小説を読みたい人のために
世の中にはむさぼるように本を読む活字中毒の人がいる一方で、まったく本が読めないという人もいます。若者の活字離れが叫ばれて久しく、TikTokやYouTubeなどでショート動画が流行している昨今では、後者の割合の方が圧倒的に多いのかもしれないですね。
僕は本ならなんでも読めるというほどの読書好きではないですが、恐らく世間の人々の半数よりはたくさん読んでいるだろうと思います。そんな本を読む側の人間がよく言われるのは「小説を読めるのはすごいね」という言葉。子供の頃から本を読んできた人間からすれば、めんどくさいと思うことはあれ読めないということはないのですが、確かに「ものすごい量の文字を読む」ということは慣れていない人にとっては結構ハードルが高いことなんだろうなと。
そこでこの記事では小説を読んでみたいけどなかなか読めないという人に向けて、本を読む人間の立場からアドバイスめいたものを書いてみました。
どのように読むか
ここでは一冊の小説を読み通すために有効と思われる考え方やコツを書いていきます。
適当に読む
何をおいても大事なのはこれ。
具体的に言えばつまんないところは話がわからなくならない程度に読み飛ばすとか、長い情景描写はさっとスルーするとか、メシ食いながら漫然と読むとか、そういうことをしてもいいということです。一言一句を読み込み、細大漏らさず書かれていることを拾おうなんてしていたら疲れてしまいます。完璧主義を捨てましょう。どうせどんなにがんばって読んでもほとんどの描写は忘れます。
こんなことを言うと読書に一家言ある人たちがいろいろうるさく言ってくるかもしれないですが、あんまり気にしなくていいです。彼らの言ってることが100パーセント正しいわけでもないですし、とりあえずはスルーしてまずは楽に読み進めることを優先しましょう。読書に慣れてきたら初めて耳を傾けるくらいでもいいと思います。
…作家に失礼じゃないか? 確かにそうかもしれません。褒められた読み方ではないことは確かです。でもあなたが適当な読み方をしてることなんて、Twitterかなにかで言わない限り本人にはバレません。したがって相手が傷ついたり、逆に怒って殴りかかってくるようなこともない。問題なしです。
それにどんな作品にもしっかり読み込んでくれるファンはつくので、そういう人たちがあなたの代わりにちゃんと読んでくれます。そんなに強い責任感を持たなくても大丈夫です。本気じゃないならやっちゃいけないとか、本気でやっている人に失礼とか思っていたら何もできません。作家への敬意を忘れないのはすごく大切なことですし、素晴らしいことですが、この際、多少の失礼は大目に見てもらうことにしちゃいましょう。
まずは70ページくらい読む
小説にもシーンのような単位はあって「第2章」とか「✳︎」とか「3,」とか空白行とかで場面が一旦区切られます。まずはそういうところを目指してちょびちょび読んでいきましょう。あと僕が小学生の頃はとにかく地の文が嫌いだったので、会話があるところを目指して読んでいました。
そして長さにもよりますが、小説は大体70ページぐらいまでくると、なんとなく最後まで読めちゃうことが多いです。これはなんでかわかんないです。純粋な経験則ですね。ノベルゲーも序盤のシナリオを超えるとそのあとするするっといけるので、読み物ってなんでもそうなのかもしれないですね。
とりあえず200ページぐらいのものから500ページぐらいのものまでは、大体このパターンで行けると思います。
移動時間に読む
次はいつ読むのかという問題。おすすめは通学・通勤中です。電車やバスで、スマホをいじる代わりに小説を読む。周囲がうるさい場合はイヤフォンをつけてヒーリングミュージックとか環境音とか、クラシックもしくはジャズなどのインスト曲を流して、可能であればノイキャンしてしまいましょう。次点のおすすめは喫茶店とトイレ。集中できるなら自宅でも全然いいと思います。実際、僕は自宅で読むことが多いです。
ちなみに小説は読み始めたら一気に最後までいかなければならないと思っている人がたまにいますが、そんな映画館で映画を観るようなやり方はしなくて大丈夫です。基本的に本は中断して再開してを繰り返しながら最後まで読むもの。一気読みするぞ!なんて気負っていたら一気読みのための空き時間を確保する段階で心が折れてしまいますよ。
