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ショートショート『傷心度』

私は突然のめまいによろめき、腕にまいている機器をみた。『傷心度・六十五度』。とても危険な数値だった。 

どこかのネットで読んだこの機器の開発秘話によると、当時、環境ホルモンやストレスが加速している社会のせいなのか、過去の時代からみれば、理解できないほどに人々は心身ともに軟弱になっており、自殺する人が急激に増え、日常の生活をふつうに営むことすら困難になっていたという。

そこで政府と某大手メ-カ-が腕時計に、人の感情を数値で表示するAI登載の機器を開発し、すべての国民に対し、この機器を携帯することを義務づけたという内容だった。 

傷心度、恐怖度、立腹度。そして充足度などが表示され、危険な数値が表示されたときには、たとえどんなに大切な仕事や行為をしているときでも、あらゆる行為を中断して気分転換をしなければならない。 

麻衣と喧嘩になり、しばらく会わなくなってから、機器の傷心度の数値が急激に上昇していたが、そのうえその日は仕事でたび重なるトラブルにまきこまれ、心身ともに疲れ果てていた。 

機器の警報アラ-ムが鳴りやまず、上司から早退を申しつけられ、自宅に帰るところだった。

車を運転しながら、私の恋人である風子の携帯になんども電話をかけたが、でることはなかった。ほんのきまぐれで、スナックで知りあった女の子とデ-トしているところを麻衣にみられてしまった。彼女はすっかり腹をたてて、携帯電話に表示された私の電話番号をみても無視をしているのだろう。 

信号機が赤になり私は車をとめた。そのすぐ近くの道路わきに二台の車がとまっている。どうやら事故でもおこしたらしい。ス-ツを着た五十代くらいの男が、赤茶けた髪をした青年にむかい、顔を真っ赤にして怒っている。

たぶん、立腹度は六十をこえているだろうが、なんら身体に異常はないようだ。最近は、若い人よりも老人のほうが元気だ。環境から摂取される毒素も少なく、今よりも肉体を使うことが多い時代に生きていられたからだろう。
 
私はボタンを押し、外の様子が聞けるマイクロホンを作動させた。

「おじさん。あんまり怒って、六十度をこえると、精神バランスをくずしてしまって、心筋梗塞になることもあるんだろ」

「なにが六十度だ。数字、数字、数字。おまえらみんな数字ばかりをみてものを言う。ふざけるな! 俺は数字なんか信用してない。よそ見運転でぶつかっておいて、おわびの一言もいえんのか!」 

信号が青になり、私は再び車を走らせた。 

男の言うことにも共感することがある。最新の機器では愛情度も確かめられるという。 
街を歩いていると、恋人どうしがたがいの機器をみながら、あっ、私の思いは八十度よ。俺は七十度だな、などとやっている。

私と麻衣はそんな風潮を嘆いていた。 
数字をみて判断されるのは今にはじまったことではない。 

視聴率、出版数、首相の支持率と、すべては数字で物事は決定されてきた。

しかし、本当のところはどうなのだろう。数字にはあらわれないものもあるのではないかと思うこともある。ではなにをものさしとしてみるのかと尋ねられれば、やはり数字だと答えるしかないのが口惜しい。 

麻衣に会えなくなってから、彼女が私にとってかけがえのない人だということにようやく気づいた。麻衣の言葉のひとつひとつ、しぐさやさりげない行為がいつも私を感動させてくれた。私が今日まで生きてこれたのは麻衣のおかげだと思っている。 

自宅にひきこもり、ただひたすら麻衣からの電話を待ち続けた。いつもなら好きなYouTubeでもみて気分転換するところだが、苦しむことがせめてもの罪滅ぼしだと思い、ただ麻衣のことだけを考えた。

傷心度は七十度をこえた。悪寒がはしり、咳きこみ、体もだるい。どうやら風邪をひいてしまったらしいが薬などは飲まない。時計の針がすすむたびに私の傷心度は高まるがそれでいい。私は罰をうけなければならない。なにやら目の前もかすんできた。 

麻衣……、許してくれ! 私はベットに横たわり目を閉じた。そのときスマホの呼び出し音が鳴り、ふるえる手でスマホをつかみ、ゆっくりと耳にあてた。

「私、久しぶりね……。今度だけは許してあげる。私ね、愛情度を確かめられる機器に替えて、あなたへの思いをみてたら、ずっと高い数字だったんだ」 

麻衣まで愛情を、数字で確認するなんて……。 

私も実は新しい機器に替えていた。腕の機器に目をやると、麻衣への愛情度が急降下していくのがみえた。

               (fin)

トップ画像のクリエイターさまは、シンヤのライフ・イズ・チャンプルーさまです。ありがとうございます。

私のオリジナル曲『君が大好きだ』


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