全ての始まりは四国一周:第七章・台風一過
軽いノリのおすすめルートにご用心
「自転車で走るなら横浪黒潮ラインっていうのが景色綺麗でお勧めですよ〜」
ゲストハウスの主人がおすすめのルートを教えてくれた。台風が過ぎて青い空が広がっていた。この空の下、綺麗な景色というのはキラーワードだった。
「いいですね!その道走ってみます!」
宿を出発してまずは昨日できなかった観光の続きとして、桂浜の龍馬像の前で写真を撮り、砂浜の散歩を楽しんだ。龍馬が眺めた海を背に次なる目的地へと出発した。
この日は四万十川あたりまで走れればいいかという予定で、具体的にどこまでというのは決めていなかった。ちょうどいい大きさの街もなく、気軽に泊まれる宿はおそらくないだろうから野宿ということも覚悟していた。
高知を出てゲストハウスの主人に教えてもらった横浪黒潮ラインに向かった。
この時はまだまだ経験値が少なく無知だったのだが、〜ラインと名のつく道は大体恐ろしいほど登らされる。この横浪黒潮も例外ではなかった。
「無茶苦茶登るやんけ!どこまで行くねんこれ!はははは!」
エスケープ君が変なテンションになり始めた。ルイガノ君はとうの昔にいなくなっている。
工事箇所があり、誘導員が赤い棒を振っている。
「どうぞ〜お通りくださ〜い。上まであと3分の1くらいですよ〜、頑張ってくださ〜い。」
まだあとそんなに残ってるのかと軽い絶望を感じつつものんびり登った。
斜度もそれなりにあるのでルイガノ君は当分上がってこないだろう。
私とエスケープ君はなんとか峠と思われるところまで来た。左側には絵に描いたような澄んだ青い海が広がっている。右側の山の上では台風の運んできた雲がまだ少し残っていた。
私たちが待つことに飽きてきた頃にようやくルイガノ君がトボトボと歩きながら登ってきた。
「はぁ、はぁ、無理すぎ。なにこれ、ただの登山やん。聞いてへん聞いてへん。」
「景色は綺麗やで?」
「ほんまやな。全然見る余裕なかったわ。」
膝の激痛を湯で癒す
横浪黒潮ラインを通過する頃にはすでに私の膝が悲鳴を上げていた。しばらく走って私も悲鳴をあげた。
「あかんわ、左膝痛過ぎて動けんくなりそう!」
ルイガノ君が私の横で止まる。
「とりあえずもみほぐして、水で濡らしたタオルで冷やそうか」
この男は一体何者なのか。どこでそんな判断を冷静に下せるほどの知識と経験を得てきたのだろうかと心底感心した。
エスケープ君がタオルを水で濡らしてくれているうちに膝周辺をマッサージし、キンキンに冷えたタオルを巻きつけた。
「かなりマシになったわ。ありがとう!」
なんとか走り出せそうなのでゆっくりと進むことにした。しかしすでに太陽がかなり傾いている。どこまで走れるだろうかと一抹の不安を覚えるや否やまたしてもルイガノ君がナイスな発言をしてくれた。
「近くに日帰り温泉入れる宿があるからそこでお風呂入って休憩しよう。今日どこまで進むかもそこで考えよう。」
お釈迦様が来迎されているのかと思ったほどこの言葉には救われた。
程なくして(と言ってもかなり登った)宿に着いた。ここに泊まれれば良いのだが貧乏大学生には1000円もしない日帰り入浴料金を支払うのが限界だった。
建物に入るとなんとも良い香りがし、受付の好々爺がみずぼらしいボロボロで汗臭い旅人3人を快く迎えてくれた。
料金を支払い案内された大浴場へ向かう。雰囲気のある渡り廊下を通り脱衣所に着いた。
べちょべちょの服を脱ぎ捨て風呂場に入ると、窓ガラスの向こうで大いなる海が夕陽に照らされてキラキラと輝いていた。
身体を洗い露天風呂に浸かる。
「自転車旅と風呂って最高やなぁ」
「宿に金かけれんけど風呂くらいなら俺らでも出せるしな」
今後ともお風呂にはこだわっていこうなんて話を
しているうちに膝の痛みはだいぶ和らいでいた。
見えない激坂、気づけば終わり
お風呂から上がる頃にはすでにあたりは暗闇に包まれていた。休憩スペースでここからの作戦を考える。
「で、どこまで走ろ」
「膝はどないや?まだ走れそうか?」
「だいぶ痛みは無くなったし大丈夫そう」
多少の痛みはあるが走るのにそこまで大きな問題ではない程度にまで痛みは治っていた。
調べたところ少し先の山中に道の駅があった。
「この道の駅の駐車場の端とかで寝かせてもらおうか。」
「でもここまで行くの、山越えなあかんくない?」
「まぁのんびり行けばええやろ」
呑気なことを言っているが我々が越えようとしているのはいるのは七子峠と言う屈指の難所であった。そんなところとはつゆ知らず、我々は歌など歌いながら3人仲良く地獄に飛び込んでいったのだった。
「待って待って、めちゃくちゃ登りまくるやん。どこまであんねんこれ。今日どんだけ登んねん!」
エスケープ君と2人で愚痴りあう。ルイガノ君はすでに静かだがついては来ていた。
「離れんように、ルイガノ先いけ!」
ルイガノ君を先頭に後ろを守る形で登った。
街灯などの明かりがなにもない完全な闇の中を3人のしょぼいフロントライトとリアライトの光だけで進んでいく。
「いっぺんライト消してみようぜ」
3人同時にライトを消した。本当になにも見えなくなった。
「あかんあかん、さすがに無理やこれ」
電気をつけるとさっきまでいたはずのルイガノ君がいない。
「は?あいつどこ行ってん?おらんねんけど」
よく見ると先に走らせていたはずのルイガノ君が後ろの方にちぎれていた。
「いや、もうしんどいって」
「大丈夫大丈夫、なんとかなる。固まって進もう!」
ゆっくりゆっくり3人で登る。車通りも殆どない。ひたすら淡々と坂を登り続ける。ペダルの重さから坂を登っていることを認識できているだけでどの程度の坂でどこまで続いてそうかなど皆目見当もつかない。文字通り暗中模索である。それでも3台の自転車でくっついて走っていると幾分かは楽だった。1人では心が折れていただろう。というか1人の時にこんな時間にこんなところには来ない。
見上げると星空が綺麗だったなんてクサいことも言いたいが残念ながら上を見る余裕など無かった。
その時は突然訪れた。
”七子峠”
フロントライトに照らされた標識が見えた。この時我々はようやくとんでもないところにいたことを認識した。さすがに峠と書かれた標識のあるところはやばいとここまでのライドで知っていた。
2回目の星空宿泊
そこからは下りが続き、目標にしていた道の駅に到着した。駐車場はかなり広い。我々の他に人はいない。すでに夜中なので当然だろう。
この旅で2回目の野宿である。すでに高知のゲストハウスの布団が恋しい。
蚊取り線香を焚き、各々の寝床を整える。
「すぐ近くにコンビニあるから朝飯はそこで食べよう。朝はまぁ一旦6時くらいに目覚ましセットしとくわ。」
ルイガノ君は相変わらず用意周到である。
しかし翌日の朝はそんな目覚ましに頼るまでもなく起きざるを得ない状況になった。
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