幻想

「まあね、でも人生は本当にいっぺん絶望しないと、そこで本当に捨てらんないのは自分のどこなのかをわかんないと、本当に楽しいことがなにかわかんないうちに大っきくなっちゃうと思うの。わたしは、よかったわ。」

キッチン/吉本ばなな

匠海くんは私よりも若いのにずいぶんと成熟している。絶望を乗り越えるときに、大切なものを守るために「捨てないといけないところ」と「捨てらんないところ」を見つめて選んできた人なんだと思う。匠海くんを見ていれば、こうあればいいんだなという発見が何度もあってその度に生き抜くヒントをもらいながら私はなりたい自分を少しずつ描くことが出来た。そうした内面の強さがあるから外見の美しさを裏打ちしている人で、そういうところが強くてまぶしくて、その中にある"生乾きの自我"が少し顔を見せたのが、この「幻想」だと思った。
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初めて聞いたとき、人の明るくない部分も魅力として自分の暗い部分を明かすことで誰かを支えようとする曲を匠海くんが作った、というその選択に頭を掻きむしりたい衝動に駆られた。以前、雑誌のインタビューでアイドルとしては見せる必要のないネガティブな部分もアーティストとしてなら作品として昇華出来るかもしれないと話していて、この人はすでに「HERO」という曲で"ヒーロー"になってくれているのに（そしてその後「TELEVISION」という曲で"お守り"になってくれているに）違う形でまた人を救おうとしているんだ……と驚いたが、それがついに形になって私たちのもとへ届いた。

最初に聞こえるグラスの中で氷がからんと揺れる音、最後に聞こえる扉を開けたときのようなチリリンというベルの音。どこか静かなカフェで自分と向き合いながら心の中を整理し始めるようなイメージと、考えに整理がついて軽くなった足取りで外へ出て行くような情景。これらはひとり時間をカフェで過ごす普段の匠海くんを連想させた。映像として見るとそんなシーンはないが、この曲を「見る」と「聞く」でまた別の世界観が浮かび上がってくるところをおもしろいと思った。過去の絶望をこの曲に昇華することで、匠海くんは来た時とは違う気持ちでカフェを出ることが出来たのだと思った。

ボイスレコーダーも重要なひとつの要素になっていると感じる。絶望の中で揺れ動く心の声を記録して再生する姿から、それが他の人には見せずに自分自身の声を聞くためのツールにも思えて歌詞にある孤独感や内面の葛藤と重なった。あのレコーダーは単なる録音のためのものじゃなく「過去の自分の声を聞き返すためのもの」でもあり「未来に向けた記録を残すもの」としての役割も持っているのかもしれない。他のメンバーのソロ曲とは違い匠海くんは歌詞を公開していないが、それは文字としてだけでなく音や声や映像そのすべてでこの曲をひとりひとりが自由に受け取って欲しいということなのだと思った。評価される側としての器の大きさ。これもまた、彼の美学の一部なのか。

匠海くんの中の「絶望」の感覚は淡々としていた。時間や気力を知らないうちに消耗して、楽しいことが"見つからない"のではなく存在しているのに"気づけない"という麻痺、自分自身の本音すら見失っている状態、辛い感情からさよならしたいという願いとその裏にあるさよならできないかもしれないという諦め、自分の弱さを見せる怖さ、それらはすべて重々しい、暗い、深い闇のようなもの。それらが匠海くんの淡く優しい声質でマイルドに仕上がっていて、音としても聞きやすくなっている。情感が溢れながら感情的すぎない歌い方もその世界観を演出していた。地図みたいに平面に広がる匠海くんの声をひとつひとつたどっていくようなイメージを持った。

そんな「絶望」という名のトンネルを抜けて匠海くんがたどり着いたのは「ステージから見える希望」だったのだと私は受け取った。目の前で輝くファンの笑顔や、ペンライトの海、そしてその一つひとつに込められた人の思い。おそらく彼にとってライブは生きている実感を最も強く得られる瞬間であり、それを守るために努力し続ける強さを手に入れた人。曲の終盤に向かうにつれ歌声がいろんな角度からいろんな光が当たって照らされている心の姿のような感じがした。それは、私にとっても希望だった。ステージに立つ匠海くんが溢れんばかりの楽しそうな顔で歌ったり踊ったりする姿を見られる瞬間が、他に比べられるものがないくらい好きだった。あるライブで上から落ちてきたキラキラしたテープを手のひらで受け取り「ふぅっ……」と息を吹きかけて微笑む匠海くんを双眼鏡のレンズ越しに見たとき、あんまりきれいできれいで、きれいすぎてぽろぽろ泣いてしまったことがある。もう、幻想でもなんでもそんなことどうだっていい。そう思える瞬間が私たちから見上げる「光景」にはたくさんあった。

この曲は一番と二番のサビで「今は一緒にいよう」と表現されていた部分が最後のサビだけ「ずっと一緒にいよう」と表現されているが、ここに私の思う"永遠"がある。私たちは「今」という一瞬一瞬を重ねてその寿命を延ばしながら生きていて、それは必ず終わりがくるものだけどふと振り返れば歩んできた足跡が見える。私たちは今、一緒に"永遠"を作っている。その感覚をもしかしたら匠海くんも持っているのかもしれない。「そうであってほしいなあ」と思える力をアイドルがくれることを私はとても尊く思う。絶望と希望、その両方の面で歌詞のひとつひとつが聞く人の心に静かに、でも確かにひびいてくるのは、きっと匠海くんが過去の苦しみも正直に表現してくれたからだ。これは勇気のいることだったろうけどだからこそ匠海くんが歌う意味のある、匠海くんにしか出来ない作品になっていた。サビの「僕は君の味方だから」という言葉はおそらく匠海くんから私たちファンへのおまじないなのだろう。でもそのうえでこの「君」が「匠海くん自身」でもあって欲しいと、私は祈りたい。

好きなアイドルがいつかパフォーマー兼クリエイターとしての一歩を踏み出したら一体自分はどうなってしまうのだろうと思っていた。まあ、予想通りもっと匠海くんを好きになり昔の自分が絶対に憧れるような最高の世界になった。彼はパフォーマーであり、クリエイターであり、25歳の男性であり、そして何より「アイドル」である。未来の匠海くんがどうなっていくのか、1年後の姿ですら今は想像することが出来ないが例えどんな作品が世に出たとしても匠海くんの心から生まれた音楽は必ず聞く人の心に届くことを私はずっと信じている。自分のペースを大切にしながら、これからも匠海くんの声を聞かせてもらえたらそんなにうれしいことはない。今回の芸術を私の言葉で矮小化して捻じ曲げてまで残しておく必要はないのではないかと思ったが、匠海くんから届いたメールを読み「幻想」は共有することで完成されるものなのかもしれないと感じた。目撃者としての責任感から生まれたものが、この文章である。

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