都内うつわめぐり③ ~戸栗美術館へ~
うつわ好きの私は、都内の美術館などへ「うつわめぐり」に出かけました。
その感想などを、夏休みの宿題みたいな気分で記録し始めたのですが、もう9月に入ってしまいました… 。でもめげずに続けたいと思います。
今回は3回目。戸栗美術館です。
うつわ好き素人が綴る感想文です。もしよろしければお付き合いください。
戸栗美術館
戸栗美術館は、渋谷区松濤の閑静な住宅街にある。JRの最寄り駅は 渋谷だけれど、渋谷の街の喧騒がウソのような場所だ。
実業家の戸栗 亨 氏(1926 – 2007)が、長年に渡り蒐集した美術品を保存し広く公開することを目的として、1987年にこの地に開館。伊万里、鍋島などの肥前磁器や、中国・朝鮮などの東洋陶磁を主体として約7,000点を所蔵する、日本でも数少ない陶磁器専門の美術館だ。
伊万里、鍋島といえば、肥前国鍋島藩の藩領でつくられ、隆盛を極めたやきものだ。「伊万里焼」は商品として国内外に広く流通したもの、「鍋島焼」は将軍家への献上品・大名への贈答品・鍋島家が使用するだけのものとして藩窯でつくられたものを指すもので、いずれもそれぞれの分野において、江戸時代の日本を代表するようなやきものになった。
ここ渋谷区松濤には、「鍋島松濤公園」(※) がある。鍋島家が、紀州徳川家の下屋敷があった場所を譲り受け、1876(明治6)年に「松濤園」という茶園を開いた場所だ。この戸栗美術館があるのも、鍋島家の跡地にあたるのだそう。
鍋島をはじめとする肥前のうつわを こよなく愛する私は、そのことを思うだけで酔いしれてしまう。いわずもがな、大すきな美術館だ。
その戸栗美術館で、現在開催されているのがこちら。
古伊万里から見る江戸の食展
なんて魅力的な企画なの!
美術館のホームページには、《現代の食の原点、江戸時代の食文化を「古伊万里」から探る》の言葉がある。
江戸といえば、日本の食文化が大きく開花した時代であり場所である。食いしん坊の私は、江戸の食文化に興味津々で、これまでちょっぴり探っていたのだ。
その食文化を、これまた私が愛する伊万里焼から見ていくだなんて…!
たしかに、伊万里焼は、江戸の多くの人々に愛用されてきたうつわだ。
伊万里焼を通して江戸の食文化を探ることは、江戸の人々の暮らしの中で、伊万里がどのように「生きて」きたのかを見ることにもなるのだろう。食文化の発展はうつわの発展にも繋がるもの。その関係性が興味深い。
この展覧会の特徴として、
❑ 現在は鑑賞品としての価値を見出されている伊万里焼だけれど、「使う」うつわとしての側面に焦点をあてていること。
❑ 皿や碗といった器種(うつわの種類)別に、どのような料理が盛られていたのかを見ていること。器種と、料理文化の発展との関わりを探っていること。
❑ 文献資料や浮世絵をパネルで解説しながら、江戸の食事とうつわの関係性を紐解いていること。
❑ とくに蛸唐草・花唐草の唐草文様を豊富に見られること。
などが挙げられる。
とても魅惑的な展覧会だ。(とくに食いしん坊にとって。)
* * *
この展覧会では、とにかく浮世絵の価値というものをあらためて思った。絵の美しさをたのしめるのはもちろんのこと、その時代の暮らしを知る上で、とっても参考になるものだ。
本展でパネル展示されていた浮世絵は、当然ながら、絵の一部にうつわが含まれるものだった。描かれるうつわをクローズアップしてみると、ほんとうにおもしろい。
そこに、実際の(似たような)うつわが展示されるのだから、心躍らないわけがない。
猪口
たとえば、猪口(現在は「ちょこ」とも呼ぶ)の使い道だ。
パネル展示された三代歌川豊国の『隅田堤遠景之図』をよーく見てみると、大皿の上にはお刺身とともに、逆台形の猪口が2つ置かれている。
その他の文献と併せると、猪口にはそれぞれ醤油と煎酒を入れていたことがわかるそうだ。いずれもお刺身のつけだれとして、親しまれていたのだという。今度、お刺身に煎り酒をためしてみたくなる。
また、本膳料理や会席料理では、和え物などを入れるうつわとして猪口がつかわれていたのだとか。
当時の食文化とともに、うつわの使い道を示してくれる展示だ。
私は、蕎麦猪口を便利アイテムだと思っていて、よく、ヨーグルトを入れたりちょっとした副菜を入れたりして使用するのだけれど、まさにそれで合っていたのだ。やっぱり うつわは自由だ。
それにしても、蛸唐草文の「のぞき猪口」など、みな美しかったなあ。
というより、”欲しい”と思ってしまった…。
*
皿
現在、和食の代表選手とも言えるような鮨、天ぷら、鰻、蕎麦は、江戸で生まれたものだ。
たとえば鮨の歴史をたどると、奈良時代には発酵食の「熟れ鮨」が文献にみえるようだけれど、現在私たちが食べている酢飯に魚介類をのせた「握り鮨」が誕生したのは 江戸時代の文政年間頃のこと。このように、現在のスタイルが完成したのは江戸時代ということだ。
