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全ての始まりは四国一周:第八章・受難の日

チャリ旅で培われるのは執着を捨てる心

旅の予定を綿密に立てないことのメリットとしてはとにかく自由度が高いことである。どこでどう時間を使うかは自由である。その代わりにデメリットとして自分の期待通りにならないこともたくさん出てくる。それもひっくるめて楽しめるかどうかである。
この日は全てが上手くいかなかったと言っても過言ではない。しかしこの経験のおかげで不測の事態に対処する心構えの基礎のようなものが芽生え始めていることを意識できた。

夏なのに寒い

朝、うっすら目が覚める。朦朧とする意識の中、”寒い”という感覚がぼんやりとあったがそれがだんだん遠ざかっていきまた眠りに落ちかけた。
私の頭の中にもう1人の私がいて、そのもう1人の私が遠ざかっていく”寒い”という感覚を捕まえて私の前に持ってきた。
「起きろ。死にたいのか。」

身体の電源が一気に入った。目が覚める。脳が一気に動き出す。
サムイ、、、サムイ、、、寒い、寒い!寒い!さ!む!い!
身体を起こすとあたりは霧に包まれており、シュラフも含めて身体全体がびっちょりと濡れていた。顔に霜が降りていて雫が滴り落ちてきた。
「さっむ!え?なにこれ、さっむ!」
立ち上がって狂ったように身体を動かした。
「起きろ!おい、起きろ!」
横で寝ているエスケープ君とルイガノ君を叩き起こす。
「ん?え?なんやこれ、さっむ!」
よかった。2人とも死んでいなかった。
3人でブルブル震えながら近くのコンビニに駆け込んだ。
スープとパンとホットレモンなどとにかく温かいものを買い込んだ。
店員がなんでこんな真夏にこんなものを?という顔をしながら会計を済ませる。
すぐにお湯を注いでコンビニの駐車場で体内に暖気を流し込んだ。
「生き返る〜!!!」
まさか真夏にホットレモンを飲んで生き返る時が来るとは思わなかった。

どうやら朝の霧が体について体温を奪っていたようである。真夏でも野宿の際はテントを張った方が良いだろう。知ってる人からしたら常識かもしれないがついこの間アウトドアを始めたばかりの都会暮らしの人間にはそんなこと想像もつかなかった。
温かいものを飲み食いして動き回ってしばらくすると震えも止まり、寒いという感覚も和らいできた。道の駅に戻ってみると自転車や荷物にも霜が降りてしっとりと湿っていた。
「山の中怖すぎるやろ。」
「まさかこんなトラップあったとわなぁ。」

苦渋の決断

「ほな、ぼちぼちルートについて話し合おか」
ルイガノ君が神妙な面持ちで切り出す。
実は我々はある選択に迫られていた。
「足摺岬に行くのか行かないのか。行くとしたら二日間で200kmくらいプラスで走らなあかんくなる。」
「ここまで来たんやから行っときたいよなぁ。」
せっかくなので最南端足摺岬には行っておきたい。それは間違い無く全員そう思っていた。
しかし3人とも膝やら尻やらなにかしらを痛めていた。ボロボロの体を引きずって走っている状態である。
その状況で二日間、もちろん宿が取れる保証はない中で走るのかどうかと聞かれると現実的には無理だとも分かっていた。
「四万十川沿いに西に向かって走れば宇和島まで抜けれる。多少でかい街やしここまで行けばどこか屋根のあるところで寝れるはずや。」
ルイガノ君の言う通りである。
泣く泣く足摺岬を諦め宇和島を目指すことにした。
ここで足摺を諦めて宇和島を選択したことで、屋根の下で寝れることに対する期待値が上がり過ぎてしまっていたのが良く無かった。

モンストのログインボーナス、散る。

会議を終えた我々は気分を持ち直して清流四万十川を楽しむことにした。
「昼間の暑い時間とかに川入って遊ぼうぜ」
「最高のアイデアや」
エスケープ君が最高の提案をしてくれたことで楽しみが増えた。

四万十川沿いはゆるいアップダウンこそあるものの基本は平坦である。それでも連日のライドで溜まった疲れが私の膝を襲う。
「ごめん、ちょっとペース落として。やっぱ膝があかんわ。」
「おぉ、まじか、大丈夫け?」
「数キロ落としてもらえればなんとか大丈夫。」

どこかで休みたいなぁなんて思いながら膝と格闘していると道の駅の看板が見えた。
「あそこで休ましてくれい」

軽い食事と水分補給を済ませて膝のマッサージをしているとだいぶ楽になった。
この道の駅は川沿いに建てられていて、眺めがとても良い。蝉の鳴き声と川の流れるゴォーという音が響いている。
「ここで川遊びするにはちょっと流れが急すぎやな」
「もうちょい流れのゆるいところ探そう」

