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きざし

 春の陽射しを感じる頃、私はお腹の中の動きを感じるようになり、無意識に嬉しい気持ちに浸っていた。

初めての妊娠は喜びでもあり戸惑いでもあった。おそらくそれは妊娠した女性の多くが感じるものだろう。けれど私は複雑な感情を周囲から押し付けられてもいた。そうなのだ、私は私ではない人の想いに、初めての妊娠という貴重な体験を阻害され、そして周りの人達の思惑に従い初めての子を失うこととなったのだった。 

長い間私は自分自身を強く責めていた。何もできなかったことを、守りたいと想いながら守ることができず、自らの力で身体の外へ出してしまったことを。あの状況を知らない人にどう説明すれば伝わるのかよくわからない。私の表現力の問題でもあるが、それと同じほど常識だけでは理解できない異様な思考の中に当時の私はいたのだった。それはきっと私ではない他の人が、同じ立場になったとしても変わらなかったことなのだろう。

「モラルハラスメント」という言葉が、今ではあるが、その言葉だけで一括にはできない、様々な想いを押し付けられていたのだ。数十年という時が過ぎた今では、客観的に理解しようとすることはできる。しかし心と身体の反応は意思でコントロールすることが簡単ではない。 

 身体を傾けた時に、お腹の中でブランコに乗っているかのように、小さな躰が同じ方向に揺れる感覚。手を当ててそっと叩くと、応えるように中から小さな固まりが鈍い動きをする感覚。ひとつひとつが無意識に悦びを湧きあげるようなものだった。

周りに誰もいない時間が、喜びを味わう幸せなひと時だった。