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劇場型人生② 南に堕ちる太陽

いつも小生はただ単に暇つぶし程度に広瀬と事務所で会っていた。彼について知っていることと言えば、2012年に陸路からタイに入国しそのまま移民したことくらいだろう。彼との関係を回想すると、自分は普段から他人事には無頓着で、自分以外の人生に興味があるのはカミさんだけでいいと、人間はそんなものなのだと自負していた事を改めて悟った。ただし今回はちょっと違った。

「広瀬さん。そもそもなんでタイにきたんですか。私のように両親や実家がバンコクにあるわけでもなくー」


そこが事のはじまりだ、とそんな顔をしながら小生の声を掻き消し、隣りの打ち合わせ室にまで聞こえるくらいの声で語り始めた。

「ワタクシ、タイの前はマレーシアにいまして。そこで最初の女性と知り合ったんですよ」

そこからいつもの調子で聞いてもいない事を勝手にべらべらと話しだす。すると広瀬隆という男は神奈川県茅ケ崎市出身で高校はバスケ部だったそうだ。しかしドラマチックにもいつかの週末に見た江の島の夕日が忘れられなくてサーファーを志し退部。毎朝早起きし。バイクを海岸まで飛ばしてサーフィンをする高校生活を送っていたようだ。

高校2年ころから進路を考え始めるが、広瀬はアメリカ留学にこだわった。
日本の大学は入学するまでが大変だが卒業は簡単と言い、反対に欧米圏は入学が簡単で卒業が大変だと持論を展開する。たしかに一理あるが勉強のできない子がそれを理由に米国留学する「逃げ」にも聞こえた。サーフィンも本当にやっていたかどうかもわからない。また雰囲気からも勉学に勤しんでいた者にも見えない。どれを聞いても今の目の前に映る広瀬からは連想できなかった。

話を盛ったのだろう、と小生が脳裏で結論付ける前に米国留学時のスナップ写真を見せられた。その中の一枚に広瀬の横に映っていた白人女性がいたので聞いて見た。先ほどマレーシアで最初の女性に出会ったと言っていた広瀬にはちゃんとした恋愛で知り合った女性がいたようだ。

写真の女性、名前はクリスといい、彼女とはMySpace上で知り合った。
MySpace とは音楽・エンターテイメントを中心としたSNSでTwitter、FacebookといったSNSの先駆けである。7年の交際期間を経て結婚を約束するも、結婚直前に広瀬がフェイスブックで他の女性と仲良く会話しているのが気に食わなくて嫉妬され、それが原因で破局。それまでは一緒に荒野で乗馬したり、ライフルで鹿狩り、アメリカンな映画館でデートしたり、米国内旅行もたくさんしたみたいだった。クリスは日本語が話せて基本的に会話は日本語で。どおりで米国留学したのにあまり英語が話せない様に合点がいった。


アメリカ留学を志す広瀬が最初に降り立った場所がシアトルである。シアトルはアメリカ太平洋側・西海岸の風光明媚な都市である。そこで広瀬は短期大学に入学する。アメリカの大学は簡単に入学できると言っていた広瀬だが、なんだ。短期大学のことじゃないか。それはそうだろう。短期大学はいわばほぼオープンカレッジで、ある程度の英語力があれば日本の高等学校出身からでも願書をだせば書類だけで苦労せずに入学できてしまうこともある。Ivy Leagueなどの名門校に願書を出す場合とはまた訳が違う。


そこで順調に過ごしていたかと思いきやある日、酒の席で同じカレッジに通う日本人の先輩を怒らせてしまい顔を殴られ、前歯も折られる。これは明らかに傷害罪であるがお人よしの広瀬は穏便に済まし、この件を示談とした。
彼の取った判断はすぐに彼を苦しめた。折られた歯を治すために頻繁に歯医者に行くことになり、その間もカレッジの授業は止まらない。1ターム3ヶ月のうち2,3週間もすればすぐに中間テストがあり、このテストの成績と出席率、そして少人数制をとるカレッジにつきものなのが講義中の質問数や学ぶ意欲も見られたりする。高等学校の授業の延長線のようなスタイルである。


広瀬は歯医者に時間を取られろくに講義に参加せず、また一連の事件をカレッジに報告をしなかったため成績が悪くなり退学処分とされる。 しっかりと傷害事件をカレッジ側と警察に届出をしていればこんなことにはならなかっただろう、と小生は広瀬の話を聞いて頷きながら思った。


そこで退学を言い渡された広瀬を励まし続けたのがMySpaceでのみ繋がりがあった女性、クリスだった。カレッジの学生寮で日本に帰る準備をしていた広瀬はクリスに呼び止められ、帰国する前にまずボストンにいる自分に会いに来て欲しい、と。下心丸出しで後先を考えず広瀬は第二の舞台、遥か離れた大西洋側・東海岸のボストンへ飛び立つ。そこで女性と初めて身体の関係を持った広瀬(19)は人生のクライマックスにいた。幸せだった。愛は目の前の大事なビザ更新を忘れさせ、連邦警察に元々住んでいた学生寮に家宅捜索がはいった事を元ルームメイトより連絡を貰うまで気づかなかった。カレッジに状況を説明してもらってなんとか一度日本に戻り数ヵ月後、今度はクリスのいるボストンの4年制大学に単位移行して編入する事で再スタートする事になった。


クリスはとても日本が大好きだったようで、彼女は日本に住みたかったようだ。一年ほど日本の大学で交換留学生として暮らしながら就職活動もする。しかしなかなか採用してもらえずアメリカに戻っていたところ広瀬と出会った。今の広瀬からは想像ができないが彼が言うにはクリスは日本人の彼氏を周りに自慢ばかりしていたとか。大好きな日本人の彼の私生活面でもクリスはかいがいしくみてあげていたようだ。学生だった広瀬には金がなくクリスの実家で衣食住をお世話になっていたり、また二人でドライブできるように車をクリス名義でローンを組み、そして二人は一生懸命アルバイトをしながら返済していたとか。広瀬が唯一彼女を気に入らなかったのはクリスの体型がいわゆるアメリカンサイズであり自分の理想にあっていなく、

「ワタクシ、こうみえても小動物系のかわいい子が理想なんです。甘えられたいんです」と。


ーーーそこまでお世話になった彼女を裏切りまったくひどい奴だ、とそう解釈した小生は話を変えたかった。

「広瀬さん、広瀬さん。わかりました。タイの前にマレーシアにいた、と言うところを話してください。次のアポがありますのでまず先にそこを知りたいです。そこからアナタが今どういう経験をして女性問題で苦しんでいらっしゃる状況になったのかを知りそこから後日改めてカウンセリングを始めましょう」

米国留学後、クリスとの別れで傷心の広瀬は一旦日本に戻り日本の企業に就職。しかしすぐに毎日残業ばかりで、必要以上の書類作成に疲弊する。またアメリカ帰りの広瀬にはワークライフバランスがないと感じたようだ。そこで海外に転職先を探していたところすぐにマレーシア企業から採用したいと連絡があり、成り行きでクアラルンプールへ。

そこでようやくタイに移民して全財産を失い、借金漬けになるまでのカウントダウンが始まった。失った資産は述べ500万円。タイの現地企業に勤める日本人には到底返済が難しい状況に陥る。

        - 劇場型人生② 南に堕ちる太陽 (了) - 

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