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東海道五十三チャリ:京都〜山科

Sとの出会い

大学2回生の春、友人の誘いでクロスバイクに乗り始めた。自転車に乗るのが楽しくてしょうがなかった私は大学まで歩ける距離なのに無駄にクロスバイクで通学していた。
その日もいつものように愛車で登校しイタリア語の授業に出席した。
第三外国語の単位が必須で、特に何か学びたいものがあったわけでもない私は、高校時代にイタリア留学経験のある友人が取るというその授業を一緒に取ることにした。何かあってもその友人が助けてくれるであろうという浅はかな算段だった。
その授業の教授は中年のイタリア人女性で、真っ赤なドレスにハイヒールという派手な出立ちでありながらも高貴な大人の落ち着きが漂う、いわゆる「先生」というよりは「大女優」といったオーラを放っている人だった。
授業は実践的なもので、セメスターのゴールとしては「1人でイタリア旅行に行けるくらいの会話ができるようになること」であった。少人数で会話重視の授業だったためグループワークも多く、クラスの全員と数回の授業で打ち解けることができた。
その中にSという上海人がいた。
肩まである長髪に、仙人のような顎髭、カタコトの日本語、日本人にはない根拠のない自信。尖った要素を全て組み合わせたようなSがクロスバイクに乗っていることを知ったのはキャンパスから帰るところであった。
駐輪場から家に向かってキャンパス内を走っていると後ろから颯爽とオレンジ色のEscape RXが私を追い抜いて行った。
長髪、顎髭、仙人のオーラ。。。間違いない、Sだ。

次の授業の帰りSに声をかけた。
「オレンジのエスケープ乗ってる?この前見かけたんやけど。」
Sは私が話かけてくるのを予想していたかのようだった。
「おぉ、君は白いバイクに乗っていたね!チャリ仲間だ!」
Sとはそれから共に自転車に乗るようになっていった。

ロードの始まり

クロスバイクに乗り始めて自転車にハマった私は、すぐにロードバイクに乗りたくなるという絵に描いたような自転車乗りの成長ステップを踏んでいた。
四国での旅を終えて、間違いなく自転車に課金する価値を見出した私は梅田のしゃぶしゃぶ屋で稼いだバイト代を注ぎ込み、その年の冬にはロードバイクを買っていた。
KhodaabloomのFARNA SLという今ではもう廃盤になったアルミ軽量ロードバイクである。

もちろんカーボンロードにも興味があったが、そこまでのお金があるわけでもなければ、中途半端なカーボンロードは買いたくないという気持ちもあった。その当時、アルミバイクでコスパを突き詰めるとCAADかEMONDAかTCRかの3択だった。その3択で考えあぐねている中、Khodaabloomを知った。完成車重量7kg台前半、コンポにフルで105がついてホイールも決して鉄下駄ではないのにお値段15万程度。今では考えられない値段だろうが当時はそんなものだった。迷った末に店員の「このセール今月中で終わりなんですよ」の殺し文句にまんまと乗せられる形で頭金を支払っていた。

ロードに乗り始めてから、ますます自転車にのめり込んでいった。Sとも何度もライドを共にし、誰かと走ることにも慣れてきた。
Sからの提案はそんな頃にあった。
「東海道走って東京まで行く旅の計画があるんだが、君もどうだい。うちの学部のJって人も参加予定なんだが。」
断る理由は特にない。
「もちろん行こうや。日程とか諸々詰めよか。」
結局4泊5日の東海道旅行計画が組まれることになった。

スタート地点はバラバラに

「Jさんは山科駅前で合流するからJRで山科まで行こう。高槻まで自走で行ってそこから輪行て感じで。」
Sは飄々としているが私は少し緊張していた。結局Jさんとはこの出発の日までに一度も顔を合わすことがなかった。初対面の学部も違う先輩と4泊5日の旅をすることになるとは夢にも思わなかった。
旅の計画はS経由で調整が行われており、会おうとしたのだが結局予定が合わなかったのだ。
高槻から乗った電車の中で私はSに提案した。
「京都から山科まで自走で走っても集合時間に間に合いそうちゃう?どうせ東海道旅やるんやったら三条大橋スタートの方が気合い入るかなぁって思うんやけどどうやろう?」
なんとかして緊張を紛らわすために最初に自転車に乗ってウォーミングアップのようなものをしようという魂胆だったのだが、Sは難色を示した。
「別に走って楽しい道でもないし山科スタートでいいじゃない?」
至極真っ当な意見である。最終的には私が1人で京都で降りて、Sは山科でJさんと私を待つということになった。

緊張をほぐすための提案ではあったが、どうせなら三条大橋をスタートにしたいという気持ちがあった。京都駅で降りて私の東海道旅は1人で始まった。
京都から塩小路通りを西に進み、鴨川を渡ったところで川端通りを北上する。走り慣れた道である。すぐに三条大橋に到着した。
三条通を西に進み蹴上を登って山科に入る。大した距離ではないがちょっとした"登り"もあって緊張をほぐすには充分だった。
山科に着くと数分前にSからLINEが来ていた。
”Jさんと合流して駅前のコンビニで補給してる”
こうして3人揃い、初めましての挨拶を済ませて東海道旅がアクチュアルスタートを切った。


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