ソビエツキー・ソユーズ級戦艦 : 無法地帯の生み出した怪物
もう未完成戦艦についてね、触れるのやめてもいいような気もするんですけどね、もうなんか未完成戦艦を思いつくとなんかもう止まらなくなってきて書きたくなってしまうので書きます。でももうこの艦は本当にデータがないのでどうしようもないんですよね、なのでかなりの部分は推測によります。そのうえで評していこうという企画です。
ロシアの野望
そもそもソビエトというのは海軍軍縮条約に署名していないというのがかなり大きなポイント。ロシア海軍は日露戦争の日本海軍の手によって戦力が壊滅。国家予算の大部分を投じて整備した海軍戦力を一度の海戦で壊滅させられたことで再起不能なレベルのダメージを受け、そしてその後ロシア海軍が復活することはなかった。
そして時は流れソビエトは海軍軍縮条約に参加しなかった結果条約の規制を受けない自由な軍艦の設計が可能となり、軽巡洋艦でありながら主砲が18cmとかいう軍艦を作ったりしていた。それでやっとソビエトは海軍の復活を目指して15隻もの戦艦を建造すると言い出した。それがこの戦艦、ソビエツキー・ソユーズ級となる。
生み出された怪物
そもそもソビエト海軍に協力していたのはイタリアだった。ソビエトからの要求に合わせて設計された本艦は排水量6万トン、主砲16インチ(40.6cm)とかいう怪物に仕上がってしまう。一時は主砲18インチ(45.7cm)まで膨れ上がった。
こんなバケモノを手に負えるはずもなくアメリカに建造の協力依頼を取り付けたもののあまりにも巨大すぎるため結局断られてしまう。さらに粛清の云々もあってソビエトが自力で建造するということに。
とにかくソビエトは条約の縛りを受けないことで好き放題戦艦を作ることができた。これも戦艦大和と同じ。
ソビエトが戦艦を作る理由はまあわかる。当時の海軍といえば戦艦が主力艦であり、そして崩壊した海軍再建の目玉として最強の戦艦を作るというのは至極当然の動き。そして軍縮条約に加盟していない以上好き放題戦艦を作るというのもまた当然の話。
ただ本来戦艦というのはその国のドックやその他設備によってサイズが決まるもの。ソビエトがいきなりこんな巨大戦艦に手を付けたのははっきり言って異常というか、30年戦艦を作ってない国がいきなり戦艦大和を作ろうとし始めたようなものでかなり無理がある。なぜ急にこんなバケモノを作ることになったのか。
ソビエツキー・ソユーズの仮想敵については同じ欧州のドイツ海軍の話が壇上に上がる印象がある。しかしドイツはソビエトと不可侵条約を結び技術交換をするなどしており、実際ドイツ製38cm砲を装備した高速戦艦を作る計画があったりした。想定していないとは言わないが、しかしあまりにも過剰な反応と言わざるを得ない。北欧諸国が装備していた海防戦艦に至ってはもはやアウトオブ眼中といったところ。
もちろんドイツ海軍も脅威ではあるが、それだけにとどまらない。最大の敵はやはり不俱戴天の仇、日本海軍だろう。ソビエツキー・ソユーズが急に18インチ砲を搭載すると言い出したり排水量6万トンとかいう設定にしたり、そして何より15隻もの建造計画ははっきり言って異常。これはバルト海さらにその先の大西洋と、そして日本海軍が跋扈する太平洋両面での作戦展開を考えていたからに他ならない。日本海軍を排除し今度こそソビエト・ロシアは不凍港を手に入れ南下政策を完遂する。それこそがソビエト労農赤色海軍の目的であったのだろう。
米英が戦艦大和の正確なデータを掴めなかった中でおそらくソビエトはかなり正確な情報を掴んでいたと思われる。ゾルゲ事件などもあり日本の防諜はかなりガバかったのではないか。ソユーズのこの性能設定は大和への対抗意識がかなりあったのではないか。そう勘ぐってしまう。もし太平洋にこの戦艦が8隻投入されれば太平洋の海軍パワーバランスは完全に崩壊していたであろう。ある種のバランスブレイカーでもあったのだ。