「でも一気に読んだ方が作品に没入できるじゃん!」と思う人もいるかもしれないですが、何度も言うように小説は映画館で見る映画とは違います。小説というのはもっとだらだら楽しめるものであり、それが小説のいいところです。それにそんな心配をしなくとも、面白いところに差し掛かれば勝手に脳が没入モードに入り、そこから一気読みしてくれるものです。最初から最後まで一気読みするのも、なんらかの山場から一気読みするのも、体験としてはそんなに変わらないのであまり気にしない方がいいでしょう。
疑問を抱いて読む
これは僕の持論ですが、あらゆる小説はミステリーのように読むことができます。
誰がやったのか(フーダニット)。
なぜやったのか(ホワイダニット)。
どのようにやったのか(ハウダニット)。
これはミステリーの軸になる基本的な謎のパターンであり、推理作家は読者が自然とこういう疑問に興味を抱くように話を作ってくれます。しかしそうではない小説についても、読者の方で自発的に問いを投げかけてしまえばいいのです。
その疑問は必ずしも上の3つでなくとも大丈夫です。たとえば「この人はこのときは何を思っていたんだろう?」でも「これとあれは関係ありそうだけど、どういうふうに繋がっているんだろう?」でもいい。邪道と言われそうですが、展開を予想しながら読むのも楽しいのでおすすめです。
ピンポイントな描写に共感しながら読む
小説ならではの魅力として、細かい屈託や生活感情がさらっと書かれているということがあります。もちろんジャンルにもよるのですが…。
たとえば津村記久子の「君は永遠にそいつらより若い」という小説の一節。
自分が抱えている問題を誰しもが抱える問題ではなく自分固有のものと考えてしまうこの感じ。ほかの子に比べて出遅れてしまったという感覚(まだ二十二歳なのに!)。そしてそうでしか在れなかったことについての「わたしの趣味のせいではなくわたしの魂のせいだ」という表現。非モテの微温的でちょっと卑屈な、生々しい屈託。
小説を読んでいると、こういうピンポイントな感覚をさっと書いた文章に思わず出会い、深く共感してしまうことがあります。もちろん上のような文章には全く共感できないという人も、ほかの作品の別の文章で同じような経験をする可能性はある。というか小説を読み続けていれば間違いなくそういう瞬間は訪れるものです。
そういう瞬間を(あまり期待しすぎず)待ちながら読むのも、小説の楽しみ方の一つかなと思います。
孤独を楽しみながら読む
Discordなどのインターネット通話アプリやTwitterなどのSNSが人口に膾炙した昨今、作品自体を楽しむというより、コミュニケーションのために作品を楽しむという人も増えてきています。僕も毎晩のように友人とDiscordをつなぎながらアニメを同時視聴しています。
しかし反面、小説というのは基本的に1人で向き合うもの。読後はともかく、読んでいる最中はどうしたって孤独です。他人が話しかけてきたら集中して読めないし。そういう意味では時代に逆行したメディアなのかもしれません。
とはいえそういう孤独な時間もたまには悪くない。たとえば人と話しているときにはどうしても表に出せない、それどころか自分自身でも気づいていないうちに封じ込めたり歪めたり見過ごしたりしてしまう思いがあります。そういう気持ちほど、孤独に本と向き合っているときには見つけやすく、読書を通して自分の思いがけない一面が発見できることがあります。そういう気づきの体験には、なにものにも代え難い面白さがあります。敢えて孤独を楽しむつもりで読書に臨んでみてもいいのではないでしょうか。
Twitterで感想を読むために読む
さっきと完全に真逆のことを言いますが、やっぱり人の感想を聞いたり読んだりするのは楽しいですよね!というわけでそれをモチベーションに読み進めるのもアリだと思います。ただし自分の感想がある程度固まる前に読んでしまうと過剰に流されてしまう可能性があるので気をつけた方がいいかもしれません。
僕も作品を読み終わった後は色々自分の中で咀嚼してからTwitterで感想を見るようにしています。全然解釈が違うなというものもあれば、お気に入りのシーンに言及してくれているものもあったり。ここらへんはアニメや映画の感想を見る感覚と変わらないですね。
何を読むか
続いては何を読めばいいの?と思っている人に、具体的な作品ではなく選び方を伝えていこうと思います。あくまで参考程度に。
国内の小説を読む
なぜ国内なのか?
