見出し画像

古傷

 かつて実際に怪我をした時の話。

ここ数日のどんよりとした天気で、右手の指先が痺れを感じる事がある。特別支障はないのだが、じりじりと振動している物に触れているような不快感がある。
年齢的なものであれば、右手の全部の指先や、両手だったりするのだろう。しかし私が最近感じている不快な痺れは、右手の人差し指の先だけに限られている。
最初は疲れかなとも思った。それなら顔が浮腫む事の方が強く感じるはずだ。右手を握った時に少し感じる違和感で、15年ほど前の怪我を思い出した。ちょうど今の季節だった。
 
 その日私は少し気が重い外出をしていた。同行した人とは現地で待ち合わせをして、一通り用事が済んで、訪問先の玄関で別れ、敷地の広い駐車場に向かった時だった。
傾斜地の敷地の一段下に下りる20段程の階段から真っ逆さまに落ちたのだ。
 あの時なぜ落ちたのか全くわからない。足を踏み外すした訳でもなく、後ろに人がいたわけでもなく、瞬感的に前のめりになった事だけは鮮明に記憶している。
「あっ」と思った時はすでに石積みの階段が逆さに見えて、そういう時は案外冷静で、瞬時に頭を護ろうという考えが浮かんだ。
私はとにかく両手を階段に伸ばした。全体重が両手の平にかかり頭を打つことはなかったが、その代わり目の前で右手の中指の第二関節が外れて、直角に曲がっているのが見えた。
 その後どうやって起き上がったのかは思い出せない。しかし即座に左手で右の中指の外れた関節をまっすぐに伸ばしくっつけた事はしっかり覚えている。

 昼過ぎていたので、総合病院の外来受付時間では受診できず、しかたなく救急病院に自分で運転して行った。直後には感じなかった痛みが帰宅してから強くなり、当然数週間は固定したまま、薬を飲んでも強い痛みが消えなかった。
それから何年も関節の腫れや痛みで、怪我をしたことをその度に思い出していたけれど、いつからなのかわからないほど、いつの間にか忘れていた。

それだけ治癒していたということなのだろう。
ただやはり怪我をしたことには違いないから、時折突然思い出させる様な感覚も現れてしまうのは仕方ないのだと思うことにした。

思い当たる痛みなのだから。