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第6回 水木しげる

凡天太郎自身が水木しげると行動を共にしたのは漫画を描くようになってからと発言していることからも、加太こうじ『紙芝居昭和史』(岩波書店)の

「凡天の石井きよみ時代には白土三平、水木しげるがかれの絵物語の仕事手伝っている」

という一節は信憑性に欠けます。

水木が紙芝居の仕事を求めて上京したのは昭和32年です。少なくとも凡天が絵物語を描いている昭和28年には水木はまだ関西在住です。上京した時点で紙芝居はすでに下火になっていたことから、凡天や白土の師匠でもある加太こうじの勧めで漫画家に転向したので、凡天が線を描いた紙芝居に水木が色を塗るということもあり得ません。

水木はマンガ家デビューのきっかけとなった宮健児『赤電話』(昭和32年6月10日発行)とデビュー作『ロケットマン』(昭和33年2月発行)の発行元である兎月書房を活動の中心としていました。

昭和34年頃、貸本マンガの世界では短編誌形式の単行本のブームがおきています。短編誌とは数名の作家の短編を掲載した雑誌と単行本の中間のフォーマットで構成された単行本です。

こうした時流に合わせ、凡天は京都市立美術専門学校時代の後輩である木村光久と共同編集で、兎月書房から少女向けの短編誌『花と少女』を創刊します。A5判並製で200ページの厚冊。奥付はありませんが、巻末の広告などから推測して5月~6月の発行だと推測できます。

花と少女表紙


木村光久はのちに凡天太郎が発行する劇画雑誌『ブラックエース』でも執筆。初期「混血児リカ」でもそのタッチが垣間見られ、凡天とのかかわりが非常に深い作家です。

『花と少女』第1集
〔収録作品〕
石井きよみ「親なしっ子」
保谷よしぞう「星のひとみ」
木村光久「おねえちゃんごめんね」
小山秀彦「ひとりぼっちの花」
せき・りいち「嵐の中の少女」
吉田公麿「花よぶママ」
はりま弘乃「純白の園」

このうち小山秀彦と吉田公麿は日本漫画社の作家であり、小山は後に凡天太郎のアシスタントになる人物です。(一番左が凡天太郎)

花と少女_見返し

この本の見どころは見返しです。見返しに使用されている写真は、堀切菖蒲園でサイン会が開催されたときに撮影したものと思われます。右から四人目に水木しげる(武良先生と表記)、右端には、ねずみ男のモデルになった梅田えいしゅん。第二集がもし発売されていたら、このメンバーが参加していたかもしれません。

晩年、凡天太郎はこの堀切の菖蒲園でのサイン会のことを回想しています。

やっぱりね、えーっと「少女」描いてる連中がみんな、サイン会を、あのー堀切の菖蒲園で、サイン会が、あのあるんで、あの頃何……『星ひめさま』かなんかオレ描いてて。

んー。んでやっぱり水木しげるなんかもその頃から、紙芝居屋の絵描きだから仲間だから。

今は堀切菖蒲園ってどうなってっか知らないけれど、入り口、入り口で、うん、ちょうどタクシーが、あの、人を送って帰ろうとしてたのね。

ほたらオレたちがぞろぞろーぞろぞろいて、あの、あのー、水木ほらいつもここ(左袖)ポケット入れてんじゃん、こっからしか無いから。

ほたら、ちょっとカスったんだよね、んー、タクシーに。

ほたら水木が大げさにどてーっと転んじゃってさ、ほでタクシーがびっくりして止まって。

「あっ!腕がない」とか言ってさ(空の袖をつかむ仕草)、ま、誰だったかな、誰かがねえ、水木のねえ洋服、こうやって(また、空の袖をつかむ仕草)袖をやると、無いじゃない。

「あ!う、う、腕がない!」とか言って。

ほんでこう、(車の下を覗き込む仕草を繰り返し)タクシーの下をね、こうやってね。

ほんで運転手も一緒んなって捜してんだよ、こう片腕がないから(笑)もう、そういうね、ちゃめっ気のあるやつだよ

(丹野雅仁「梵天、かく語りき―紙芝居・漫画の項―」『梵天、かく語りき』所収、凡天劇画会、2012年、28ページ)より

水木しげるは一緒に悪ふざけするほど仲が良かったことがわかります。
時期的には戦記物などを手掛けていた一番貧乏な頃です。

その後水木は、鬼太郎の第1作となる「幽霊一家」が収録された『妖気伝』も兎月書房から発行。その続編となる「墓場の鬼太郎夜話」が収録された怪奇アンソロジー誌『墓場鬼太郎』も兎月書房です。しかし原稿料未払いのトラブルが発生し「墓場の鬼太郎第三話・あう時はいつも死人」が収録された3巻で兎月書房を離れます。

そして水木は長井勝一が日本漫画社の後に興した三洋社に移籍(日本漫画社は長井が突如バー経営に走った事による昭和33年夏に廃業する)して『鬼太郎夜話』を昭和35年9月から刊行を始めます。しかし、兎月書房の凄さはここからです。3巻で水木しげるが降板したのち、別の書き手に鬼太郎を描かせて『墓場鬼太郎』の発行を続けました。そして全19巻という貸本マンガ史上でも稀に見る大長編作品になったのです。

この兎月版の4~19巻が俗に言う偽鬼太郎。

その書き手の名は竹内寛行。

のちの凡天太郎プロダクションのチーフアシスタントになる人物なのです。

(つづく)

映画『刺青』について

この凡天太郎が自身の世界観を詰め込んで製作した『刺青』という映画があります。40年間封印されたままとなっているノーカット版(86分)の35mmネガフィルムを4Kリマスター化するクラウドファンディングを6月26日まで開催中です。

ブルーレイをはじめとしたアイテムはすべてリターンを目的として製作する贈呈品ですのでお見逃しなく!


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