【エッセイ】もう時期訪れるかもしれない崩壊に備えて悪あがきしようとしてる話
さて今日は爺と婆の誕生祝いをしに(珍しくも12時頃から)出かけております💨
しかし着る服に少し迷ったばっかりに家を出るのが遅れ、一本後の電車に乗って急行中なのです😂
そんなことはさておき、私の喫緊の話題は「国内で『グローバル社会に頼る比重を暮らしていけそうな土地』はどこかを探る事」にあります🤔
今読んでいる崩壊学の諸項から「流通に依存する程度を減らすほど、崩壊後の世界への適応はよりスムーズに進む」と解釈しまして。
書中にて「組織がたどる崩壊は『金融→経済→政府→社会→文化』の順に経験される」という崩壊5段階説というのがありましてね、先進国は漏れなく政府の崩壊を免れないと。
それは何を意味するか、特筆されるのはインフラ、特に流通の破壊な訳です…
そして流通の死は食糧の不足にわかりやすく現れると…
そういう事で、最低限私が食いっぱぐれない様に過疎地へ、わかりやすく言うなら「田舎へ移住を検討している」と言う訳です🤷♂️
一度住んだ茨城でさえもベッドタウンとして不足がなかったにも関わらず寂れているから嫌だと逃げ帰ってきた私ですが(もちろん仕事が頓挫したので帰ってきたのですが)、人は知るほど考えるほど柔軟になるのだなと痛感しましたよ。
逆に言うなら、今まで首都圏がいいと意地張ってたのは「わざわざ他所に行く理由がなかったから」、そして「何となく」だったのでしょうねぇ🤷♂️
かくかくしかじか、首都圏からの離脱が悪あがきの第一歩になるかもしれないと言う話でした💁♂️