クラス制度とかいう前近代的な制度
こんにちは!こんばんは! 前回の投稿からかなり時間が空いてしまったので、そろそろ何か書こうかな~っと思って投稿します。
春ということで、進級や進学される方、就職される方も多いと思います。おめでとうございます。
さて、今回は、小学校~高校(専門学校)にあるクラスについて書いていきたいなと思います。
ちなみに私はクラス制度は反対派です。というのも過去にクラスに対して嫌な思い出があるというのが大きな原因ですが、それ以上に、デメリットの方が多いなと感じるからです。とりあえずクラスのメリットを述べると。
クラスのメリット(個人的に思いつくもの)
・クラス内で団結心が産まれる
・自分と異なる人と接することで社会性を身に着ける
ただ、個人的には、とりあえず人を収容し、同じように学ばせれば皆同じようにできるだろうという、浅はかな考え方がクラス成立にしか思えません。まるで大量生産消費社会における工場のように思えます。
実際、同じように学ばせても差は生じますし、自分と異なる人といっても同年代でかなり同質性の高い人々の中で、果たして現代社会が求めている様な社会性、コミュニケーション能力というものは、本当に身に着くのでしょうか。
個人的経験でもありますが、クラスの最大の負の部分は同調圧力が働きやすい部分にあると思います。いうなれば、異質なものを排除する(いじめ)動きがみられます。結果として、人と違うことを恐れ空気を読み人と違うことを全くしない。結果として個性というものは幼少のころから徐々に殺されてしまいます。このような、状況の中で個性を育むことはかなり難しく、人と違うと認定された人たちは不登校や自殺をしてしまう。
これは、クラスという制度が生み出した負の遺産であると私は考えます。だからこそクラスという鉄のカーテン無くし、より多くの人と交流が出来る施設に学校はなっていくべきであると考えます。
具体的には・・・?
小学校から高校も、大学のような授業の選択制を導入すればよいと考えます。これにより、同年代のみならず多くの年代の人間と交流することで、コミュニケーション能力や社会性も身に着くのではないのか、と考えます。
ただし小学校の1~3年生は、判断が未熟な部分もある為、小学校四年生から授業の選択制、高校生からは選択制とプラスして単位制を導入する。これにより、早い時期から判断能力や社会性が身に着き、好きなものを伸ばすことで、スペシャリストを今より多く、生み出すことが出来るのではないのかと考えます。
また、クラスを無くすことで自分にとってより良い人間関係を築きやすくなり、いじめや不登校も無くなるのではないだろうか。
学習指導要領においても社会に開かれた教育課程を謳っています。クラスという閉鎖的空間ではなくもっと開かれた世界を提供することで、いじめや不登校も無くなるんじゃないだろうか。