一方でソビエトには大型艦建造のノウハウがかなり失われていたのも事実。同時に大量の戦艦建造に手を付けた(当時高速戦艦クロンシュタットの建造も開始した)ため国家予算の1/3を投入したともいわれ、ソビエトの造船能力の半分以上は海軍に投入されたらしい。さらに1/10の模型を製作するなどしてテストを重ね、丹念に積み上げた検証の上にこの戦艦の設計は完成した。
ドイツがあくまでWW1時代の設計を流用し見た目だけはそれなりの「ハリボテ戦艦」たちを建造したのに比べるとソビエトは遅いながらも着実に技術を積み重ねていたと言える。イタリアだけでなくアメリカやドイツからも技術協力を取り付け、世界各国の設計図を買い、それらの積み重ねから学び、結果としてこの世界最大クラスの戦艦の設計を完了し実際に建造にまで至ったというところは尊敬に値する。第一次大戦で完全に技術が途絶したドイツと異なり完成こそしていないものの多々経験値を積み重ねこのレベルの戦艦を設計した事実は侮れない。決してロシアは技術がないから他国から設計図を買ったのではない、帝政ロシア時代から自国で建造しつつ他国にも発注していろいろな新技術を取り入れようという風潮がロシア海軍にはあった。
そしてソビエトにはそれだけ大型艦を同時に建造可能な設備があったというのも大きい。さすがにソビエツキー・ソユーズを建造できる設備はかなり限られていたがクロンシュタット級高速戦艦の建造も同時に行われていたというのはやはりソビエトの底力の恐ろしさを感じる。
イタリアは自国の鋼鉄生産能力の限界からヴィットリオ・ヴェネトの主砲を15インチ(38.1cm)にせざるを得なかった。一方ソビエトは過去大型艦の主砲を自前で生産していたこと、そして何よりその国力で16インチ(40.6cm)砲を作って見せた。ソビエツキー・ソユーズは完成しなかったがこの砲は陸上に転用され戦闘に使われたようだ。つまり砲は完成していた。
未成艦ゆえにその評価は難しい。しかしソビエトがこのレベルの軍艦を設計完了し建造開始したという事実、そして曲がりなりにも進水するレベルまでもっていったという事実は揺るがないのだ。
苦難の末に
イタリアのヴィットリオ・ヴェネトを元に設計がなされた結果ソビエツキー・ソユーズは非常にヴェネトに酷似した軍艦になっている。というかヴェネトを拡大すればソユーズになるのだ。一方地中海という内海ではなく外洋での航海を考慮した結果凌波性の改善が図られるなど改良点も多い。そして何よりヴェネトは欧州戦艦群の中でも1,2を争う傑作艦である。絶大な破壊力に機動力、そして防御力の高さを含め条約型戦艦の傑作である(35,000トンは大幅に超過してしまったが)。
そのヴェネトを大幅に拡大しソビエト側の要求も取り入れたのだから基本設計の優秀さというのはもはや語るまでもないだろう。
主砲は16インチ50口径砲。一般的には45口径程度が選ばれがちなので長砲身の主砲を選定している。これはバルト海などにおいては霧などにより近距離での遭遇戦が多く遠距離戦よりも中近距離で確実に舷側装甲を貫通できる性能が欲しいという点が一つ。これはドイツ海軍にもみられる発想である。そしてもう一つの理由として日本海軍の戦艦大和の存在である。戦艦大和に対抗するため18インチ砲の搭載は諦めたものの16インチ砲を強化することで少しでも性能を上げようとしたのではないかと思われる。おかげで射程距離は40kmを超えた。
防御性能については対40cm防御というところが念頭に置かれかなり分厚い装甲を張っている。それだけでなく艦内の断片防御に50mmの鋼板をかなり大部分に張っているほかヴァイタルパート以外の非重要区画についても当時世界各国は装甲を張らない方向にシフトしていたがソビエツキー・ソユーズはここすらも防御を固めている。守られていない範囲が少ないのだ。集中防御方式と多段防御方式の折衷案というべきか、それとも多段防御方式の最終形態ともいうべきか、とにかく装甲にかなりの重量を割いている。
