親がうるさいので彼女が出来たと言ってみたら その2 貴女と私の秘め事
母が待つマンションの部屋の扉の前で、私は瀨戸と横に並んで立っていた。
「先輩、いいですか?」
私は、彼女のその重みのある言葉と視線に、深呼吸をして頷いた。
インターホンを押すと、母の弾むような軽やかな声が聞こえてきた。
「あ、お帰りー!」
母が、満面の笑みで玄関のドアを開ける。
「ただいま…」
私は口角をひきつりながら、微笑んだ。
「そちらの方は?」
母が、後輩の瀨戸を見ながら私に尋ねる。
私は、困惑した表情で瞳を泳がせながら、微笑む彼女に目を合わせた。
「あ、私は会社にてお世話になってる後輩の瀨戸です。あなたの娘さんとお付き合いしてる者です。宜しくお願いしますね、お母さん」
にこやかな表情で、ミサイルの如くぶっ放した彼女の言葉に、母は一瞬時空が止まったかのようにフリーズしてしまった。
しかし、次の瞬間笑い飛ばした。
「ちょっと、何この子?あんたの後輩さん?可愛い顔して面白い子ね!それって新手のジョークなの?お母さん、ついていけなくなるから!そういうの止めてよね!」
そう言って、微笑む瀨戸の肩を三度程強めに叩いた。
「あ!お姉ちゃん」
母の後ろから、聞き慣れた声に目を向ける。
新婚の妹と、こちらを意味深に凝視している父の姿がそこにあった。
「あの、お母さん…何故父と、妹がそこに?」
全く予想もしていなかった展開に、一気に青ざめ私は声を震わせる。
「ああ、言ってなかったわね。あなたに電話した後に、パパも妹も行きたいって言うから、皆で一緒に来たの。みんな、あなたの彼氏どんな人か楽しみにしてるのよ。」
母の期待溢れる満面の笑みに、罪悪感で息が詰まりそうになる私なのだった。
**
食卓のテーブルに母の得意料理が並ぶ。よく見ると、肉系の料理が多い。
私の推測だと、今日家族に紹介すると思っている、存在すらしない私の彼氏の為に、母が胸を躍らせながら考えた献立だと、容易に想像が出来た。
皆で食卓のテーブルを囲みながら、来るはずもない彼氏の存在を待つ、と言う謎の時間を過ごす。
「それで、お付き合いしてる男の人は、何時くらいに来るの?まだお仕事中なの?」
私の正面に座っている母が、そう言って、食卓の時計に目を向ける。
疑いを含んだような父の視線と、詮索するような妹の視線が私に深く突き刺さる。
「ですから、言っているじゃないですか。」
そう言って、いつもながら空気を読まない瀨戸が、静寂した気まずい雰囲気のなか、口を開いた。
「お母様。私は、先輩とお付き合いをしているんです。先輩は、悩んでおられましたよ。ご家族に、本当の自分を、打ち明けられないことに。そうですよね?」
悩ましげな視線を私に投げかけ、優しく尋ねる彼女の言葉に、私は頷いた。
嘘をついている罪悪感を抱きながらも、瀨戸の迷いのない名演技に背中を押され、重たい口を開く。
「…ええ、そうなの。あの、ずっと言おうと思ってたんだけどね。私彼女…瀨戸さんとお付き合いしてるのよ。お母さんお父さん、黙っていて、本当にごめんなさい」
額に汗を浮かべながら、そう言って俯き視線を下に向ける。
暫く、瀨戸に協力してもらい「偽の彼女」の存在で、家族や親戚からの「結婚」「孫」攻撃から逃れられるなら良いと思っていたけど、そんなに上手く行かないことは解っている。
一時の嘘とは言え、家族に嘘をつき、混乱を招いたうえに母や父を悲しませるのは間違っているのではないか。
暫く、嫌に静かな空気が食卓を流れる。
重たい沈黙に耐えきれず、真実を話そうと決意し、私が顔を上げた瞬間だった。
「馬鹿じゃないの?」
「…え?」
真剣な眼差しで、そう私に尋ねてきた母の言葉に、一度間を置いて聞き返す。
母は、テーブルに両手をついて、椅子からおもむろに立ちがると「…あのね」と言葉を続けた。
「あんたは馬鹿よ!こんな可愛い女の子捕まえて黙ってるなんて!あんたには勿体ないわよ。ねぇ瀬戸ちゃん、うちの子でいいの?本当にいいの?後輩だからって弱味握られてない?」
事態を飲み込めない私は、ただ母の様子を呆然と見ていた。
「私先輩がいいんです。先輩が好きなんです。お母さん、私に娘さんを下さい。」
「瀬、瀬戸!?」
聞いていると、実家の両親に挨拶に来たシチュエーションみたいになっているけど、大丈夫なのか。
「もちろんよ、ちょっと!瀬戸ちゃんのこと幸せにするのよ!」
そう言って私の肩を叩きながら、彼女に「沢山食べなさいね!」と言って、瀬戸に料理を取り分け始めた。
「お姉ちゃんおめでとう!私、いいと思う!全然いいと思う!幸せになるんなら、性別は関係ないよ!」
「…まぁ、良かったんじゃないか」
気づくと、父も妹も瞳を潤ませて感動していた。
一応イメージだと、母は混乱して偽の彼女を連れてきた私を受け入れなくなり、そして真実を打ち明ける。
すると母は涙ながらに「そんなに思い詰めていたのね、ごめんなさい、そんな嘘なんかつかせて。もう結婚とか孫が見たいとか言わないわ。自由に生きなさい。」と言って、母と私はハグして和解する。
と言うのを予想していたのだが、果たして今後どういった展開にすべきなのか。
そう思い悩む私の隣で、夜深くまで、楽しげに盃を交わす彼女と家族であった。
**
その翌々日-
「おめでとう!」
やけに社員達がざわつく朝礼の途中、瀬戸と私が「前へ」と課長に呼び出され、直々に花束を手渡された。
「な、なんですか?これは?」
私は顔をしかめながら、微笑む課長に尋ねる。
「いや、君たちのことはご両親からお手紙を預かって初めて知ったよ。君たち付き合ってるんだってねぇ、なかなかやるねぇ君も瀬戸さんを落とすなんて」
そう言って、はしゃぐ課長の様子を呆然と見ていると、周りの社員や上司からも祝福の言葉が投げ掛けられ、あたたかい拍手がオフィスに響いた。
「それでね、考えたんだが、来年パリに我が社の支社が創設されるのは知っているだろう。そこで、瀬戸さんと君をうちの部署から選出したんだよ。立ち上げプロジェクトメンバーとしてね。」
「本当におめでとう」と言って拍手する課長の後を、周りの拍手が続く。
「……パリ?」
「知ってますか?先輩、フランスでは同性婚が法的に認められてるんですよ。ずっと、ふたり一緒で幸せになれますね。」
そう言って、彼女は私の左腕に腕を回し華奢な身体を肩に委ねる。
潤んだ瞳で私を見上げる瀬戸は、静かに微笑むのだった。
**
親がうるさいので彼女が出来たと言ってみたら、本当に彼女と結婚することになった。
結局、ずっと瀬戸は私が好きだったらしく、その彼女の「作戦」に気づかずに、そのまま私が彼女の罠にハマったのだと知ったのは、もっと後のことだ。
パリの景色が美しいこのアパートの一室で、彼女の柔らかな指が、ベッドで眠っている私の髪を優しく触る。
差し込む日の光に瞼をゆっくり開けると、隣で微笑みがら私を見つめる彼女の姿は、とても輝いて見えた。
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