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営業さん

 子育ての真っ最中、それも末っ子の出産後で心身共に打ちひしがれていた頃の事。私は毎日が必死だった。自分の身体の回復よりも子供のことが生活の全てだった。

最後の最後で帝王切開になったため、普通に陣痛を、いやかなり激痛の腰にダメージを受けた陣痛と開腹手術を一度に経験させられたので、産後の身体はズタズタだった。

それでも床に臥せっている事はできなかったから、当然身なりは適当、構っていられない。まさになりふり構わずの時期だった。クタクタに疲れてぐっすり眠れていたかと言えば、間逆で、今振り返れば、睡眠中も神経をすり減らしていた様な日々だった。

 夫もそれなりに子煩悩だった。何もしてくれないということはなかったけれど、それはやめてほしい、いや、今はそれは必要ではないという事にも、踏み込んでくるような人でもあった。それをあげたらキリがないくらい。

 私に対しては、対等の立場を要求するようなところがあった。しかしときには支配的に、暴言、暴力もあった。当時はドメスティックバイオレンスは、今ほど問題視されていなかった。私も私が悪いと思わされていたし、私さえ変わればと思うところもあった。家族の中で置かれている立場が、そうさせていたものもあるのかもしれないと思うところもある。

私は距離を取ること、距離を拡げ続けることで、なんとか自分を保ちながら生きてきたような気がしている。まあ年齢的にも、子ども達の成長に於いても、衝動的な行動を取るという気力が薄れていって、今に至っているのだと自覚している。

 「辛かったこと」で括れる大部分は、無理矢理にでも自分自身で昇華させてきたと思っているけれど、一つだけ許せない強い想いが残されている。

クタクタに疲れていた夜、夫が上機嫌で帰宅してきた時の何気ない一言。

「母さんも、もっと、身ぎれいにすればいいのに」

数日後に、その日、昔関わりのあった女性が、営業職に就き、夫を訪ねてきたということを知った。