機動力については21万馬力の機関を用意。この機関はスイスに発注したもので当時クロンシュタット級の機関製造で国内が手一杯であったことにより外注された。船体の幅は39m近くあり大和とほぼ同じだがこの大出力機関により28ノットで走ることが可能であったと言われている。過負荷で航海すれば30ノットも狙えるレベルであったようだ。
とにかく攻防走すべての性能を最強にした軍艦こそがこのソビエツキー・ソユーズであることがおわかりいただけただろうか。
比較
比較に当たって最大の問題となるのはデータが足りないという点だ。とにかくデータが少ない。
実際表面硬化装甲の製造でイタリアは苦戦していてヴィットリオ・ヴェネトでは二枚の鋼板を張り合わせることで合わせて350mmの装甲を実現している。イタリアは表面硬化装甲について薄い方が品質が高く厚みが増えると質が低下する傾向にあったようだ。
これを鑑みるにソビエトが戦艦用の装甲部材をどれぐらいのクオリティで製造できたのかはわからない。最大420mmもある表面硬化装甲をソビエトが簡単にしかも安定した品質で製造できたかといわれると甚だ疑問である(日本海軍ですら戦艦大和の装甲にはいろいろ気を使っている)。
でもまあとりあえずそれは一旦置いたり置かなかったりして比較していこうという話です。
火力
先ほども書きましたがソビエツキー・ソユーズの主砲として採用される予定だったのは16インチ50口径砲B-37。この時点ですでに火力は世界最強クラス。しかも特筆すべきはドイツが砲弾重量を軽量化して高初速化する方向へ向かったのに対しソビエトはイタリアの系譜から大重量高初速という方向に向かったこと。
弾頭重量は徹甲弾で1,108kg。ビスマルクの380mmSK C/34が800kg、リットリオの15インチが880kg、ネルソンの16インチが929kgであるのでこの重さが伝わるだろう。アメリカが採用していた16インチSHSが1,225kgでありこれには及ばないまでもかなりの大重量砲弾である。
そして何よりその大重量砲弾を50口径という長砲身砲で射出するというところ。砲弾の初速は830m/sであり、たとえばアメリカの16インチ50口径SHSは762m/sでこれでも比較的高速に打ち出しているとはいえB-37砲には遠く及ばない。比較するならばビスマルクやヴィットリオ・ヴェネトなどの主砲と同レベルの速度で射出しているのだ。大重量・高初速を実現することで近距離での垂直装甲貫通性能と遠距離での水平装甲貫通性能を両立させようというのがこのB-37砲の目指していたところであったと思われる。
この砲に関する貫通性能は正直はっきりした部分はわからない(13kmで垂直装甲406mmを貫通したというデータがあるが数値が低すぎるように思う)。だから完全に推測に頼るしかないのでかなり控えめな予想をした(上記のデータをもとにアメリカの16in/50砲を参考にした)。ヴィットリオ・ヴェネトの主砲が0距離で800mmもの装甲を貫通することを考えれば0距離でB-37がどれだけの装甲を貫通していたのかはかなり気になる。
しかしこの主砲には大きな疑問符が付く。この砲はおそらく絶大な垂直装甲貫通と遠距離で光りだす水平装甲貫通性能を発揮するであろう。こういったタイプの主砲はフランス海軍も採用していて大重量高初速砲は一見最強の砲に見える。だが実際には近距離での性能が強めでかなり遠距離にならないとその大重量の強みが活きない。アイオワの16インチ50口径砲でも触れたが、大重量砲弾は大落角だからこそ位置エネルギーが運動エネルギーに変換され貫通しやすくなる。落角が大きくなるのは射程距離の末端であり、高初速砲は射程距離が延びてしまうことによって実用的な射程距離でその性能を発揮することができない。フランスの380mm砲などでこういった傾向は顕著に感じられる。
欧州での戦艦の戦闘が主に20km程度で行われていたことを考えるとB-37砲は大重量のメリットを活かすのは難しかったものと思われる。だがこのレンジはむしろ高初速砲の強みが行かせる距離でもある。