日本語話者が日本語で書いた文章の方が読みやすく、なおかつ日本を舞台にしていることが多いからです。逆に言えば小説を読み慣れていない人には、海外の小説を読むことはお勧めしません。なぜならまず海外小説には翻訳の良し悪しがあり、そしていくら翻訳が良かったとしても文章に独特のクセがあるからです。それに普通は海外のことなんてよく知らんので、そこを舞台にした話と言われても情景が頭に浮かばないですよね。「それをイメージするのが読書の楽しみだろ!」と怒る人もいるかもしれませんが、楽しめないところに無理して楽しみを見出そうとする必要はないです。読書は勉強や仕事とは違うので。
現代ものを勧めるのも同様の理由。したがって近未来SFが大好きで仕方ないとか、自分は時代劇を見て育ったとかいう人なら現代ものじゃない小説を読んでみてもいいのではないでしょうか。要するにここで僕が言いたいのは「自分が読みやすいものを読め」ということなので、その条件に当てはまりさえするならば、何を読んでもいいのではないかと思います。
登場人数が少ないものを読む
こんなの事前にはわからないだろと思われるかもしれないですが、ものによっては本の冒頭に登場人物表が掲載されているので、そういうのは避けた方が無難ということですね。本文を読んでいるだけだと登場人物を覚えにくいから表があるということなので。
登場人物が多くて僕が苦労した小説と言えばアガサ・クリスティーの『そして誰もいなくなった』です。孤島で連続殺人が起きて最後にみんな死ぬっていう話なんですけど、序盤にひたすら登場人物の紹介シーンが続くんですよね。次々いろんな人が出てきてまぁ覚えられないのなんのって…(なおそこは大変ですが読み進めるとめちゃくちゃ面白い小説です)。
ちなみに海外ものを初心者に勧めない理由のもうひとつが、登場人物の呼称をすぐ変えるから、というものです。パトリシアという女性をパティと呼んだりパットと呼んだり姓で呼んだり…慣れると「ああ、こいつの愛称ね」とすんなりわかるようになりますが。
とはいえそんなことを言ってたら大半の推理小説は読めなくなってしまうので、推理小説が読みたい人は慣れた方がいいかもしれません。密室ものなんかも厄介で、間取りや家具配置などの説明が恐ろしく複雑なのに、見取り図が掲載されてないものもありますからね。ちなみにそういうときはどうするかというと、メモを取ったり自分で図を作るしかありません。少なくとも僕はそうしています。
評価されているものや実績があるものを読む
闇雲に探したりせず、まずはある程度、客観的に評価され保証されているものを読んだ方がいいと思います。
特に流行りものを読むのは大事なこと。今まさに読んでハマっている人が周りに多くいるから、読後に新鮮な感想を知ることができるし、ついでに言えば新作を読む人がいないといくら古典的な名作が売れていても文化は廃れていくと思うので…。
流行りものの中に読みたいものがなければ、とりあえずは「〇〇万部突破!」よりも「〇〇賞受賞作」という謳い文句で売られているものを読んだ方がいいと思います。これも経験則なのですが、本の評価は数よりも質。原則としては賞の選考を務めるくらい本を読み慣れている人たちのチョイスの方が信用できます。
なおインターネットに転がっている「海外ミステリはこれがおすすめ!」「ラブコメラノベはこれがおすすめ!」的な記事は複数似たような記事を読んで総合的に参考にした方がいいと思います。自分と感性が合わない人の記事だけを鵜呑みにしてしまうと「イマイチだったな…」ということになりがち。
作家で読む
かりにこれまで説明した選び方で運よく「作風が合うな」と思った作品に出会えたら、その作家のほかの作品を読んでみましょう。ここで重要なのは、物語の面白さではなく、あくまで文体、雰囲気、モチーフなどの好みで肌に合うものを選んだ方がいいということです。なぜなら先の展開が気になるという意味での面白い物語を作れる作家は世の中にいっぱいいますが、文体などのいわゆる「作風」と呼ばれる要素は、その作家独自のものだからです。うまく説明できないのですが、そういう感性の合う作家の作品を追った方がいい読書体験ができることが多いのです。
読書お役立ちツール
以下には読書に役立つものを書いていきます。
付箋
ときに小説を読んでいると面白いセリフやためになる箴言や美しいフレーズが出てきます。のちのちそこだけ読み返したいというときに役立つのがこの付箋。100円ショップに売っているミミズみたいな細さの付箋を使うといいと思います。付箋を貼りたくない場合はスマホカメラで当該箇所をパシャリするといいです。
ブックカバー
正直そんなに役には立たないですが、なぜか付けるとテンションが上がって読書が捗るのでおすすめです。表紙を人に見られるのが恥ずかしい作品(ラノベとか)を外で読むときのカモフラージュとしても使える。
書店で付けてもらえる紙のブックカバーはだいたい縦幅が余るので、家で折り直してピッタリにすると気持ちいいですよ。布や革のカバーについては栞紐が付いていないタイプがオススメです。使わないし邪魔になることが多いので…。とくに新潮文庫の小説を読むときは栞紐が2つになるので鬱陶しいです。
