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【短編小説】危機に踊るバタフライナイフ

艦隊損耗率35%、今尚増大しつつある損失はまだ敵方の余剰戦力を予感させ、嫌でも撤退の二文字が脳裏によぎる。

ここは補給線の要衝、こちらとしてもライフラインを叩きに来る事は想定済みだったが、まさか総戦力の70%をもって前線から離れたここまで我々の探知網を躱して進軍してくるなど、そこまではさすがに考慮し ていなかったのである。

開戦からほどなくして起こったこのイベントは後世で語り継がれるに違いないが、その内容が致命的な敗退である事を現場の人間は覚悟していた。

前線と当拠点までの距離を例えば2とするなら本営との距離は1で、運よく巡視艦を停泊させる簡易基地が比較的多く分布している地域だった為、駐留艦隊とかき集めた戦力で何とか抗戦を維持してはいた。

だが「付近の宙域に向かいつつある船影を報せるアラート」は止めどなく、やがて交戦距離に侵入してきた敵艦隊に対する「戦闘配備のアラート」に代わるばかり、戦力差は拡大していく一方だった。

構成される艦影はフリゲートにミサイル艦、砲艦に航宙母艦、そこから発艦する雷撃機(恐らく迎撃機も)で成り、集結地点を基点に半球状の包囲陣を形成しつつあるが、幸い全艦が到着していない様で、本格的な攻勢 には出ていない。

とはいえそれでもこちらは数の暴力で遠撃されて防衛設備や防衛艦隊の多くが沈められている。

よって今や出せるものは何でも出す始末で、自動航行を設定した惑星降下艇に爆薬を満載して旗艦めがけて特攻させたり、ミサイルの誤作動を狙った整備工場直通の切削くずを用いたチャフもどきの散布、倉庫に眠っていた民製整備 UAV を等間隔に配備してデコイにする等なんでもした。

(付近の採掘用小惑星帯から手頃な小惑星をけん引してくる案もあったが、被弾して砕けた時の被害の方が大きそうだったのでなしになった)

ここは「本営と前線とをつなぐ補給拠点」故弾薬にスペアパーツ、燃料に食糧にもある程度の余裕はある が、何せそれを使う戦闘要員と火器がない。

着々と陣形を完成させていく敵陣を前に、時間的な余裕が残されていない事を誰もが感じ取っていた。

事態が動いたのは「『とりわけ大きな艦影を抱えた艦隊』が当宙域に向かっている事を報せるアラート」が入った時だった。

その時既に防衛陣の損耗率は40%を超え、指揮所の隣にあるブリーフィングルームでは司令官麾下幹部と本営とでいよいよ資源温存の観点から撤退の判断をし始めた所だった。

おそらく敵の目的は「当拠点を橋頭保に首都惑星へ進撃・占拠する電撃戦」であり、ここにある資源を活用するつもりなのだろう、そうはさせまいと設備及び資源処分用の爆薬や自爆装置の設定などもやり玉に挙がっている。

そんなさなか、宇宙時代初期のワープアウト時の様な大きな衝撃が拠点に走った。

近傍宙域の敵艦にそんな攻撃力を持った艦はいなかったはずだから、砲撃が燃料区画への誘爆を来したかと考えながら指揮所へ戻ると、戦況は想像より悪かった。

先に現着した艦隊を構成している一隻による砲撃、それも古くから「神の杖」として知られる質量兵器による超長距離攻撃だったのである。

― この時代では「『低温核融合炉による膨大な発電量』と『宙域を漂う星間物質を取り込んで燃料にする だけで済む高効率な推進技術』」や「短・中・長距離すべてに対応したファイア&フォーゲット方式の誘導ミサイル技術」、「中・長距離用の『小質量・小口径・短砲身で爆発的な火力を獲得した実体砲弾』の技術」と 併せて「短距離用の『高速・安価・高温度(高火力)によるビーム兵器』の技術」の確立によって、宇宙開拓時代初期とは様相が一変していた。

その為 21 世紀的な 2 液推進はとうに廃れ、小型化した各種パーツによって大型艦でも当時では考えられない速力と火力を獲得していた。

スタイリッシュになった船体には同じく少ない人員と省スペースで済む各種資源が積載されるのみで、戦場はかつての戦列砲艦が活躍していた時代へ遡っていたのだった。

ただ18世紀とは違ったのが「積載上限が存在しないという事」。

当然操艦の勝手は大きく変わるが、宇宙ではさしたる問題ではなかったのである。

しかし「直径1mもあろうかという鉄柱をレールガンで加速・射出する事」等誰でも思いつくが、それまで台頭していなかったのはひとえに「単艦としてのサイズが大きくなりすぎてしまう事」にあった。

