全ての始まりは四国一周:第四章・星空の下で夢を見る
立ちはだかる山、擦り切れるお尻
市街地を後にして四国の奥深くへ進んでいく。11号線はいつの間にか55号線になっていた。海や田んぼを眺めながらのんびり走るもののついに私の股が悲鳴を上げ始めた。
連日長距離自転車に乗るのは初めてな上に、レーシングパンツなど持っていなかった。また、クロスバイクの特性上、姿勢を変えて重心を移動させるのにも限界がある。自転車に乗ると誰もが一度は通る”尻の試練”を受けることとなったのである。
「あかん、けつ痛すぎや!ちょっと休憩!」
前を走る2人を呼び止める。
「ゆーて俺も痛かってん。ちょうどええわ。」
エスケープ君も試練を共にしていた戦友であった。
「俺はクッション入れてるおかげでまだ大丈夫やわ」
ルイガノ君は余裕の表情である。そんな大事なものがあるなら事前にアドバイスしといてくれよと思ったがもう遅い。
「サドルにタオル巻くだけでもかなりマシになるで」
ルイガノ君に従ってサドルにタオルを巻き付ける。
確かに多少の気休めにはなる。これならまだ走れそうだ。
田んぼを眺めながらしばらく走ると廃墟のようなものが見えてきた。
「なんやこれ?入れんのけ?」
「いや、どう見ても潰れてるやろ。」
「なんの建物やったんやろうなぁ」
「まぁここで時間使ってもしゃーないし先進もか」
そして本格的な登りが始まった。
大阪の箕面で登りの練習は幾分かやっていたとはいえ、やはりしんどいものはしんどい。
カーブをいくつも越えていく。体重の重いルイガノ君がまず消えた。練習時間の足りなかったエスケープ君も消えた。自転車とは残酷な乗り物である。1人になった自分の心臓の音がBPM130を刻む。苦しい。吐息が熱い。一定の呼吸ペースを保ちながら淡々と登る。だんだんと静かになっていく。
”美波町”の看板が見えた。そこから下り坂が続いている。どうやら峠を越えたらしい。一気に蝉の鳴き声が耳に流れ込んでくる。一度止まって呼吸を整えようとするがうまく息ができない。日陰に入ってボトルの水を浴びた。
しばらく休んでいると後ろからエスケープ君がルイガノ君を引っ張る形で登ってきた。
「しんどすぎるやろ。君らより脂肪という大荷物抱えてるからな。」
ルイガノ君は持参した腹回りの荷物にかなり苦しめられているようであった。しかし自業自得である。
「さすがにちょっと休ませてくれ」
3人で少しの間、木陰で息を整えて出発した。
しばらくのアップダウンの後、気持ちいい下りが続く。山間の道を下り切ったところの道の駅で休憩することにした。
川、海、風呂!
施設内には足湯があり、疲れ切った足をつけさせていただいた。湯上がり(?)にはすだちサイダーを飲み、瀕死の足と悲鳴をあげていた尻の痛みから多少回復した我々は周囲の散策を行った。
「ウミガメ見れるらしいで」
「生命の誕生に感動して号泣しながら卵産む生き物?」
「間違ってはないけどウミガメをその概念で認識してるやつ初めて見たわ」
号泣するウミガメは見てみたいが今回は先を急ぐことにした。
そこからまたしばらくアップダウンの続く道を走った。太陽がほとんど頭の上にある。一瞬で全身から汗が吹き出してくる。
「流石に暑すぎるわ。どっかで休も。」
エスケープ君の提案に全員賛成だった。
少し走ると川の小さな堰があり、堰の下流側が広くなっていてそこで子供たちが水遊びをしていた。何も言葉を交わしていないが3人とも考えていることは同じだった。黙々と自転車を降りて川に降りていく。
そのまま冷たい水の中へダイブした。
川の水は透明で透き通っていて小さな魚が何匹も泳いでいるのが見えた。
「あかん気持ちよすぎや!」
「もう服乾くまで木陰で休んでようぜ」
ルイガノ君はおもむろに自転車に戻り何かを持ってきた。
「秘密兵器あんねん。テントと敷きマット。」
「天才かよ。ってかよくそんなん運んでんな。」
「いやぁ、寝床の床が硬い可能性も考慮して。」
「確かになぁ、てか今日どこで寝るよ。」