しばらく走ると握り拳くらいの大きさの石が転がっている浅い河原を見つけた。
「ちょうどええやん。」
「この石で川の水ちょっと弱めて水風呂作ろ」
上流側に石を少し積み上げ水の流れを弱め、ちょっとした即席露天風呂が完成した。
しばらく風呂に浸かって涼んでいた。

「せやせや、モンストのログインせな」
ルイガノ君はモンストにハマっており毎日欠かさずログインボーナスを受け取っていた。河原に置いてあったスマホを手に取った。
「あかんわ、高温注意みたいなエラー出て撮れへんわ。」
どうやら炎天下で置きっぱなんしにしたせいでスマホが熱を持ってしまったらしい。
「あ、ええこと思いついたわ!」
ルイガノ君がカバンからジップロックを取り出してきた。
「これにスマホ入れて川で冷やせばええやん。」
スマホを冷やすための小さな岩風呂を作り、そこにスマホを入れて封をしたジップロックを沈める。
「これで10分くらい冷やせば大丈夫やろ」
そして10分後。
「ぼちぼちええやろ。」
ルイガノ君がルンルンでジップロックを水から引き上げた。

ピュ〜〜〜〜〜〜

ジップロックの下の左右両端から勢いよく水が流れ出す。
ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
ルイガノ君の悲鳴が四万十川を囲む山々に反響して響き渡る。大いなる清流の流水音をかき消すほどの悲鳴を上げるや否や彼は急いで穴の空いたジップロックからスマホを取り出す。
時すでに遅し。完全に水没したスマホから無情にも大量の水が滴り落ちる。明らかに本体の中にまで水が入り込んでいた。
ルイガノ君の持つ文明の力は自然の力に負け、ただの文鎮と化した。
「自然を前にして人間なんてものは無力よ、、、ってか俺のログインボーナスが、、、あぁ、ログインボーナスがぁ、、、」

地獄の20km

「とりあえずティッシュ詰めた新しいジップロックにスマホ突っ込んどき」
「応急処置で乾燥させ、スマホ修理をやってくれるところがあったら持って行こ。な。」
完全に生命力を失った"ログインボーナス嘆き男"を引きずって我々はこの日の目的地、宇和島を目指した。
途中、宇和島には銭湯しかないことに気づき、日帰り入浴をさせてくれる宿のお風呂で汗を流した。どうせこの後また汗だくにあると分かっていてもやはり気持ちいいものだった。
「スマホ修理屋さんに、直ったらすぐにモンストのログインだけやってもらえへんかな」
ルイガノ君はもう心ここに在らずである。

しばらく山間部を走り、気持ちいい下り坂を降り切ったところで宇和島に到着した。太陽はもう沈みかかっており、あたりは薄暗くなり始めている頃だった。

牛の像やら蒸気機関車を眺めつつスマホ修理屋と寝床になりそうな場所を探す。修理屋は残念ながらない。この街の規模なのでそれは仕方ないと覚悟していた。
「スマホ修理は松山まで我慢しなあかんな。とりあえずそのままテイッシュ詰め替えて乾燥させときな。」
ルイガノ君をなだめつつ寝床にできそうなところを探す。
「ネカフェもなんもないけどカラオケあるわ。飯食ったら一旦ここ行こか。」
晩御飯を書き込んだ後、意気揚々とカラオケに入る。家の近所にもあるチェーンのカラオケ屋で終電を逃した友達とよくオールしたりもしていたので勝手知ったるカラオケであった。会員証を取り出しいつものように受付でプランを言う。
「深夜フリータイムで。」
店員から返ってきた言葉は思いがけないものだった。
「当店23:00で閉店となっておりフリータイムプランはございません。」
「一旦考えます。」

店を出た我々は頭を抱えた。すでに昼からイライラが溜まっているルイガノ君は店に向かってここでは文字にできないような言葉を並べ立てているが店に罪はない。
「えぇ〜、まじか〜、どうしよ〜」
エスケープ君はもはやこの状況を楽しんでいるようですらあった。急いで寝床を探す。
「20km先に道の駅あるわ。それ以外はなんもない。山も一つ越えなあかん。」
「行くしかないかぁ。ってか今日も野宿かよ〜」
「文句言っててもしゃーない。進むぞ。」

20km、また真っ暗な夜の山道を走った。
本当に今日はなにもうまく行かない。そして色々な不測の事態をもう楽しむしかない。なるようにしかならない。
無言で峠を越え、道の駅に着いた。

昨晩の道の駅はベンチがあってそこで寝ていたのだが、今回はそんなものもなくアスファルトの上で寝るしかなかった。
「こんなん絶対明日の朝身体バキバキなるやんけ〜、ってか寝れんのか?」
なんてぼやいていたが3人とも光の速さで寝落ちした。

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