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夜空を見上げれば(天気さえ良ければ)必ず月がある。満ち欠けを繰り返しながら月はいつだって頭上に輝く。物心ついた頃から月は私の傍にあった。

木造アパート2階にあった窓の縁に腰掛けて見上げた月は、今も変わらない。月を見て、人をうらやみ、肉親を恨み、自分を卑下した。睡魔がやってくるまで月は私の心との会話に時間を割いてくれた。

「上を向いて歩こう」という歌が大ヒットした時、私は小学生だった。

けれど、歌詞の意味がなんだかとてもよく分かった。乾いた布に水が染みこんでいくように…。そうか、上を向けば涙はこぼれないんだと。

あれからかなりの歳月が流れた。相変わらず、私は月を愛している。

つい先日も、飲んで夜道を歩きながらふと空を見上げた。そこには見事な半月が浮かんでいた。ああ、きれいだなぁ、と思った。

肉親との縁が薄かったから、ひとりは平気だった。むしろ、ひとりの方がずっと居心地が良かった。ひとりで本を読み、ひとりでテレビを見て、ひとりでラジオを聞く。そして、いろいろなことを夢想した。

そんな私に、月はふさわしいような気がした。いくら見ていても見飽きない。そんな魅力が月にはあった。私はどうしてこれほど月が好きなのだろうか?

若い頃、ずいぶんと悲しい思いをしたことがあった。それは、自分がどう抗おうとしても、その濁流に呑み込まれてしまうしかなかったこと。

「諦めなさい…」その時の私に、月はぽつりと呟いた。


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