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子供の頃に読んだ本 『貝の科学』

 『貝の科学』は、牧書店というところから出ていた、少年少女教養文庫、というシリーズの中の一冊。著者は、阿部のぼる(1907年6月10日生~1980年4月22日没)という動物学者で、同じシリーズで同じ著者の『わたしの野生動物記』と共に、小学生の頃には何度か借りて読んだ本だ。1965年に出版されたようで、私が読んだのはその十年後くらいだ。
 科学、とあるように、海辺の貝の観察記、というもので、戦前の話が多く書かれているのは、今となっては時代を感じるところだろう。私が読んだのも半世紀は前だ。
 このエッセイを書く前に、現状この本がどうなっているか調べたら、牧書店という出版社はすでに倒産していた。もうちょっと調べると、アリス館という出版社に吸収されて、アリス館牧書店となっていたようだ。それが1970年頃、というのだから、私が『貝の科学』を読んでいた頃には既に出版社は倒産していたことになる。
 意外な事実、と言う感じだが、どちらにしろ、もう『貝の科学』という本はどこからも出版されてはいない。

 私は、今でも小学校のクラスには一人くらいはいるだろう虫好きな少年でもあった。『ファーブル昆虫記』も愛読書で、あかね書房版のものを図書館で借りて読むだけには飽き足らず、一冊づつ買い求めて、全巻揃えていた。
 そうした昆虫だけでなく、生物の観察記録、というような本は図書館で借りまくっていた。小学校を卒業するまでには図書館にあったその分野の本はあらかた読んだのでないかと思う。そのなかの一冊が、『貝の科学』で、あまり意識したこともなかった、貝という生き物の観察記録だった。

 著者は、東北大学(特に書かれてはいないが、戦前の話なので帝国大学時代)の生物学の卒業論文の研究対象としてカモガイという貝を選び、大学の研究所があった、青森県の浅虫、というところでカモガイの観察を始める。カモガイは岩場に張り付いている笠のような殻をもった貝で、カサガイとも呼ばれていたようだ。
 この貝は何時も水面より上の岩場に張り付いているだけで、ちっとも動かないようだが、どのように活動して食事をしたりするのか、ということを調べていく。
 どういうときに活動するのか、島に小屋を建てて観察を始めるが、まったく動かない。嵐が来て海が荒れた日に観察すると、大波が岩に打ち付けるような天候になって、岩場が濡れてから、著者はようやく動き回る貝を目にすることができた。

 この本には、貝の年齢(貝殻の縞模様で判別できる)による分布などの表や、貝に番号を付けそれを元にどの場所の貝がどれだけ動いたのか、というデータも取られている。
 貝がいつ動いてどう食事をとるのか、観察・調査し、データを集め、それを分析し、仮説をたてる。想定していた事とは違う事象があれば、仮説を訂正、調査からやり直す。それを繰り返して、確固とした結論に至る、という、科学的な手法とでもいうものが展開される。
 私はそれを意識していた訳ではないがこの本を読んで学んでいたことになる。
 こんな考え方を、小学生の頃に本で読んだことが、今仕事でやっていることに生きているのだろう。コンピュータのシステムの不具合が起きた時とかの調査方法とやっていることは一緒だ。
 図書の日本十進分類法の400自然科学というコードがついた本ばかり小学校の低学年から読みまくったことが、大人になって仕事として役に立っているのかもしれないと思うと、何が幸いするかわからないものだ。

 この後、著者はナマズと見た目が似ているゴンズイという魚が、ナマズと同じように地震に反応するのか、という変わった研究をしたり(これは上手くは行かなかったようだ)、その時に、ウミニナという巻貝の観察も別で行なったりしている。
 後半では、戦前の日本が国際連盟からの信託統治領として委託された、パラオに赴いて、そこでも貝の観察をしている。目的はサンゴの研究だったが、マングローブに住む、ウズラタマキビという巻貝の観察を行なっていて、こちらがこの本には詳しく載っている。

 私はこの本がとても面白かった。こういう自然科学の本というのは、自然の謎を説くミステリーのように読んでいたものだった。
 私がこの本をとても面白いというものだから、借りて読んだ友人がいたが、何が面白いのか全く分からない、と言われた。興味というのは、人によって異なるものではあるが、そういうことがあるというのも知った本でもある。

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