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全ての始まりは四国一周:第二章・仏生山温泉との出会い

私は高松について何も知らなかった

高松という街には昔、親に連れられて何度か来たことがあった。しかしうどんが美味しい以外に大して覚えていることはなかった。
「どこか美味いうどん屋知ってるけ?」
ルイガノ君は初の高松らしい。
「なんか適当にその辺のうどん屋入ればええんちゃう?大体美味いやろ」
高松駅の前に「さぬきうどん」と書かれた店があった。暑さから逃れるため流れるように入店した。

「肉ぶっかけ大お願いします」
もしかして注文前から心を読んで先に作っておいたのか?と思ってしまうくらいあっという間にうどんが出てくる。どこぞのファストフードより全然速い。黄色い服のピエロや白い服のおじいさんには是非ともこの速さを見習ってほしい。

「うどん食べ終わったらどこいくよ」
ルイガノ君は初めての高松なのでうどん以外に何があるのかも知らないらしかった。午後にエスケープ君と合流するまで我々は時間を持て余しているのであった。
基本的にチェックポイントは定めていたが、何時にどこで何をするというようなところまで細かくは定めていなかった。そんなもの決めてしまっては面白くないというのが3人の総意だった。今から思えば、ただ細かく決めるのが面倒だし行き当たりばったりでなるようになれという感じだったのかもしれない。しかしそのスタンスは正解だったし、その先10年の自転車旅でも同じスタイルを貫くことになる。

「とりあえず栗林公園でも行こうか」
「うい」

仏の生まれる山にてとろとろのお湯に溶かされる

高松の中心街の少し南にその公園はある。元を辿れば室町の頃から存在し、江戸時代に入ってから讃岐国を治める大名の庭としてぶくぶくと膨れ上がった庭園は今では大小数々の池とそれらを繋ぐ小川が流れ、様々な植物に覆われる巨大な庭園となった。あまりの大きさに昔は動物園まで併設されていたとか。

そんな見どころ満載の庭園であるが、ジリジリと夏の日差しに焼かれた我々は涼を求めて庭園内に点在する数々の建物の中でもとりわけ大きい商工奨励館の2階のクーラーの前で冷風を貪るように浴びていた。

「あなたたち今日はどこから来たの?」
品のいいご婦人が声をかけてくださった。
「大阪から来ました。今日は一日高松観光です。明日からは自転車で四国一周の旅に出ます。」
「あら〜、いいわねぇ。今日どこいくかは決めてるの?」
「いえ、何も考えてなくて行き当たりばったりですね。」
「自転車があるなら仏生山温泉ってところに行ってみるといいわ。建物が綺麗でお湯もいいわよ。」

旅先で声をかけてくれた地元民におすすめされたところというだけで行く価値がインフレを起こしている。
そして何より風呂のことなど考えていなかった我々としてはありがたい情報だった。調べてみると7,8kmのところに件の温泉はあるらしい。エスケープ君もちょうど高松に着いたと連絡があったので、道すがら合流しようということになった。
我々はご婦人に丁寧に礼を述べたのちその温泉へと車輪を転がした。

道中エスケープ君とコンビニで無事合流できた。
道に迷いながらもなんとか地図のさしている場所に辿り着いた。失礼ながらひどく退屈な住宅街の中に突如その建物が現れた。明らかに周りにある建物とは違う現代的な作りのまるで美術館か何かのような外観であった。中に入ってみると開放的な休憩所の畳の上で風呂上がりの人々が思い思いに寝転がってくつろいでいた。

そして脱衣所から一糸纏わぬ姿で風呂場に入った我々はただため息をついた。脱衣所から露天風呂、内湯のどちらにも行けるようになっている。内湯は上品な黒を基調とした空間になっており、人々が静かに身体を流している。露天風呂は庭園のような空間になっている。床が木材でできており、中心には楓の木が何本か植えられている。その木を囲むように檜風呂が三つほどある。柔らかい音を出しながら湯船にお湯が流れ込んでいる。身体を洗い浴槽に浸かる。ぬるめのとろとろのお湯がほてった体を優しく包み込んでゆく。
「はぁ、これが極楽浄土かぁ。」
「いや、極楽浄土ってのはこれよりもっとええところに違いない。」
「なんでそんなこと分かんねん?」
「やって、俺らはこの風呂上がって家に帰るけど、極楽浄土はいっぺん行ったら誰も帰ってけえへんやろ?」
どこかの落語で聞いたことがあるようなやり取りを楽しみつつ、結局2時間ほど話に花を咲かせていた。

初めてのネカフェ泊、ルイガノ君のアドバイス

高松の中心街まで戻ってきた。「ほんまにうどんしか食うてへんなぁ」と言いながらも晩ご飯もうどんを流し込み、今日の宿、ネカフェへ向かうことに。
ネカフェ泊経験者のルイガノ君が言う。
「コンビニか百均でもええけど耳栓こうといた方がええで。あとは目隠しもあってもええけど、これはタオルとかでも代用できるからどっちでもええわ。」
よくわからないがどちらも睡眠を快適にしてくれそうではあったので3人で耳栓を買ってネカフェに到着した。
中はよくみると汚れているが清掃はきちんとされており、思っていたよりは綺麗であった。"フラット"なる座席に通された。人1人くらいはなんとか寝れる。ドリンクが飲み放題でシャワーやランドリーなども付いているのだからブースの広さに文句は言えない。
何冊か漫画を読んだのち就寝しようとしたところでルイガノ君のアドバイスが正しかったことを理解した。
そこかしこから聞こえる様々なパターンのいびきのオーケストラを楽しむことができたのだった。耳栓が無ければまず寝れなかっただろう。

明日からは徳島まで走る予定である。天気予報によるとなかなかの雨が降るらしい。雨男は一体誰なのかと問いただしたかったが、私が当の犯人であることは全員が理解していた。

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