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ショートショート『バトンタッチ』
私は彼の頬を思いっきり平手打ちをした。彼は驚いたような顔でみているが、そんなあられもない姿であらわれるなんて、絶対に許せない。
「どうしたんだよ歩美。おれがなにをしたっていうんだよ」
「なによ、この恥知らず。その女誰なのよ!」
「なんだって? 女なんかどこにもいないじゃないか!」
「あなたの腰にぶらさがっているその女のことよ!」
彼はしばらく自分の体をながめまわしていたが、「熱でもあるんじゃないか? だいいち、いくらおれの家だといっても、そんな女を腰にぶらさげてでてくると思うかい?」と、情けなさそうに言う。
たしかに言われてみればそうだ。落ちついてよくみると、二十歳くらいの女の姿が透けてみえる。どうやらこの世のものではないようだ。うす汚れた浴衣を着て、髪はざんばらで目もつりあがっている。どうやら突然霊の姿をみることができるようになったらしい。
いやまてよ、昨日、恐山のイタコを雑誌の記事を書くために取材したさいに、ひとりの老婆が、「バトンタッチ」とか言って私の手のひらを叩いたわよね。まさか! いや、きっとそうなんだ。
私はためしにバトンタッチと言いながら彼の手にふれた。やはり女の姿がみえなくなった。
「うわぁっ! 歩美の頭におばあさんが乗っかってるぞぉ!」
私は再び彼の手にバトンタッチして、なにもいわずに荒々しく彼の家の玄関のドアを閉め、きびすを返し、車に逃げ込んだ。どうにも震えがとまらない。
思い出してみると、ここにくるまでに不可思議な光景が視界にはいってきていた。夜でもないのに、千鳥足でふらふらと歩いている人たちがそこらじゅうにいたし、道路のわきにうずくまっている人たちもおおぜいいた。もしかするとその者たちも亡霊だったのかもしれない。
取材のときに聞いた話では、霊能者というものはとても苛酷なものらしい。だからその力を私にバトンタッチしたのかもしれない。
私は誰かほかの人にバトンタッチしなくてはならないと思った。だけどいったい誰にしたらいいのだろう。身内や友人にはできない。かといって知らない人にそうそうバトンタッチできはしない。
それから一ヵ月、盛り塩やら厄よけの御札をはりまくり、なるべく外出をせずに家に閉じこもり、イタコを取材したルポやほかの原稿を書いていた。このときほどフリーライタ-という仕事を選んでよかったと思ったことはない。ふだんはネタ捜しだけで疲れてしまう。徹夜をして書いてもボツになることもあり、肌や心も荒れてゆく。
今はそれらに加えてとんでもないストレスが私を責めつけている。脳裏によこぎる言葉は、バトンタッチ、バトンタッチ、バトンタッチばかりだ。そんなある日突然ひらめいた。ああそうだ。つぎにバトンを手渡すことばかり考えていたけど、バトンタッチしてきた相手に返してやればいいのだと。
私はふたたび青森県の恐山にでかけた。その山には無数の亡霊らしき者たちがたむろしている。私は取材したトラさんの名前をだして捜しまわり、ようやくトラさんの居場所をみつけた。トラさんは取材した日に亡くなって、今はお墓にはいっていた。
お墓のまわりには陰気な顔立ちをした、無数の亡霊らしき者たちがとりまいている。
「トラさん、バトンタッチさせて……」
私は祈りをこめてトラさんの墓をなでながらつぶやいた。すると、ようやくまわりの亡霊らしき者たちの姿がみえなくなった。
(fin)
星谷光洋MUSIC Ω『君が好きだから』オリジナルソング
トップ画像のクリエイターさんは『詩』さんです。
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