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【6分で読める】“NO MUSIC, NO LIFE.”生みの親、キムトーさんから学んだこと(木戸)

*博報堂時代の『心・技・体』…体その⑥

心技体のタイとして、博報堂時代の『対(タイ)人関係』をテーマに、様々な仲間とお仕事をさせていただいた中で、主に、先輩社員の方から学んだことをシェアしていこうと思います。

今回は、タイトルにあるように、“NO MUSIC, NO LIFE.”のコピー、コミュニケーションを生んだ、博報堂のコピーライター・木村透(きむらとおる)さん=通称:キムトーさんから学んだことを整理してみたいと思います。

CMやコピーに興味がある方は、あれ?と思ったかもしれません。
“NO MUSIC, NO LIFE.”はNHK『トップランナー』のMCなどもされていた、箭内道彦さんじゃないの?というツッコミが聞こえてきそうですが。。。

はい、その通りです。ただ、以前のnoteにも書いたように、CMは多くのメンバーで制作するので、クリエイティブ・ディレクター(CD)が箭内さん、コピーライターがきむとおさんだった、ということで、主に2人(もちろん、他にも多くのメンバーがいたはずですが)によってあのクリエイティブができあがった、というのが事実です。

なので、箭内さんのインタビューでも、キムトーさんが”同志”として登場します。

キムトーさんは、最近では「"やっちゃえ"NISSAN」など有名なCMも手掛けています。

そんな、広告界では知らない人はいない、そして、売れっ子コピーライターとして今でもバリバリ活躍されている、でもほとんどメディアに出てこないキムトーさんから、当時の僕がイチ広告マンとして学んだことを振り返って3つにまとめてみました。

①『営業パトロール』
②コピーは細部に宿る
③抜け感をつくる

①『営業パトロール』
僕が入社した2009年には、すでに超がつくほど売れっ子のキムトーさん(や箭内さん)にも、代表作が無かった、売れないクリエイティブ時代があったそうです。

そんな時、キムトーさんと箭内さんがやっていたのが、『営業パトロール』だそうです。

基本的に、他のフロアの執務室内には、競合他社の機密情報も多いので、営業は他のフロアには入れませんが、色んなクライアントを担当するクリエイティブ職のスタッフは各フロアを出入りできます。

その当時、そこまで売れっ子ではなかったこともあり、時間が空いたら、営業フロアをまわって、”落ちてる仕事”や”誰も拾わない仕事”を探し歩いていたみたいです。

実際、この時のエピソードは箭内さんのインタビューでも語られています。(箭内さんの記事ばっか引用してすみません)

このエピソードは、博報堂社内では結構有名な話だったので、当時の僕は、「そんな売れっ子でも、地道に下積み時代があったんだ」というのが、かなり心の支えになっていました。ああ、あの人たちでも、泥臭いことやってたんだな、という点が刺さりました。

未来のJリーガーを目指してサッカーをしていた中学生時代に、フランスW杯の試合を見せられて、コーチから「あのバティストゥータでさえ、裏に抜けるために、常にプルアウェイの動きを続けてるんだぞ。」と言われた時の感覚と似てましたね。(誰が分かんねん。笑)

当時は、新人としてとにかく怒られまくっていましたが、1つ1つ、学んでいこう、と思えたキッカケになったことは、言うまでもありません。

②コピーは細部に宿る
「魂は細部に宿る」と言いますが、キムトーさんのコピーはまさに、細部にまでこだわられています。

僕はコピーライターではないので、コピーのことを偉そうに解説することはできませんし、正直、当時は、そのこだわりが、どういうことなのかが理解できていないところもありました。今回は、せっかくなので、いくつか具体的な要素にまとめてみました。

・「てにをは」にこだわる
・コトバの大小を考える
・良いコピーは突飛な思いつきではない

●「てにをは」にこだわる
稚拙な例で恐縮ですが、美容グッズか何かの商品があったとして、、、

「主婦求めていた」というと、これまでなかった、主婦のことを考えた商品・・・という印象になり得るし、「主婦求めていた」と言うと、これまでは忙しいOLさんがメインターゲットだったけど、「実は主婦だって多忙だよね」というメッセージを込めて、ターゲットを広げたい!という意図をコピーに込めることもできる。

そんな言葉選びを、ひたすらやっているなというのが印象深いです。キムトーさんは、自身でもコトバを厳選しつつも、可能性がある案を、てにをは違いで複数案打ち合わせに持ってきて、営業に対して、コレってどう思う?どれが一番ハマるかな?と相談することもありました。

当時は、その違いが分かることも、分からないこともありました。でも、その後、自身でリハビリについて、入院生活について、障がい者としての葛藤をブログに綴る日々を送っていた時に、何度かキムトーさんのことを思い出すことがありました。

てにをはなど、細かい表現、1文字違うだけで、エールを送るターゲットや、主張したいメッセージの主語としての対象の範囲が変わることがある。と感じたからです。

例えば、”元健常者”としての発言をしすぎると、障がい者の存在を無視しているようにとらえられるかな、と悩んだり、障がい者としての視点ばかりを入れると、不当に権利を主張しているようにとらえられるかな、とか。