江戸は火事が多く、とくに明暦の大火の後には、全国から大工などの職人たちが集まった。また、参勤交代により多くの勤番武士が江戸に住んでいたこともあり、屋台や小料理屋などの外食産業が急速に発展した。
そうした中で誕生したのが、これらの和食だ。お鮨も天ぷらも、屋台育ちのファストフードであったことを思うと、なお親しみがわいてしまう。
そして、その鮨や天ぷらなどを盛り付けるために、広く使用されたのが大皿だ。
本展では、浮世絵のパネル展示とともに、美しい大皿が並べられた。
たとえば、月岡芳年の『風俗三十二相 むまそう 嘉永年間女郎の風俗』や歌川芳艶の『新版御府内流行名物案内双六』に描かれた天ぷらを乗せたお皿、また、喜多川歌麿の『刺身を造る母娘』や三代歌川豊国の『太平婦女の遊』に描かれたお刺身を盛るお皿などをクロークズアップして、実際に伊万里の大皿が展示されていた。
中央から広がる網目文や、牡丹山水文の染付など、どれも素晴らしかったけれど、私はとくに、松竹梅を中央にあしらった唐草文の大皿に心奪われた。
このお皿については、美術館HPの「学芸の小部屋」で詳細が紹介されている。
ふむふむ。これは(たぶん)、仕出しに使われたんだ。「釘書き」を見てみたかったな。
また二代 歌川国貞の 「今様美人揃」「松の鮨楼 うめ吉」などから、江戸におけるお鮨の盛りつけ方を知った。このような美しい染付の大皿に、お鮨は何段にも重ねて盛り付けられているのだ。おもしろい。
そして、大皿があるということは、取り分ける小皿の存在も欠かせない。
香の物などを盛る手塩皿も同様だ。
それらはみな、浮世絵や文献のパネルの下で、しっとりとした美しさをまとい展示されていた。
そのうつわを観てからパネルを見ると、「ほらね」って言われているみたいでたのしい。
*
「猪口」や「皿」のほかにも、「椀」や「鉢」といった器種も同様に紹介されていて、まだまだ記録したいことはあるのだけれど、とりとめがなくなってしまいそうだ。
この先は、展覧会全体をとおして、私がとくに心に残ったうつわを2つ記録したいと思う。
一つ目、『染付 蛸唐草文 八角蓋物』。
温かい食べ物を盛るための蓋物は、当時の絵画作品では漆器であらわされることが多かったという。でも、それをあえて磁器でつくっている。このように、異素材が主流の器種を磁器製にすることは、食事の場面を彩る遊び心からきていると考えられるようだ。
磁器であることを、このうつわ自身が誇りに思っているかのような、凛とした佇まい。そして全体に描かれる蛸唐草が精緻で繊細で、見惚れた。
2つ目、『染付 蛸唐草文 箸立』。そう、「箸立て」だ。
箸は、一膳二膳と数えるように、元来、銘々の膳に添えられたものだ。だから私は、高級料理屋などでは、皆の箸を一緒に立てることなど ないと思っていたのだけれど、こんなに美しい箸立てがあったのだ。衝撃的。
江戸には「八百善」という料亭があった。会席料理を確立した立派な料亭だ。そのお店の様子を描いた歌川広重の『江戸高名会亭尽 山谷八百善』がパネル展示されていて、そこには箸立てのようなものが見える。注釈はなかったけれど、この箸立ては、八百善のような高級料亭で使われていた、ということでよいのかしら。などと、思いをめぐらせていたところ、つい先日、先の大皿のように美術館HP内「学芸の小部屋」で、この箸置きが取り上げられたのだ!
なんとありがたい…。
ここには、次のように記されている。
……知らなかった。
お箸に関してだけは(お箸のセンセイとして)、ずうずうしくも案外知っているつもりになっていたのだけれど、そんなことはなかった。
箸立てはノーマークだった。自分が気づかないところにも、視点はたくさんある。
この箸立てが強く印象に残ったのは、そのようなことに気づかせてくれた作品だったということもあるのかもしれない。
けれど、ほんとうに美しかった。
七宝文様の透かし彫りや、周囲の蛸唐草文様はいずれも細やかで、技術の高さを物語っている。あらたな器種に挑む伊万里焼の姿勢もふくめて、とっても素敵。
*
それにしても、全体をとおして蛸唐草文のしめる割合が多いことに、すこし驚いている。
調べてみると蛸唐草は、描き方さえ心得ていれば、どのような形状(器種)であっても描き埋めることができることから、伊万里焼の量産体制に適していたということが推測されるようだ。
とはいえ、量産体制でありながら、これだけの文様を手書きで施すのだから、伊万里の美を追求する姿勢とクオリティの高さに感嘆する。
さて、「奈良茶飯」や「白玉だんご」とうつわの関係など、興味深いことはほかにもあったのだけれど、別の機会にしたいと思う。
今、私の心の中には、できれば会期中にもう一度、この展覧会を訪ねたいという願望が渦巻いている。
実現するといいな。
*
またまた長文になりました。いつにも増して、余計なおしゃべりが多かったかもしれません…。
最後までお読みくださいまして、ありがとうございました。
次はギャラリーを訪ねました。ゆっくり、ぼちぼちと綴りたいと思います。
✽ ✽ ✽
9月14日追記
✽ 美術館近隣さんぽ ✽
(※) 『鍋島松濤公園』の写真です。