自主規制の果て
ショートショート『自主規制の果て』
※トップ動画は『ぶるすか』さんの作品です。ありがとうございます。
自主規制の果て
×××××××××それは×××××××××××××だから××××××××して×
×××。
××××ああ××××××××いられた。
×××××もしも××××××××××。
「×××××××××だ」と×××××××××いつか××××××そうだ××××××
××××××××そうだ××××××××。
犬××××××××××××猫×××××××七十××××××ペ××××お×ん×××××! ××? ×××××××いいえ××××××××××××××××××だ。
「限りなく透明なホワイト」
村村 スル 著作
一九七一年 作品抜粋
二×××年 評論雑誌掲載
(了)
映画やドラマ、小説、CMもクレーム、ご意見が多数来るそうです。
手塚治虫さんも人種差別的な表現がある、一部の病気の表現に対してご意見があり、記者会見をしています。
CMは指摘されたところを修正して放映しています。
小説でも自主規制が厳しくなり、筒井康隆さんは一時、断筆宣言をして、作家活動を休止しています。
ずいぶんと昔に、「アシュラ」という漫画の残酷描写が社会問題にもなって、その漫画が掲載されていた漫画雑誌が発売停止になって、書店に並ばなかったそうです。
永井豪さんの超名作の「デビルマン」も救いようがないほど残酷でバッドエンドな終わり方ですが、私は今も大好きな作品です。私の場合は掲載終了後、しばらくしてからコミックスを購入しての読者です。わずか五巻完結で、今も装いを新たにしたデビルマン系列の漫画はつぎからつぎへとでていますが、最初の衝撃とおもしろさにはとうてい及びません。
今は長期連載の漫画が多いですが、人気があっても十巻くらいのほうが新鮮で衝撃的な印象を残して、後々まで名作だと人々の記憶に残るような気がします。
私が本名で応募していた頃の物語も、編集者さんから差別表現があるのでと修正されて雑誌に掲載されました。あの頃も今もほとんど無名の私ですら、規制に関する経験をしています。
それで冗談半分で書いたものが、「自主規制の果て」です。読むというよりはみる物語?です。これが編集者さんや身内にも好評で、私は、はあ? これがいいの? という感じでした。文庫本に収録されていますが、書店にはすでに並んでいません。
映画やドラマ、小説や漫画に対して、規制が厳しくなると、おもしろいものをつくるのが難しくなるような気がします。傷つく人の気持ちも大事にしないといけませんが。
人それぞれ好みがあり、それぞれに感じ方、考え方が異なるので、すべての人たちから高い評価をされる、愛される、共感されることはありえないと思います。高名な評論家さんたちも、おなじ作品をまるで異なる評価をされています。
人間関係もまたしかりです。誰からもわかってもらえる、評価される、愛されるとは思わない方がよいと思います。誰とでも仲良くできたらいいのですが、それは叶わないことだと思います。
そうしたことを踏まえて、もう少し、この世界が寛容な社会になってくれたら、おたがいの個性、考え、想いを受け入れられる世界になっていけたら、もっと生きやすくなるのではないかと考えています。
たびたび書いてきたことですが、そのためにも自身の考えは人に押しつけてはいけないと思います。宗教的な教えならなおさらだと思います。原初の宗教はみな清貧で、仏教では釈尊も家をまわって食べ物などをいただく、「托鉢」をしていたのですが、釈尊が未来をみすえて話していたとされるお話として、釈尊が入滅のあと、正法の時代、仏像を祀るようになる像法の時代、その後は現在の末法の時代に入り、釈尊の教えだけが残り、修行も悟りも得られなくなるとされているからなのでしょうか。
(了)
日本生命のCM動画。わずかなショート動画なのに感動します。泣けてきます。
私が二十代の頃に亡くなった、いつも明るく元気だった母のことを思い出すからかな。
なにがあっても死んだらだめ。悲しむ人がいるから。