近距離であればその貫通力で大概の舷側装甲を破壊するが、舷側装甲などというのは対敵姿勢などでいつでも状況が変化するもので、正直言って確実性に欠ける。だがヴェネトもソユーズも彼らは砲弾を異常に高速で射出することで砲弾の落角を小さくし、舷側装甲に命中する確率を上げた。同時に水平装甲への命中確率が下がり、水平装甲貫通能力の低さをカバーしようということなのだ。そしてそのとてつもない舷側装甲貫通力で無理やり相手の舷側をぶち破ろうというのがおそらく彼らの方針であろうと思われる。そしてヴェネトには状況を打破する能力があったのだから、ソビエツキー・ソユーズにもそれがあったはずだ。
さらに実際に砲をテストした結果予想よりも摩耗が少ないことからさらに初速を向上させることも検討されていた。その場合の初速は870m/sで、こんな砲弾が飛んできたときのことを考えたくもない。まず間違いなくほとんどの艦は耐えられない。
この砲にはどんなからくりがあるのか。それはとにかく大重量砲弾を大量の火薬で射出してるだけのことである。イタリアもそうだったし、ソビエトも同じ。アメリカの16インチ50口径と比較すると装薬の量は10kg程度増えている。
これによって生まれる欠点はまず砲の命数が下がるということ。ソビエト側は300発の発射までは耐えうると判断していたがアイオワの主砲が290発を限界としていたことを考えると実際にはもっと寿命は短かったと思われる。たとえばヴェネトの主砲は命数が110~130発とやはりかなり無理をさせている砲だけにこの辺に限界が出ている。ビスマルクの主砲でも180~210発しかない。ソビエト側の300発という計算はどうにもあてにならなそうだ。
くわえて散布界が拡大する、つまり狙ったところに飛んでくれない。実際の試射でも散布界が広いことが指摘されていたが装薬の問題としてあまり深刻には受け取られなかったようだ。しかしこれだけ無理をしている砲なのだからそりゃ散布界も拡がるだろうというのは容易に想像できる。
いろいろ書いてきたけれども、ヴェネトの系譜だからこそこの主砲は絶大な破壊力があったことは確かだし、たぶんそれは戦艦大和に対抗できるレベルの砲であったと言えよう。
ただカタログスペック最強で実際に運用する場面において問題が発生する可能性があるし、結局小手先でいろいろやっても最終的には高初速系列の主砲であることは変わらないよね、というのはおわかりいただけたと思う。口径は七難を隠すのだ。
防御
主装甲帯の舷側装甲が374mm~420mm、しかも傾斜角10度で配置して防御効率をかなり上げている。傾斜装甲のメリットを残しつつ重量のロスや容積のマイナスを考えバランスとをったような角度に感じる。元々がかなり分厚い装甲だし、しかもそれをかなり広い範囲に張り巡らせている。簡単に言えば水上に出てる部分のほとんどが装甲帯になってる。基本艦尾はスクリューとか舵とかその辺を撃ち抜かれる可能性があるのでそれなりに守らないとだけど艦首はあまり重要なものがないので防御は薄くていいよね、というのが当時の風潮。それなのに艦首すら装甲を張る丁寧さ。かなり分厚いし、しかも広い。重防御と言われたドイツ戦艦といえどここまで丁寧な防御はしていない。
さらに水平防御については上甲板が100~155mmで当時の平均レベルなだけでなくさらにその上の甲板に25mmを張り、中甲板には50mmを張った。全部合わせて200mm以上の数字になってる。ただ実際中甲板はぶち抜かれたら機関部とかやられて船として終わりの最終防衛ラインだと思われるので上の25mmと155mmでどうにか防いで断片防御に50mmということなんじゃないかと思う。
隔壁にも50mm装甲を張り巡らせてるし砲塔の天蓋は230mmもあって戦艦大和に匹敵する。ロシア海軍は昔から砲塔天蓋の防御を重視するイメージで、砲塔貫通されての誘爆とかを恐れてるのかなという印象。
まあとにかく厚いし硬いし広い。ガッチガチに固めてるという印象。装甲がない部分なんて本当にどうでもいい部分ぐらいしかないんじゃないかなと思う。
