全ての始まりは四国一周:第一章・高松上陸
平凡な大学生の平凡な自己喪失
桜が咲く季節、世間は春の訪れに心躍り、新しいことが始まる予感でフワフワとした感覚に包まれていた中、私の身には絶望がまとわりついていた。
大学受験の詰め込み教育から突如解放され、何をしたらいいのか、そもそも何がしたいのかもわからないまま、何者かにならねばならないというぼんやりとした焦りから、謎のスタートアップ界隈の人間の集会に参加してみたり、受託開発をやっている小さなIT企業でインターンと称した雑用係をやったりとしていたが結局何かが身を結ぶことはなかった。そして冬に至極平凡な失恋を経験し、自分は一体何なのかという問いだけを残してただ惰眠と排泄を繰り返す言葉の理解できる猿となっていた。
暇と戯れるのにも飽き始めていた頃、私と同じく時間を持て余しすぎた高校時代の友人が彼には全く似合わない美しい白いルイガノに跨って我がボロアパートを訪ねてきた。
彼は私よりも三回りほど太く、中学高校時代は部活もせずに共にモンスターをハント(ゲームの話である)する毎日を送っていた仲であるので、スポーツの経験も私の知る限りない。そんな彼が珍しく自転車の楽しさについて私に力説してきたのである。
「これはな、クロスバイクっちゅうやつでめっちゃ速いねん。ママチャリとか比べもんにならん。今日も芦屋からここまで(約20km程度)余裕でこれてるからな。」
「はぁ、お前みたいなんでもそんなに走れるなら相当すごいチャリなんやなぁ」
「誰がデブやねん。いやでもチャリはほんまにすごいんよ。そんでな、これで四国一周とかやりたいんよ。お前も一緒にどうや?めっちゃ楽しそうやで。どうせ暇してんねやろ?な?」
「うっさいわw まぁでも確かにどうせ暇してるしええで、行こうやないか。そんでいくらすんねんそれ。」
「大体5万くらい。俺のは6万ちょいとか」
「たっかw まぁ自分でももうちょい調べてみるわ。」
「ほんまおもろいから、全然買う価値あるからな。ほんま、頼むで。」
確かに高いがまぁ買えなくはない金額であった。大学の前の自転車屋でもブリヂストンのクロスバイクが5万ちょっとで売っている。自分の誕生日が近かったこともあり、自分への誕生日プレゼントだと思おうと勢いでそのクロスバイクを買ってしまった。そして私の人生は走り出した。
はじめの100キロ
「これが鍵。サドルの高さは合ってるな。最初100キロくらい走ったら調子みるからもういっぺん持ってきてな。空気は多めに入れとくわ。」
やる気のなさそうな自転車のおっちゃんがその見た目からは想像もつかない手際の良さで私のバイクをセッティングしてくれた。
小学生の頃家から京都の嵐山まで木津川と桂川沿いに走って往復した距離が100キロちょっとだったか。あの当時の小さな自分としては大きな冒険だった。
「嵐山行くかぁ」と思い立ったが、大阪の石橋から嵐山までは往復80km程度。すでに太陽は一番高いところまで来ており、私の貧弱な足では今日は無理だと判断し、とりあえず梅田まで片道15km程度、往復30kmを走ることにした。
あまりにも楽しすぎた。景色がどんどん流れていく。エンジンではなく自分の力でこのスピードを出せていることにひたすら感動した。
あっという間に往復できてしまった。
次の日も朝から嵐山へ向けて出発した。我を忘れて走り続けた。国道171号線をひたすら京都に向けて走り続け、大山崎で桂川サイクリングロードに乗った。線路の橋の下をくぐるときに阪急電車がゴウゴウと頭の真上をかすめていく。菜の花が咲き乱れ、蝶が舞う。野球に向かう子どもたち。犬の散歩をする老人。川沿いの道はどこまでも続くかのように真っ直ぐ伸びていた。全てが美しく世界が私を祝福しているかのようだった。
嵐山に着いたとき、自分が自転車にハマったことを確信していた。
旅支度
それからというもの時間がある時はひたすら自転車に乗っていた。狂ったように乗っていた。目的地なんて何でもよかった。
そうして自転車を乗り回しながら、旅に必要なものを着実に集めていった。
「もう1人、旅の参加者集めといたで」
ルイガノ君と同じく、高校時代の友人がエスケープを買ったので誘ったところ乗ってきたらしい。
3人とも何故か白いバイクを買ったので謎の統一感が出ていた。
「それで、宿とかはどうすんねん。ってかそもそもどうやって四国まで行くねん」
「三宮からでっかい夜行フェリー出てるからそれ乗ればええわ。次の日には高松や。宿はネカフェでも泊まればええわ。なければカラオケとかでもええやん。」
「ネカフェって泊まれんの?ってか寝れんの?」
ネカフェ未経験の自分にとって、そこに泊まるという発想がなかった。オタクや家を失ったけど多少のお金がある人が行くところくらいの偏見にまみれたイメージがあったので少なからず抵抗があった。
「は?しらんの?めっちゃ快適やで。フラットルームとかにすれば余裕で寝れるで。それで一晩2000円くらいで済むし。」
ルイガノ君はどうやら宿泊経験があるらしい。何より使えるお金が限られている中でその金額はあまりにも魅力的であった。
そんなこんなである程度の計画は立った。あとは出発あるのみである。
風がチャリを運ぶ 海を遠く渡り
私はなんてことない涼しい顔をしていたがフェリーに乗るのは人生初である。少なくとも記憶にあるうちでは初めてである。しかも自転車で乗り入れるのだからテンションが大航海時代のスペイン顔負けのインフレを起こしていた。
夜8時、石橋を出発し三宮へ向けて走る。雨上がりで地面がまだ濡れていたせいか夜風が涼しく気持ち良い。芦屋川にかかる業平橋の上でルイガノ君と合流する。エスケープ君は所用があり、次の日の午後に合流することになっていた。
三宮に着いていざ目前にしたフェリーは思っていたより大きかった。ジャンボフェリーというだけのことはある。
フェリーには自転車をそのまま持ち込むと車と同じデッキに通され、自転車料金が取られる。そうでなければ輪行すれば手荷物扱いになるとのことだった。車のデッキにそのまま入る方が手間がかからず楽しそうだったのでそのまま持ち込むことにした。
しばらくは船内を探索するなどしていたが、出航後は暗い海の上である。さすがに飽きてそのまま就寝した。
あたりが少し騒がしくなってきて目が覚めた。どうやら小豆島に着くようである。我々の目的地はその先の高松ではあるが、もう日も登っているので甲板に出て潮風を浴びることにした。
「高松着いたら何するよ」
「うどん食って、うどん食った後にうどん食おか」
「血管にうどん流れてまうわ」
取り止めもない話をしている間に船は高松港に滑り込んで行った。
「う〜し、高松上陸ぅ〜!」
こうして四国のアスファルトを我々は踏みしめたのだった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?