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東海道五十三チャリ:富士〜磯子

箱根越え

昨晩は暗かったので何も見えていなかったが、ネカフェを出ると目のまえに富士山が鎮座していた。その横にマクドナルドの看板があるのがなんとも異様な光景であったが、ここまで間近で富士山をじっくり見たのは初めてだった。
いつも私が拝む富士山は飛行機から見下ろすものか新幹線で通り過ぎる時に一瞬視界に入るものかのどちらかであった。
「富士山のこんな近くまで来てたんやなぁ。」
「日本一の山を眺めながらのサイクリングやね。」

とはいえ私たちの向かう方角的に富士山はすぐに後ろになったので、富士山を眺めながらというより後ろから見送られる形となった。
平坦基調だったので特に苦労もなく冬の澄んだ青空の下、大きなトラブルもなく三島までたどり着いた。
「ここからいよいよガチ山やな。それ越えたら熱海や。ルートとしては11号線で熱海峠を越えて熱海に下る感じで。」ルートの説明は一応定期的に行っていた。
「この長いトンネル?」Jさんが地図の長いトンネルを指差して確認してきた。
「いや、もう一方のグネグネの方です。」私はその少し北側の峠道を指す。
「なかなかの登りになりそうね。俺は多分ついていけないから、先に進んでて。熱海で合流しよう。」Sのリアディレーラーの不調さでは確かにこの峠を越えるのは厳しいだろう。彼は少なからず歩くことを余儀なくされるはずである。

しばらく街中だし平坦だろうと思っていたらすぐに登りが始まった。そのままだんだんと民家が少なくなり田んぼに囲まれた道を山に向かって登る道になった。この辺りですでに3人バラバラになっていた。Jさんはかなり先を爆走している。後ろを振り返るとSがまだ見える範囲にいたが、こちらに向かって笑顔(たぶん)で手を振っている。先に行けということだろう。
途中、三島の街を見下ろす視界の開けたところで写真を撮りながらじわじわ進む。斜度はそんなにキツくないがそれなりの距離登っているし、何よりここまで数日で何百キロか走っている。流石にしんどい。
バイクパッキングなど知らなかったので、リュックで旅をしていたのだが、肩がちぎれそうであった。冬とはいえ背中も汗で蒸れている。この汗冷えが冬場は一番堪えるのだがそれをなんとかしようとなるのはまだ少し先の話である。

峠に着くと先についたJさんがすでに余裕の表情で休んでいた。
「Sはもう見えんか。」
「かなり前でちぎれてたんでしばらく登ってこないと思いますよ。」
「LINEきてるな。"先に熱海行ってて。熱海で合流しよう"やって。ほな先いくか。」
JさんもSの自由奔放に慣れてきているようであった。
「ではこちらも自由に行きますか。」
私とJさんはSの到着まで時間がかかると踏んでMOA美術館に行くことにした。SにLINEを入れて峠を下った。
美術館まではかなりの急斜面であった。この時まだダウンヒルの技術が未熟だったのでコーナーで膨らんでしまいあわや車と正面衝突かというシーンもあった。初心者で熱海のダウンヒルはおすすめできない。
余談だが熱海はヒルクライムもかなり難易度が高い。斜度がキツすぎるのである。ちょっとしたコケでスリップして落車するし、一度止まってしまうと再始動がかなり難しい。暗峠のようなものである。

自由なS(n回目)

MOA美術館はかなり広かった。展示はかなり昭和を感じるものがあったが、施設の建築が美しくその空間にいるだけでも楽しかった。
中をざっと見て周り、海を一望できるエリアでのんびり待っているとSからLINEが入っていた。
"まだちょっと時間かかりそうなのと、行きたい海鮮丼屋があるから、先に行ってて。"
「また海鮮丼食おうとしてますよこいつ。」
「俺らも適当に食って先いくか。」JさんはこのままSを放置して東京まで行ってしまいそうな勢いである。

熱海の市街地で適当に補給を済ませて海岸沿いを小田原に向けて走った。冬の日が沈むのは早くすでに夕方の太陽になっていた。
海沿いを走る道は心地よいが、かなり渋滞していた。車をかわしながら先へ先へ進む。
小田原城をチラッと横目に見ながらコンビニで休んだ。
「Sからの連絡はまだないっすね」
「まぁなんとかやっとるんでしょう。次の大きな町で晩御飯とかにしようか。」
「茅ヶ崎とか藤沢あたりで何か食べましょうか。Sもその頃には追いついてくるでしょう。」
しかしこの読みは大外れだった。海沿いで楽しいかと思っていたら、全然海が見えない134号線を走りつつLINEをちらほら確認したが連絡はなし。
湘南のヤンキーたちが飲食店のテラス席で「ウェーイ」しているが、豊橋を経験した我々には耐性がついたのか、特に何も感じなかった。それよりもSの安否が気になっていたのかもしれない。
結局藤沢まで走ったがSからの連絡はなく、日も完全に沈んで夜になっていた。
ラーメン屋に入り、麺を啜りながらSに居場所を一応伝える。
ちょうど既読がついて返事が来た。

"ちょっと今日合流できるか怪しいから行けるところまで先に行ってて。明日の昼に横浜あたりで合流しよう。"

「死んではなさそうで良かったっす。」
「もうどういうことか全くわからんけど、おもろい。」Jさんは腹を抱えて笑っている。Sは一緒に旅しているというより、たまたま行き先が同じ人とタイミングがあった時に一緒に行動しているくらいの感覚でいるのが正解のようだ。

ラーメンを食べ終え、暗い道を横浜方面に進む。ここまでくると今まで走ってきた道とは比べ物にならないくらい車が増えてきた。関東に来たなぁという感覚が込み上げてきた。
その日は磯子まで進み夜を明かすことにした。
結局ラーメン屋でのLINEを最後にSからの連絡はまた途絶えていた。

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