなったけど、私への愛情まで失くしてしまったわけではなかった。

もう私のことを忘れてもいいから、家族と幸せな家庭を築いてほしい。だけど、やっぱり私のことを忘れないでほしい。そんな感情たちが渦巻いては、消えてを繰り返した。でも、きっと彼なら覚えていてくれる。だって、まだちいさな彼の娘は、ほんの少しだけ私を含んでいるのだから。


いつまでも父親でいようとしてくれてありがとう。私は本当に幸せな娘だったよ。
私を忘れてしまってもいいから、いつか本当の娘の父親になってね。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?