【一粒の思考】世界平和のためにスポーツができること

私は政治の専門家ではないし、軍事の専門家でもありません。外交の専門家でもありません。なんだったら「スポーツ」の専門家でもありません。ただ、「スポーツ」を通じた「外交」の現場にいる、国際競技団体と、国内競技団体、日本オリンピック委員会(JOC)に身を置く者です。国際競技団体では専門委員会の委員を務め、国内競技団体では国際委員長、JOCでは国際委員です。

ロシア軍がウクライナに侵攻したことに、強い憤りを感じています。スポーツを通じて、ロシアにもウクライナにも友人がいる日本のアスリートはたくさんいるはずです。私と同様、彼らの安否を心配し、憤りと悲しみを感じていることと思います。

そんな私がいま感じていることを、読んでいただければ幸いです。

⛵スポーツ界による制裁

ロシアによるウクライナ侵攻が始まって以来、世界中のスポーツ界は、ロシアとベラルーシに対する非難を決議したり、制裁を発動しました。制裁の多くは、ロシアとベラルーシのアスリートたちを、国際競技大会から排除して出場を認めないというものです。

日本オリンピック委員会(JOC)は、まだ具体的なアクションはしていませんが、近いうちに関係各所からの意見をとりまとめて、JOCとしてのメッセージを発出すると表明しました。

日本オリンピック委員会は、ロシアとウクライナの双方のNOC(国内オリンピック委員会)とパートナーシップ協定を締結しており、ロシアとの協定を破棄するのかどうかも問われます。上記のニュース記事中、最後の部分の「ロシアとの協定を破棄するなどJOCとしてのアクションはあるか」という質問をしたのは私です。

世界のスポーツ界は、「ロシアとベラルーシを国際スポーツのあらゆる場面から排除する」という潮流です。2024年開催のパリ五輪からロシアを除外するという案も浮上しています。

先日閉幕した北京パラリンピックでは、当初、ロシアとベラルーシの選手は国旗を背負わない中立的な立場での出場が認められましたが、すぐに出場禁止に変更されました。

⛵戦争を止めるために必要なこと

しかし、ここで立ち止まって考えてみたいのです。スポーツ界が、政治や経済の「制裁」や「排除」に加担する理由はなんでしょうか。

私たちの究極的な目標は、「平和」です。「平和」のために、目的に適ったアクションをとるべきであると思います。

今、目前の平和とは、「侵攻の停止」や、「ウクライナからの撤退」、「停戦」であり、それを決断できるのは、世界中でただ一人、プーチン大統領だけでしょう。

彼に「戦争をやめさせよう」と決断させるのに、スポーツ界の制裁は寄与できるでしょうか。私は、短期的にはほとんど効果がないと思います。経済制裁のほうがよほど効果的です。

プーチン大統領は、「スポーツの国際大会に出場できないのは困ったな。」などと頭を抱えているでしょうか。ぜんぜん想像できません。

政治の指導者に「戦争をやめさせよう」と決断をさせることができるとしたら、「平和を叫ぶ世論」でしかないと思います。彼の足元で、ロシアの国民たちから平和を叫ぶ声が大きくなる必要があります。政治家は、選挙に選ばれており、選挙民の声(世論)が重要なのは言うまでもありません。

では、ロシアで「平和を叫ぶ世論」を大きくするために、スポーツ界の制裁は寄与するでしょうか。ロシアで、「私たちがスポーツをできるように、戦争をやめよう。」という声をあげられるでしょうか。

戦時下で、スポーツをすることを考えてみてください。きっと、コロナ禍で私たちが感じたことと同じです。「スポーツは、不要不急のもの」と言われるのです。「戦争よりも、スポーツを」という声は、あげられるはずもありません。戦時下のスポーツは、不謹慎と見なされます。

いま、ロシアでできるとしたら(いや、それさえも言論弾圧によって非常に難しい状況ではありますが)、「平和を叫ぶ声」をあげることだけです。「スポーツをさせろ」ではありません。「全ての人に平和を」です。

⛵ロシアのアスリートたちに支援を

アスリートたちは、オリンピズムを通して、平和の尊さを語れる人です。世界中に競い合う仲間がいる、国際友好を肌で知る人です。そして、その国の社会で、発信力のある人です。

私たちができることは、そういうロシアのアスリートを支援することです。安心してスポーツができるように、平和を願う声をあげようとするロシアのアスリートを支援することです。世界中が、そういう声を称賛し、支持することです。ロシアのアスリートたちが、平和を叫ぼうとするとき、彼らを支え、勇気づけ、守ることが大切です。

日本と韓国は、政治的に緊張関係が時々ありながらも、スポーツや文化などの民間レベルでは友好的な交流を続けています。日本と中国の関係も同じです。政治レベルと民間レベルは切り離し、交流のチャネルを複雑化し、多方面から働きかけることが有効であると、私たちは何十年の外交経験から知っているはずです。ロシアに対する国際社会の向き合い方も同じです。

平和を叫ぶ声をあげようとするロシアのアスリートを支援しようとするなら、ロシアのアスリートたちの国際大会の出場や資格停止は、彼らを孤立させるだけです。孤立化したら、平和を叫びたい彼らを守る人はおらず、声をあげられなくなります。

いま必要なのは、ロシアのアスリートたちを国際大会に招待し、試合の傍らで平和の尊さを共に語り合い、平和の価値を本国に持って帰ってもらうことです。そして、できれば、彼らの発信力を使って平和の価値を喧伝し、ロシアの世論を変えていってほしいのです。

ロシアのアスリートを排除することから、平和は生まれません。

むしろ、平和を叫ぶロシアのアスリートたちを、国際社会が一致団結して守るべきだと思います。

IOCもJOCも、ロシアのアスリートたちと対話するべきです。

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