この辺で薄々気づいていたのだが今日これから我々の走力で行ける範囲に泊まれる宿がない。正確には宿はあるのだが、高すぎるか近すぎて距離を稼げず明日の走行距離をかなり伸ばさなければいけなくなる。
「ひとまず宍喰までは行こ。そこで風呂入って、あとはなるべく室戸岬に近づいてどこか寝転がれる場所を探そう。」
ルイガノ君の提案はいいのだが問題は我々の誰もが野宿など経験したことがないことだった。
ところで宍喰は"シシクイ"と読むらしい。この時初めて知った。初見殺しな地名である。
「寝転がれる場所って言ったってどこがあんねん」
「せやなぁ、道の駅の駐車場とか、公園とかビーチとか。まぁ行った先で適当に探せばなんとかなるって。」
ルイガノ君はやったことがない割には謎の自信を持って”なんとかなる”と言ってくれる。結局のところ旅に必要なのは"行けばなんとかなる"という謎の自信なのだろう。(富士山弾丸登山などの無謀な自信とは話が違うが)
そこからは気持ちのいい道が続いた。いくつかのトンネルをくぐり、潮風を浴びながら叫びまくった。波待ちをしているサーファーたちの頭が波間に漂っている。うまく波を捉えた何人かが海の上を滑っていく。ここはどうやらサーフィンの聖地らしい。
そして我々は宍喰温泉に到着した。
道の駅の横のホテルで日帰り温泉に入れるということで皮膚にまとわりついた汗を洗い流した。
暑い中走った後でも暑いお湯に浸かると気持ちいいのは何故だろうと考えてみる。自転車に長時間乗っていると姿勢が固定されるので血流が悪くなる箇所がある。熱いお湯がそれらの凝り固まった箇所をほぐしてくれるということだろう。
「ところでまためっちゃ太ってへんか?そんなんでこれからの山ルート登れるんけ?」
エスケープ君がルイガノ君を煽る。
「いやいやいや、このふわふわのお腹がかわいい〜って言ってくれる女の子もおるんやぞ。」
「にしては彼女おらんやんけ」
「うっさい、太平洋に沈めんぞ」
などと典型的なくだらない大学生のコミュニケーションを楽しんでいた。
しかし今我々が考えなければいけないことは温泉が何故気持ち良いかでもなければ腹回りに脂肪の浮き輪をつけて山を登れるかの心配でもないし、ましてや見目麗しき意中の相手をどのように夜の寝床に誘うかでもない。
今晩の自分達の寝床をどうするかである。
暗闇で唸る海
風呂上がりの休憩スペースであーだこうだと議論している間に我々はあろうことか3人とも寝落ちしていた。
外はすでに薄暗い。急いで出発することにした。
「とりあえず行けるところまで行こ。」
宍喰から室戸岬まではひたすら海沿いの道を走るわけだが、昼間なら楽しい道だろうがすでに日が落ちて暗くなってしまっている。
左は海、右は山。海岸に叩きつけられた波音が山に反射して360度波しぶきの唸り声に包まれる。街灯などなく道を照らすのは自分達の心許ないフロントライトだけである。
「3人で固まって走るぞ。離れんなよ。」
エスケープ君を先頭に荷物の多いルイガノ君を間に挟んで私がしんがりを務めた。
「お!明かりが見えた!あの辺に街あるんちゃうか?」
エスケープ君が叫ぶ。
街があるということは道の駅や公園がある可能性がある。つまり寝床の期待値が高まるわけだ。しかし無情にもその期待は打ち砕かれた。
「ちゃう、落ち着けあれ対向車線のトラックのライトや!」
「なんやねん!騙された〜」
このようなやり取りを何度か繰り返しているうちに本当に街に辿り着いた。と言っても民家がポツポツとある程度。こんなところに寝転がれる所はあるのだろうか。
不安になってはいたが奇跡的にちょうど良い感じの砂利の地面の公園があった。ここなら寝れる。
各自、テントや敷パッド、寝袋などを広げて寝転がった。
「星綺麗やなぁ」
「ほんまやなぁ」
近くに大きな街もないので星が綺麗に見えていた。
まぁ野宿も悪くないなぁと思っているうちに疲れ果てていた我々はすぐに眠りに着くことができた。
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