そんな経験を経て、キムトーさんのコピーの繊細さを、さらに感じるようになりました。

●コトバの大小を考える
コレは、フリーになった今でも、大変勉強になっています。企業コピーや商品コピーを考えるうえで、「そのブランドはこのコトバを背負えるか?」を常に問うていました。

僕が営業時代に担当したのは、ロングセラーブランドもあれば、新商品もありました。

コトバの大小、というのはどういうことかというと、「ニッポンを元気に!」と言えるブランドと、言えないブランドがある、という感じです。

ありがちなのが、メーカーの担当の方は、大きなメッセージを打ち出したくて、そういう依頼になることもしばしば。

でも、そのブランドが、例えば『カップヌードル』のような超ロングセラーで、認知度100%に近いような国民のソウルブランドであれば、「ニッポンを元気に!」と言っても違和感ありません。

でも、ほとんど知られていない、スタートアップの企業コピーが「ニッポンを元気に!」と言うと、(もちろん、想いとしては素晴らしいですが)コトバとブランドが釣り合わず、コピーがうわすべりというか、時期尚早というか、「お前が言うなよ」感が出てしまいます。

そのあたりの違和感を敏感にかぎ分け、メッセージを大きく、でも大きすぎてズレないよう、精度を高めていました。

●良いコピーは突飛な思いつきではない
コレも、他のコピーライターさんとは違う、キムトーさんから学んだことです。

良いコピー、目立つコピー、話題になるコピー。と言うと、どこか、突飛なこと、新しいこと、奇をてらったようなメッセージ、をイメージしていました。(少なくとも当時の僕はその思考が強かったです。苦笑)

でも、キムトーさんのコピーの起点はいつも、
一に、クライアントのオーダー(オリエンシート)。
二に、ストプラパート(調査データからコンセプトづくりをするパート)
でした。

なので、煮詰まると、
オリエンシートはどうなってたっけ?とか、
クライアントのAさんは何て言ってたっけ?とか、
ストプラのBのつくったシートを前に貼っておいてくれない?とか、
そんな発言が頻繁に出てきます。

また、迷ったら、営業に対しても、よくコピーについてズレていないかを質問していました。

なぜなら、営業はいつもクライアントの一番近くにいるので、クライアントのAさんの言葉の背景にはどういう企業課題があって、実は経営層から言われていて、とか、そういうヒントを営業に求めていたように思います。

最終的には、それらを総合して、キムトーさんの膨大な語彙力の中から一番最適解になり得るコトバで表現したのが、キムトーさんのコピーでした。

だからこそ、キムトーさんのコピープレゼンは、ストプラパートとクリエイティブパートをつなぐプレゼントしては秀逸で、クライアントに刺さりまくってました。

③人としての抜け感
さいごに。
そんな、キムトーさんですが、僕からみた一番の印象は、「ふにゃふにゃしてる」って感じです。

正直、カリスマ感も、大御所感も、ゼロです。

ちなみに、僕が担当していた大手飲料メーカーの入り口で、警備員に止められた、という伝説も持っています。笑

いつも打ち合わせに来ると、最初は「やだよー」とか、「寝てないよー」とか言ってはりました。笑

僕はいつも、「木戸はいいよな~。いつも楽しそうで。」って言われてました。余談ですが、当時何も自信がなかった僕が、「とにかく、楽しそうにしよう。とにかく明るく、打ち合わせのムードメーカーになろう。」と思って突き進んでいたのも、キムトーさんにそう言われていたからというのも大きな要因です。

そんなキムトーさんの周りは、いつも笑顔であふれています。

「人はギャップに惚れる」と言ったりしますが、もしかしたらあの言葉は、キムトーさんのためにあるのかもしれません。

だからこそ、ベテランから新人まで、誰もがキムトーさんを頼り、誰もがキムトーさんに頼られたいと思う、そんな生きる伝説コピーライターたるゆえんかもしれません。

要するに、最後に言いたかったのは、売れっ子にも「色んな人がいてイイ」。ということです。

コピーライターだからこう考えないと、とか、こうふるまわないと、とか、そういう固定観念はとっぱらって、自分がどんな生き方、働き方をしたいかを、考えて生きていきたいな、という話です。

そんな締めくくり方をしつつ、今日はこのへんで☆(木戸)

このnoteでは、★色んな働き方、生き方があるということをシェアして、結果的に、多くの人が目の前の仕事に忙殺されるだけの人生ではなく、自分の意志で取捨選択した人生やキャリアを歩める世の中になることを願って書こうと思います。僕にとっては、博報堂時代のサラリーマン人生も、その後のフリーの木戸俊介としての経験も、どちらも欠かすことはできません。両方あるから、今の木戸俊介がいると思っています。そういう意味では、特に、今後の将来に対する期待と不安が入り混じる同世代、★29歳~38歳の企業マンに向けて話すつもりで書けたら良いなと思っています。




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