中の自分・外の自分
人は誰しも、何かしらの望みを持って生きています。
貧困や紛争の地域の人達なら…毎日安心して生活したい、と思うだろうし。
それが叶ったら…
もっと学びたい!とか、こんな仕事がしたい!とか、願望が変化します。
更にもっと自由な環境なら?
ここからが願望基準の分かれどころ。
自分がどう在るか?
どんなココロの状態で生きていたいか?
という内面重視で未来を描く人
どんな家に住んで、どんな服を着て…という、身の回りの外面重視で未来を描く人
もちろんそれは、完全に別々ではありません。
人間は社会性の生き物だから、何かしら周囲の人や環境の影響を受けていて(及ぼしていて)。
理想の生き方というものは、環境と切り離せないのです。
自分がこうしたい!と思っても、それを支えてくれる仲間や、受け入れてくれる相手がいて…物事は成り立つわけで。
自己表現が誰かに届くことで、自己実現の一歩に繋がります。
自分が伝えたいことを、相手に届くように表現すること。
受け入れられるかもしれないし、拒否されるかも…
そうしてコミュニケーションもいうものを学んでいくわけです。
ここで最も重要なのは…
誰と付き合うか⁉︎
「朱に染まれば赤くなる」
の諺通り、付き合う人間で人生は変わってきますね。
これは心理的なだけでなく、物理的に影響しあっていることが、証明されているのです。
エクソソームという、細胞から分泌される極小の物質(菌)をご存知ですか?
エクソソームについての記事も貼り付けますね。
⬇️⬇️⬇️
エクソソームは情報を発しており…
近くにいる人と影響し合うのです。
長年連れ添う夫婦の顔つきが似てきたり…
思考がシンクロして「今、それを言おうとしてた!」なんてこと、ありますよね?
偶然に同じメロディを口ずさんだり…
それもエクソソームの働きだと思います。
特にキスやSEXは、体液の交換行為。
虫歯の人とキスすれば虫歯になるそうで、癌細胞に関しても研究されているとのこと(日本人に大腸癌が多いから)。
鬱の人と同居して鬱になったり…
暴力的な家庭で育った子供は、暴力的な気性になるわけです。
もちろん逆も同様で…
健康な人と過ごせば健康になり、笑顔の人と過ごせば笑顔になる。
互いをココロから尊重し、愛する人と結ばれれば…幸せになるのは当たり前のこと。
人間はそれぞれに波動(熱量や速度)があり…
それらが合う人と過ごすなら、ストレスがありません。
だからこそ、誰と付き合うか?
どんな環境にいるか?が大事なのですね。
例え有名な学校に進学して
どんな大企業に勤めても…
自分に合わなければ、良い環境とは言えません。
魂は嫌がっているのに…
せっかく有名企業に入社したのだから…と思考が邪魔をしてしまい、鬱になって引きこもってしまったら?
何の為に勉強して、何の為に就職したのでしょう。
手段と目的が逆転してる気がしませんか?
幸せになりたい…と言うけれど。
頑張って辿り着く場所が幸せ?
頑張って勝ち取る対価が幸せ?
楽しいとか、嬉しいとか…
そういう状態に「在る」ことが
"既に"幸せなんだと思うんです。
生命力というけど…それって生き物にとって、幸せの基本じゃないかな。
カラダの声を聴いて、本当の自分=自分というパーソナルの「中のワタシ」を感じること。
その為には…
カラダを動かして、カラダを感じることが不可欠なんです!
ここでカラダの話しになりますが…
10〜15年前から「パソコン病」なる症状が言われ出し、現在では「スマホ首」が、世間で言われますよね?
スマホ首とは、そもそも首がどうこうの問題じゃないのでは?
先進国であればあるほど、下を向いている人が多い現在。
都内のターミナル駅で待ち合わせする人の、ほとんどが下を(スマホを)見ています。
もはや中毒を超えていて…
前を向いても、意識が前にいかないから、他人への配慮が薄れた無関心、無感動な人が増えてい気がします。
その姿勢をカラダとして考えると…
胸郭は潰れ、呼吸も浅くなり、脳に酸素もいかず…
結果、虚い状態=鬱になりやすいという…
これじゃ思考停止で、洗脳されやすいのは間違いありません。
前(風景・人)や上(空・宇宙)を観る人が、更に減っていけば…
もはや画面が視界の全てになるのでしょうか?
そうなると…
脳だけで肉体が要らない未来を、本気で作ろうとしてるのか?なんて思えてしまいます。
脳も所詮はカラダの一部。
カラダの刺激で育ててもらっている存在。
決して腸や心臓より偉いわけじゃないはず。
脳を騙せば、食べ物の味が変わるらしいけど…
人の肌に触れるのは皮膚で、咀嚼するのは口ですからね。
カラダを軽んじる風潮は、(大袈裟だけど)人間の奴隷化の始まりと思うのです。
昔の寺山修司さんの著書に
「書を捨てよ、町へ出よう」
という作品がありました(劇団 天井桟敷によって舞台化〜ドキュメンタリー映画化されました)。
今の時代なら…
「スマホをしまい、空を仰げ」
なのかもしれませんね。
もはや手放せないスマホだけど…
スマホに依存せず、自分という存在の軸を大事にしませんか?
私の個人的な意見ですが…
幸せとは…自分という存在の「中のワタシ」が歓び溢れた状態。
それが本当の意味での「自己」実現だと思うのです。
私はイナヨシマサルという名前だけど、名前は後から付けたもの。
本当は「名も無い無垢な魂がカラダに宿った存在」がワタシ…という生き物。
カラダの私は先祖が生命を繋いでくれたから存在していて。
中のワタシは…
時空に縛らずカラダに降りて、イナヨシマサルになりました。
中のワタシは…
意識と無意識の向こう側にいるエネルギーみたいなもの(断定はしませんが、想像です)。
中のワタシ…を主役にすることでアウェアネス(気付き)に至るのだとしたら?
それには動くこと。
ダンスは最適ですよ!
波長の合う人と一緒に踊ると、よりワタシを感じられるかも。
音の響きでエクソソームを交流させるのだから、最高じゃないですか!
ちなみに踊りには「表現次元」があって…
①踊りの動きを踊る
②踊りで自分を踊る
③自分が踊りになる
これまた長くなりそうなテーマだから、別に書きますが…
この次元も「場」と関係します。
居心地の良いダンススタジオには、笑顔の人が多いでしょ?
ヒステリックな指導者のスタジオは、ピリピリしてますよね?
良いダンサーを輩出する環境って、上手くなる要素が「場」のエネルギーに溢れていて、すぐにわかるんです。
本当に魅力的なダンサーって…「場」のエネルギーを纏い、増幅させるんですよね。
完全に「場」と繋がる感じ(支配じゃなく一体化)。
孫悟空(ドラゴンボール)の「身勝手の極意」なんか、正にそれですから!
歌や音楽は、直接波動を響かせるものだから、動けないなら歌をお勧めします。
呼吸をしっかりするから、健康にも良いし!
ココロが疲れたら…カラオケでシャウトするのも有効ですね。
温泉で休むのも良し。
歌って踊るのも良し。
カラダを通して、真の自分を感じましょう!!
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