子どもの頃に読んだ本 『明日への追跡』
私は、『百億の昼と千億の夜』等で有名な、光瀬龍、というSF作家が好きなのだが、この作品は光瀬龍が書いたSFジュブナイル。ジュブナイルではもっとも好きな作品の一つでもある。まず、『明日への追跡』というタイトルが良い。これだけで興味を惹かれる。
初出は、旺文社『中1時代』の1972年10月号~1973年3月号までと、『中2時代』1973年4月号~7月号までの全10回。
あらすじは、
汐見が丘中学1年生、落合基のクラスに一人の転校生が転入してきた。とりたてて変わったことの無い転校生、竹下清治だったが、彼が転向して来てから、基のクラスメートで友人の五郎が事故で死に、同じく学級委員だった北島は自殺してしまった。二人の死に不審なものを感じた基は、二人の死の謎を解こうと行動する。
と言った感じ。今では、子供向けで中学生が死亡するなんて話は書かれることはまず無いだろうが、当時は特に問題にはなっていなかった。ドラマのほうでは、そこは修正されてはいる。
NHKの『少年ドラマシリーズ』でドラマ化され、光瀬龍のジュブナイルでも、人気の高い、というか、知名度の高い作品でもある。
『少年ドラマシリーズ』というのは、1970年代から1980年代前半にかけてNHKで放映されていた、十代向けのドラマで、通常の現代ドラマもあれば、ミステリーやジュブナイルSFもあり、というわりと雑多な内容のシリーズだった。
『少年ドラマシリーズ』での『明日への追跡』は、1976年5月10日~5月27日の全12回。落合基(沢村正一)、竹下清治(長谷川諭)、椿芙由子(斉藤友子)、浦川礼子(森田あけみ)というキャスト。中学生設定だが、どう見ても登場人物は高校生以上にしか見えなかった。実際そういう世代が演じてもいた。
このドラマは、原作を読むより前に見ていて、たしか再放送もされていたはずで、私はそちらの方を見て覚えていたんだろうと思う。小説の方を見かけたときに、このドラマを思い出したのも読むきっかけだったような記憶がある。今と違って、録画機器なども高価で一般家庭で持っている人も少ない時代、テレビ番組は見逃すと再放送くらいしか視聴する術はなかった。ドラマの方がうろ覚えだったので、どんな話だったか確認したくなったこともあると思う。
私が読んだのは、鶴書房のSFベストセラーズ版で、1977年2月20日初版のもの。それより前に角川文庫から、1976年4月30日に出版されている。帯にNHK少年ドラマシリーズ原作の文字とドラマの1シーンの入ったものもあったようだ。これ以前に、すばる書房から、SFバックス『明日への追跡』として1974年12月20日に出版されているのが最初のようだ。3冊とも、あとがきも全く同じ、挿絵も中山正美で同じだ。角川文庫版は、挿絵が書き換えられている。鶴書房版とすばる書房版は、表紙などが違う他は、目次、挿絵、登場人物紹介まで、全く同じだ。
光瀬龍の他のSFジュブナイルと違い、街が破壊されたり、天変地異が起こったりということもなく、学校と、クラスメートの間での、身近な場所で物語が展開していく。
舞台になるのは神奈川県で、後半は鎌倉の、七里ヶ浜、稲村ヶ崎と、実際の地名が出てくる。光瀬龍の作品は作者自身に馴染みのある土地を舞台にすることが多かったようだ。
犯人探しや謎解き、主人公、落合基と、クラスメートの椿芙由子との会話や、やり取りなど、ジュブナイルものの面白さにあふれている。読んだとき、私は中学3年生だったのだが、物語の設定上、2学年下の中学1年生の登場人物たちは、妙に大人びているように感じた。ドラマを見た影響かもしれない。
浦川礼子に竹下清治といった、怪しげな人物が、”SFミステリー”と形容される作品の雰囲気を盛り上げている。私には、後半の寒い浜辺で展開する物語を、寒い冬の深夜に読んだこともあってか、その場にいるかのような、臨場感すら感じたくらいだった。
この本の『あとがきにかえて』で、著者の語る不思議な話は、本編の作品以上に印象に残っているかもしれない。私は、これが著者の実体験なのか、想像力を働かせた物語なのか、最初に読んだときも、今も、判断に迷うところだ。
光瀬龍の『火星兵団を撃滅せよ』という短編集に、『遠い警報』という作品があるが、『明日への追跡』の『あとがきにかえて』の話を含め、詳しく語られ、後日譚と言うようなものも語られていて、いよいよミステリアスな話となっている。興味のある方は、読んでみるのも面白いかもしれない。
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