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親がうるさいので彼女が出来たと言ってみたら その1 貴女と私の秘め事

「経費削減」「エコ」が口癖の上司が、今日はやけに機嫌が良い。仕事中の部下の肩を叩いては、笑顔でその場限りの励ましの言葉を、並び立てている。

仕事の休憩時間になった。

私は自前のコーヒーカップを持ち、砂糖とフレッシュがストックしてある、デスクの引き出しを開けた。

「……マジか…」

何も残っていない引き出しに、静かに一人ショックを受ける。

社員共用のエスプレッソマシンにカップをセットし、コーヒーを注ぐ。カップに注がれるコーヒーをただ見ていると、スティックタイプの砂糖とミルクがテーブルに差し出される。

「あーあれですね、課長、最近やっと再婚相手が見つかって機嫌いいんですよ」

気づくと後輩の瀨戸が、課長を意味深に見ながらコーヒーカップを手に私の横に並んでいる。普通の声量で話す彼女に私は、周りを見渡す。

「瀨戸さん、そんなこと会社で言ったら駄目よ」

「え?大丈夫ですよ、聞こえてませんから」

私が慌てて注意した言葉を、聞き流すように笑って、マシンにコーヒーカップをセットする。

「先輩これ、砂糖とミルク良かったら使って下さいね。」

遠慮して触れずにいたミルクと砂糖を直接手渡され、私は「ありがとう」と感謝だけ述べた。

「しかし、先輩がミルクと砂糖忘れるなんて珍しいですね。でも私、先輩と一緒のテイストだから良かったでしょ」

コーヒーに砂糖とミルクを入れながら明るく話す彼女に「そうね」と相槌をうち、席に戻った。

この後輩は、やっぱりウマが合わない。デスクに座り、コーヒーにミルクを入れながら、そう思っていた。

彼女は後輩だが、明るく男女問わず人気の存在だ。それでいて自分自身も魅力を理解している。
定時に仕事が終われば、合コンだのと同僚と騒いでいながら、世渡り上手なのか甘え上手なのか、上司からも可愛がられている。

それに対して私は、中堅社員として自分なりに精一杯精進してきたからこそ周りから認めて貰えるようにはなったが、地味な容姿のせいか、真面目なせいなのか。
はたまた無口だからか、社員とのああいった繋がりは薄い。

そんなことを思っていると、デスクに置いてある携帯が鳴った。画面を見ると母の着信からだった。

私は、深く溜め息をついてから通話ボタンを押し、小声で話す。

「何?今仕事中なんだけど」

「あ、ごめんねー、母さん今日夕方にね、そっちに行けることになったから。前言ってた、ほら!お付き合いしてる人!紹介しなさいよ!楽しみにしてるから」

「いや、ちょ!今日は無」

「じゃあねー」

通話の切れた音だけが、耳元に響いている。いつもながらマシンガンのように話す母に、結局言葉を遮られ何も言い返せず電話を切られてしまった。

私は、頭を抱え込んだ。

遠方の実家に帰省する度に、親戚や両親から「結婚」「孫」「出産」のワードの質問攻めを受けるストレスから以前帰省した際、ついに嘘をついてしまったのだ。

「あれー?さっきの彼氏さんからですかー?」

思い悩んでいると、瀨戸がにやつきながら私のデスクに近づいてくる。

私は、彼女の言葉に深く溜め息をついてから、口を開いた。「違うわよ、母から……あ」
そう言ってから、つい口から出てしまった言葉に後悔した。

「え?何かあったんですか?」

そう尋ねる彼女に「別に、なんでも」と言いコーヒーに口をつけた瞬間、彼女が私に耳打ちするように囁く。

「例えば、先輩が居もしない彼氏をお母様に紹介するって嘘ついてしまって困ってるとか…ですか?」

その瞬間、飲んだコーヒーをむせ返す。
顔をしかめながら彼女を見ると、困惑したような表情で瞳を泳がせた。

「いや、あの、違うんですよ、近づいた時に先輩のお母様の声が結構聞こえてしまって」

「……まぁ、その通りだけど。別に言いふらしたいなら好きにしても良いけど」

そう言って、むせ返したコーヒーをティッシュで拭く。

「いえ、そうでなくて、私にいい案があるんです。」

「別にいいわよ、合コンとかは」

そう言いながら、コーヒーを一口飲む。

「そうじゃなくて、私をお付き合いしている人として、紹介なさられるのはどうですか?」

また、コーヒーをむせ返しそうになった。にこやかに微笑む彼女を、呆れた目で見る。

「瀨戸さん、あなた私を馬鹿にしてるでしょ?」

「わからないんですか?先輩、今回お母様と会われた時だれも付き合ってないの、なんて嘘をついたら、きっと大騒ぎしてお見合いだとか言ってきますよ。いいんですか?」

そう言って、デスクに手をついて顔を近づけてくる。

「だったら、もう私は女性とお付き合いしてます。って今回は言っておいて逃げるんですよ。そうしたら、あまりしつこくは言われないんじゃないですか?」

自信に満ちた表情で得意気に話す後輩の突拍子もないアイデアに呆れながらも、私も何を血迷ったのか、その案に乗ってしまったのだった。

〈その2 に続く〉

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