いかに高効率化された発電機関だったとしても「艦載レールガンに供給する為」には足りず、レールガンへの電力供給用の補器の搭載が強いられたのだ。

加えてそれだけ大がかりな艤装を積んだ艦は重く、現行の推進技術でこれを動かすのには限界があり、相対的に軽量な追随艦艇には追い付けないという有様であった。

そうして結果的にこの艦は「『現行の技術で作れる最大・最強の決戦・攻城兵器』としての立ち位置」に据えられたのであった。

そういう訳で「前衛が予め障害を片付けておいて、残った城塞を当艦でぶち壊す」という算段であったのだ。 ―

最新技術を盛り込んだ新鋭艦が現れたとは言え、技術的に劣っていた我が国の見立ては甘かったという他なかった。

それに砲撃したのはその艦が最初に観測された位置からそう離れておらず、つまり「完全にこちらの射程圏外から一方的に攻撃されている」のである。

付近にいた艦艇は射線上にいて直撃した艦艇以外に被害はなかったが、その真価は軌道攻撃にある。

言い換えれば「水爆相当の対惑星兵器」と言え、首都惑星へ向けられれば無条件降伏を強いられる事必至と言う訳だ。

更に直撃個所は生活区画、非番の人員も出払っていて損傷しても致命的な影響のない「相対的に戦略価値が低い箇所」を的確に狙っていて、補給物資は無傷という有様であった。

これが意味するのは「超長距離であっても精密に照準を付ける事ができ、的確に大火力を投射できる」という事なのだ。

当拠点の資源を吸い尽くすだけ吸い尽くせれば、そこに住む必要はないのだから生活区画が潰れたとて関係ないのであり、困るのは我々だけなのだ。

だが時間の問題とは言え第二射はまだ到達しておらず、恐らく「装填には時間が掛かる事」が考えられ る。(あるいは様子を見ているだけでもっと早く打てるか...)

その間に敵陣形はくだんの砲艦の射線を開けた状態で完成し、遂に降伏勧告が入電したのだった。

士気に関しては言うまでもなく、だが本営のいう事はただ一言「抗戦の維持」であった。

前線の見方艦隊が帰ってくるでも増援が見込まれる訳でもないのに「何も語らず、ただその一言だけ」が言い渡されたのだ。

しかし家族が待つ首都惑星が陥落する事態は避けねばならないこの状況に多くの者が失意の中にいた、その時だった。

近傍宙域への艦影が接近しているとアラートがなった。

また敵艦隊かと思いきや本営の方向から接近、それも IFF(敵味方識別装置)は1隻の味方駆逐艦を示していた。

きっと「幹部の中にいる高官の子息」を救出しに来た高速連絡艇だろうと思われた。

しかしドックに入渠する為に減速する事なくそのままの速度で拠点の前へ進行、最寄りの敵艦へ向かったのである。

ところがその姿は敵艦艇にさえ共通する様な「『立体機動をとって迎撃を避けながら敵艦艇を狙う重ミサイル』はじめ『高レートで火を噴く小口径砲』の様な通常の駆逐艦の艤装」とは異なっていた。

それは宇宙軍創設時に見られた様な「艦首に集中配置された魚雷管とまんべんなく配置された対艦載機用の機銃」という、まさに「先祖返りを呈した前時代的な構成」だったのだ。

― かつては推進機関の出力が極低く、速力を確保するにはなるべく軽く・小さくする事が求められた。

その結果大型艦は推力が許す限界の火器を積む変わり鈍重に、一方小型~中型艦艇は「大型艦の砲火を搔い潜って 『単発火力に優れる代わりに誘導性能が低かった魚雷』を可能な限り接近して放つ」という戦術を取っていたのだ。

しかし後年開発された新技術によって状況は一変、新推進機関とレーダーをはじめとして次世代火器統制システムの開発によって両軍の大型艦は「その出力にものを言わせた高推進力」と「安価で小型~中型艦艇を捕捉・撃沈できる手段」を獲得。