読書メーター
言わずと知れた本読み向けのサービス。レビューまで書くと疲れるので単なる記録用に使うといいです(もちろんレビューを書くのが楽しいなら書いてもいいと思います)。読書が捗る感じはしないですが、ときどき記録を見返すと「このときはこれにハマってたな」とか思い出して読書生活そのものが楽しくなります。
出版社やレーベルや作家の公式アカウントをフォローして新刊情報などの収集に使えるほか、感想を呟いたり見たりすることもできる最強SNS。ただし治安は悪い。
マインドフルネス
ツールではないのですが、いわゆる科学的に効果が実証されている瞑想。集中力がつくそうで、仕事に集中できない時期にどうにかしなきゃなと思ってやっていたのですが、本当に効果がありますよ。読書にも有用でした。目が滑って「あれ、今読んでた文章の意味まったく頭に入ってなかったな。読み直さなきゃ」となるあの現象が激減します。
おまけ(おすすめの10冊)
一応あんまり本を読んだことがない初心者向けのおすすめ作品を、幅広いジャンルで10作品くらい考えてみました。参考程度にどうぞ。
怪盗クイーンはサーカスがお好き(はやみねかおる)
ちょうど映画が上映されているので…。
年齢・性別・国籍不明の怪盗クイーンと、クイーンが狙っていた宝石を横取りしたサーカス団が対決します。児童書と侮るなかれ、はやみねかおるの作品は何歳になってもワクワクさせられます。キャラの掛け合いもとぼけていて楽しい。
なめらかな世界と、その敵(伴名練)
SF短編集。表紙イラストはなんと『かぐや様は告らせたい』の赤坂アカ。初心者向けというとちょっと違う気がしますが、ちょうど文庫化して話題になったので…。
タイトルに惹かれたものからささっと読んでみては。個人的なおすすめは『美亜羽へ贈る拳銃』か『ひかりより速く、ゆるやかに』。この二作はほかの収録作に比べると読みやすいと思います。
とある飛空士への追憶(犬村小六)
次期皇妃のファナと飛空士のシャルルを描くファンタジー。ファナを彼女の許嫁である皇子カルロのもとへ届けるべく、危険な作戦を遂行することになったシャルルですが…。ライトノベルとファンタジーが平気な人はどうぞ。『ローマの休日』みたいな美しい話です。紙版は入手しにくいので、電子書籍が苦手な人はAmazonのマーケットプレイスで買うといいかも。
ぼぎわんが、来る(澤村伊智)
幸せな新婚生活を送る田原秀樹の会社にとある来訪者が。それをきっかけに秀樹の周囲では不気味な現象が起こり始めます。ホラーが平気な人はどうぞ。一応長編なのですが、実質的に短編連作形式みたいな感じなので、するっと読めるのでは。
風の歌を聴け(村上春樹)
1970年の夏、海辺の街に帰省した「僕」と友人の「鼠」とある女の子の物語。村上春樹のスカしたノリが大丈夫ならどうぞ。ページ数が少なく、一場面一場面が短いので読みやすいと思います。物語が理解しやすいかというとまた別の話なので、ある意味で難しい作品だとは思いますが。スカしてるとか書きましたが僕は好きです。
応えろ生きてる星(竹宮ゆゆこ)
『とらドラ!』『ゴールデンタイム』で知られる竹宮ゆゆこの一般文芸作品。結婚直前の会社員・蓮次が、婚約者に別の男と駆け落ちされる話。そんな彼の前に謎の女が現れて…。ドライブ感のある文章でぐいぐい読まされます。恋愛小説…のはず。
ボトルネック(米澤穂信)
直木賞作家・米澤穂信の作品です。亡くなった恋人を追悼するため福井県の東尋坊を訪れた少年が、見知らぬ姉と出会って…。打ちのめされたい人におすすめ。変化球ではあると思いますが、色んな意味で小説の面白さを味わえるのでは。
イン・ザ・プール(奥田英朗)
マザコンの精神科医・伊良部のもとを訪れる患者たちの物語を収めた短編集。プール依存症の編集者の男やストーカーに付き纏われている気がするコンパニオンの女といったさまざまな問題を抱える人たちが登場します。映画にもなりました。不思議なユーモアがあってニヤニヤしながら読める1冊です。
know(野﨑まど)
人造の脳葉の移植が義務付けられた2081年の日本・京都を舞台にしたSF。SFと聞くと難しそうだなと思う人がいるかもしれないですが、この作品はとても読み味が軽いので、苦手意識を取っ払ってくれると思います。野﨑まどはとにかく意表を突いた展開が好きなので、驚きたい人はとくに楽しめるはず。
星の王子さま(サン=テグジュペリ)
ある小惑星からやってきた王子様がほかの色んな小惑星をめぐり、変な大人たちと出会い、最後に地球を訪れる。海外の小説ですが、読みやすくて短くて面白いので入れてみました。僕は岩波書店版しか読んだことがないですが、この訳がベストかはわからないです。複数の訳がある海外小説は絶対にそれぞれの訳の評判を調べたほうがいいです。
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