ここまでこの船が防御を固めてるのはとにかく日露戦争、日本海海戦のトラウマがロシア人の脳裏に焼き付いているからに他ならない。ロシア人にとってあの戦いは屈辱以外の何物でもなかった。あの戦闘でロシア艦は装甲を施されていない部分をぶち抜かれてじわじわとダメージを与えられて戦闘力を喪失したという事実があり、その教訓を生かし日露戦争以後ロシア/ソビエトの戦艦はとにかく全体に装甲を張るという方向に走った。たとえ主装甲帯が薄くなろうともとにかく全部を守らないと気が済まなかったのだ。
ただこれも問題があると言えばそれはそうで、当時の戦艦がオールオアナッシング、集中防御方式にシフトしたのは結局巨弾が貫通した時点でダメージがデカすぎるのだから断片防御に50mmとか張ってもしょうがないんじゃないかという点。それぐらいなら最初から貫通されないようにした方が良いよねというところで、ソビエツキー・ソユーズも最上甲板に25mmと中甲板に50mm張るぐらいなら上甲板の装甲をせめて200mmとかにしてほかの装甲を削った方が軽量化できてかつ強いんじゃないのと。複数の装甲でガードするシステムはどうしても分厚い一枚板には勝てない。合わせて200mmの装甲は200mm一枚板には勝てないんだよね結局。
ソビエツキー・ソユーズに関しては中甲板をぶち抜かれたらもはや船舶としての機能が失われるわけだし、絶対守らなきゃいけない。でも50mmで何ができる?って話。じゃあその重量を上甲板の主装甲に回しちゃった方が良くない?っていうのを突き詰めていくと結局集中防御方式になってしまう。
あの時代は戦艦主砲の威力が増大していく一方装甲に関する進化は完全に止まっていた。砲弾の威力だけが上がっていたのでもはや装甲でできることが限られてきていたというのもまた事実。
まあいろいろ書いてきてやっとソビエツキー・ソユーズの耐久力についてだけど、防御については少々甘めに見ていこう。というのも火力についてかなり控えめな予想になっているし、加えて装甲部材がどれだけの質かも不明ゆえに海軍強国と同レベルのものであると仮定して評価しているから。だから実際はもうちょっと弱いんじゃないかなというのが僕の予想。
まずビスマルクに対してはソビエツキー・ソユーズの安全距離は13km~35km。一方のビスマルクの安全距離は22km~30km。ソビエツキー・ソユーズの主砲の性能はかなり控えめに評価してるから実際にはビスマルクの安全距離はかなり厳しいものになったんじゃなかろうか。ビスマルクの主砲は遠距離での性能が悪いのでビスマルクはかなり不利な戦いを強いられるだろう。ただビスマルクの装甲は傾斜した水平装甲を使ったもので舷側からぶち抜いて沈めるのは実際にはかなり厳しい。もし舷側装甲を抜いたとしても傾斜した甲板で弾を弾くので機関部とかの船として最も重要な部分を抜くのは非常に難しい。ただ命中すればそれ以外の部分は確実に破壊して戦闘力を奪い続ける。
ヴィットリオ・ヴェネトとの場合はどうか。ソビエツキー・ソユーズの安全距離は20km~30km。ヴェネトの安全距離は15km~40km。ソビエツキー・ソユーズは高初速ゆえにかなり遠距離でないとヴェネトの甲板を貫通できない可能性が高い。一方でヴェネトの主砲はかなりの貫通力があるためいくらソビエツキー・ソユーズといえど舷側装甲は近寄られれば抜かれてしまう。ソユーズの主砲について控えめな予想であるため実際にはわからないが、少なくともソユーズの主砲は尖りすぎた性能で条約型戦艦の水平装甲を抜くのは少々厳しそう。特にヴェネトは最大で200mmもの水平装甲を持っていて条約型戦艦の中でも厚い方であることを考えると意外とソユーズでも厳しい。
アメリカ海軍のサウスダコタ級と比較した場合にはソユーズの安全距離は16km~25km。ダコタの安全距離は16km~30km。やはりソユーズは水平装甲の薄さから遠距離側はどうしても抜かれてしまう。特にダコタはSHSとかいうバケモノを叩き込んでくるから遠距離側の貫通力は尋常じゃない。大和倒せる砲をぶち込まれたらそら厳しいよ。