結果その他の艦艇は精密にして致命的な遠撃を避けて接近する事ができなくなってしまった。

そうしてかつて戦場の花形だった小型~中型艦艇は立ち回りを見直され、今の様な「同等の対小型~中型艦へは砲戦で、大型艦へは射程圏外からミサイルで狙うという戦術」に移らざるを得なかったのだった ―

その場にいた誰もがその真意を理解できず、ただ戦況モニターに釘付けにされた。

当防衛艦隊の領域を抜け刻々と敵艦隊へ向かうそれに少し遅れて包囲陣を形成していた敵艦隊は応戦を始めた。

半球から繰り出される第一射が間近に迫ったその時、その駆逐艦は一瞬、慣性を無視した急加速をして全弾を避けて見せた。

その速度のままみるみる距離を詰める駆逐艦、しかしその搭載兵装は通常艦艇の射程距離に入ってもまだ打ち方を始めなかった。

そして敵艦の舷側に艦首が接触するかというくらいまで接近した時、遂に火を噴いた。

艦首の魚雷管かと思われたそれは拡散ビームを放ち、貫通された敵艦はハチの巣に、急後退した駆逐艦の寸刻後に爆発、船体は2つに割れた。

敵艦隊の第一射からこの間僅か5秒、味方であるという以外に何もわからない常軌を逸した挙動を採るその艦は立て続けに付近の数隻を沈め、一隻、また一隻と敵陣を喰っている。

そして驚いたのは、折を見て煌めく対艦載機用の機銃の砲火だと思われたそれの約2/3が「姿勢制御用のスラスター」で、まさにその高機動性が先の様な急制動を可能にしているのだった。

混戦に陥った敵陣営は空母から迎撃機を発進させるも挙動に不相応なサイズをしたその駆逐艦の装甲を抜く事はできず、ハリネズミの様に取り付けられた対空ビーム機銃が返り討ちにしている。

敵艦に備わっている近接火力は対戦闘機用の対空レーザーしかなく、無論それらは駆逐艦相手には無力だ。

かといって搭載している実体弾では砲塔の旋回速度が追い付かず、発射しようと思った時にはもういない。

そうして敵艦同士の同士討ちをも狙い、尋常じゃない挙動で敵艦は確実に数を減らしていた。

そう、その駆逐艦の挙動はさながら戦闘機の様に俊敏で、それもデタラメに攻撃しているのではなく的確にバイタルパートを指しているのだ。

まさに原初の戦術の復古であった。

バタフライナイフをパタパタと開く様にアグレッシブに縦横無尽に姿勢を変えるその艦は、1秒の間に180 度回頭したり、ミサイルを回避する為に水平移動したり、逆に慣性を使って滑ってみたり、そのまま撫でる様にビームを放って射線上の数隻を屠ったり、見る程に信じられない挙動を取り続ける。

「確実にその中に人がいるとは思えない破壊的な運動性」に敵艦は成す術もなく落ち続け、味方とわかっていても気味の悪さを感じ始めた。

そして再度付近の宙域に接近する艦影が報じられ、首都星の方から、今度はその駆逐艦が2隻現れた。

次いで本営から伝令が入り、その艦が極秘裏に開発されていた「人機融合の最新鋭機」だと知らされた。

多くは語られなかったが、本営は諜報活動を通して当宙域に鎮座する大型砲艦の開発計画を察知していた
ようで、そのカウンターとしてこの“攻撃機”が計画されたとのことだった。

「当たらなければ問題ない」という極論的な指針に基づいて設計されたこの機体は制御のほとんどを機械
が担い、その操艦をたった一人が、それも「身体を捨てた脳一つ」で行っているのだという。

それ故センサーを自分の目や耳の様に、機体を手足の用に使う事ができ、曰く「返って自由に動く事がで
きて、存在理由の証明もできて、兵士冥利に尽きる」との事だという。

後着の2機が先に入った1機がいる宙域に突入して連携を取ってから一層沈火が煌めき、敵陣は散開して
当該の3機を円錐の頂点に、リング状に変形し始めた。

防衛艦隊もそれに乗じて位置はそのままに薄くなった艦隊に一点集中打ち方を始めた。

― この攻撃機の戦術の様な先祖返りが実現したのは「主機と推進機関の小型化」と「ビーム技術の発展」 にある。

旧時代に小型~中型艦が活躍できていたのは「大型艦が追尾できない機動性を持っていたから」であり、 「であればそれらにさえ追従できない位の速さがあったとしたら?」というもしもの話が足掛かりになったのである。