最後に太平洋の覇者戦艦大和との比較。ソユーズの安全距離は18km~30km。一方大和の安全距離は5km~40km。おそらく射程距離限界まで行けば大和とてさすがに耐えきれない。近距離側は砲の性能を低めに見積もっているとはいえ10kmまでは耐えるんじゃないかとすら思う。一方ソユーズはそれなりの堅さがあるので割と耐えてくれる。でもやっぱり遠距離側はギリギリの数字で、正直不安が残る。
結局水平装甲200mmにしてればもっと遠距離側が耐えられるようになって大和とかそういうバケモノたちと殴り合える安心感が出て来るよねと。ヴェネトは実際(限られた部分とはいえ)200mmも張ったし、サイズ的に余裕のあるソユーズはもっと分厚くできたはず。でもそれをしなかったのはたぶんソビエト海軍の日露戦争のトラウマによるものだし、やっぱりそこは譲れないポイントだったんだろう。
ヴェネトはイタリアの国力の低さもあってある程度死なない能力も求められた。日米みたいにボコボコ戦艦作れないからこそ生きて帰ってこれるかどうかも重要だったわけで。でもソ連には国力があって経験値さえ積めば本当に戦艦15隻作れる力があった。だからこそ集中防御方式で死ぬまで殴り続けられる軍艦にすればよかったのにと思う。ここはすごく惜しい。
全体的に硬くていいんだけどさ、やっぱり一番守らなきゃいけない部分の硬さって言う部分で言うとどうしても弱い。かなりの重量を装甲に割いてるのにもったいない。
機動力
高温高圧機関を採用することにより機関出力20万馬力を出す予定だった。ただ実際いきなり大型高温高圧機関を安定して稼働できるのかは微妙というか、トラブルは起こりうる。戦艦は出番が少ないからこそ大事な時に動けなきゃ意味がない装備だし、だから大和はかなり余裕を見た設計になってる。この辺は戦艦を作りなれた日本らしい手堅い設計。
そして航続力もどうしても短くて5500浬あまり。ソビエトが考慮すべき戦場がバレンツ海、バルト海、黒海、日本海とどこも狭いからまあ足短くてもいいやということなんだろうけども、ソビエトがアメリカと交戦する可能性もあったわけで大西洋や太平洋を考えるとちょっと足の短さが気になる。ドイツ海軍は基本足が長いしあいつらを追撃するにはちょっと物足りなさがある。イタリアは地中海だけ気にしてたらよかったから足短くてもよかったんだけど、ソビエトは仮想敵が多いしいろんな可能性があったわけだから航続力はもう少し欲しかったかなあと。
総括
まあ未完成だから何も言えないっちゃ何も言えないけど主砲とか完成してたしたぶん戦争なければ完成してただろうね。じきに国力も上がってきてたぶん建造ペースも上がってただろうし、ソビエトが大海軍を保有した可能性は十分あった。アメリカが新型戦艦10隻をあっさり作ったのとか考えるとソ連が戦艦15隻作るって無茶苦茶なようで実はありえた世界線なんじゃないのっていう。
そうなったら日本海軍もうかうかしてられない。もう一度日本海海戦をする必要が出てきてたかもしれない。少なくとも造船所はレニングラードだったので太平洋艦隊に配備するには回航する必要がある。配備されてしまえばもう日本海軍は戦力の一部を日本海に貼り付けざるを得ない。
ソビエト海軍は割と過小評価されてるけど実際にはドイツ海軍よりは多少有能だった、ただリソースの配分が少なすぎて出番がなかっただけ。ドイツ海軍も結局再軍備を宣言してからの数年間で大型艦の建造をほとんど終えてそのあとはまともに戦艦作ってないことを考えるとドイツ海軍ってやっぱり、うーんとなってしまう。
まあ完成しなかった時点で何も言えない(2回目)わけだけど、まあソビエトってやっぱりカタログスペック重視みたいなところが戦車とかでも感じられて、戦艦でも同じようにカタログスペック重視な感じがする。でも戦艦ってカタログスペックよりも大事な部分があったりするんだよなと。完成さえしていれば大和と殴り合える可能性があった戦艦の一つでしょう。多少非効率的で重量バランスのおかしさはあるんだけどそれもまあご愛敬というかね。とにかく完成してたらどうなってたのかが見たかったフネですね。