だがその実現には操作系統の問題が立ちはだかり、ここでもやはり「それなら人を乗せなければいいのではないか?」という逆説から、人機一体という別のプロジェクトがここに織り込まれた様だ。

艦内のほとんどの空間はメンテナンス用の通路の他制御機器と火器や姿勢制御用スラスターの特殊燃料、各種弾薬で占められ、生命維持は一人分で済み、通常何十人分も必要な生活用設備は一切ないその様子は合理的とはいえ戦争はここまでさせるのかと心に乾いた風が吹いた様だった。

そしてそれまでビームは「さながら高温のスライムを射出してその熱で構造を損傷させていた」のであ り、その実態は火炎放射器だったのだ。

だが新たに開発されたこれは例えるなら「頑丈な器の中で手りゅう弾を爆発させて、その勢いを攻撃に使っている」らしく、つまり指向した爆発で構造を損傷させている様なのだ。

当然詳しい話はされなかったが、恐らく旧来のビームの仕組みとは一線を画する技術的躍進であると考えられる。 ―

だが当拠点と3機の延長線上に先の大型砲艦が構えていたのだ。

おとりになった一部艦隊もろともその3機を打ち落とす為に、外れたとしても後ろの当拠点に着弾する様に位置取り、第2射の装填・充電をしていたのだ。

そしてその期が訪れ、今度はその発砲前の薬室の閃光が誰もに観測された。

するとこれを待っていたかのようにそのうちの1機が転舵反転、大型砲艦に向かった。

射撃体勢が整っていよいよ発射だという時に、その1機は大型砲艦の砲身に栓をする様に機体もろとも突っ
込み、鼻っぱしにあったビーム砲で最後っ屁をかまし、砲艦は内部から爆散・見事に屠ったのだった。

到達するまでに攻撃が届くかは別問題として、明らかな重装甲に成す術無しと思われていたその大型砲艦 は、“1人”の犠牲によってあっけなく打倒されたのである。

まさに「どんな怪物も内側からなら焼き殺せる」という訳であった。

虎の子を失った敵艦隊は部分的に混乱に陥り数隻が逃亡、残った2機はその並外れた運動性で的確に敵感を沈めつつも同士討ちも誘い、統制の乱れを煽る様に動き始めた。

そして再度アラート、同型の増援2隻であった。

計4隻による立体的な連携は「大人数で操艦する軍艦達」を翻弄し、熱したドライバーでプラ板を触る様にいとも容易く片付けていく。

1時間も経たないうちに敵艦隊の損耗率は50%を超え、ここで前線方面から味方主力艦隊が到着した。

だが掃討戦を宣言する前に敵艦隊は武装解除と降伏を告げ、ここに歴史的な戦端は閉じたのだった。

その後敵艦は拿捕され、大型砲艦の残骸には調査班が向かい、各艦隊は補給を済ませ、防衛線を構築していた駐留艦隊は解体、かき集めた巡視艦と併せて「先んじて近傍宙域へ逃亡した残党の掃討」へ移った。

主力艦隊は2手に分かれ、一方は後方からの増援到着まで駐留し、もう一方は敵総戦力の大幅減を機に前線の拡大・敵防衛ラインの攻略に移った。

例の4機は、うち最初の2機は間もなく燃料切れに陥り、残り2隻がバックアップを取ろうとしていた最中での敵降伏に至った為無事だった。

それからは当拠点の整備ドッグに入渠し、しばらく後に到着した先進研のチームが入って2隻ずつオーバーホールをしている様だ。

どうも機体が試作上がりだったらしく、予期しない過運転や焼き切れる寸前のパーツがあったらしく、その他にも有意なデータや改善点が多くあったとのことで、前線に投入する前に調整する必要がある様だ。

問題の“生体部品”の方は問題がないらしく、先の戦闘のシミュレーションを繰り返して「その余韻に浸っている」くらい戦闘狂であると聞いたが、きっとそうでもないとあの動きはできないのだろう。

敵の戦力は70%を損耗した、これは事実のはずだ。

しかし「降伏した敵艦隊の将校」を尋問した時、それを思わせない余裕を感じられた。

あの大型砲艦以外にも何かあるというのだろうか... 戦争はまだ続く。

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