vs,SJK:vs,ブロブ Round.1
夕焼けが茜に染める下校道。
すっかり遅くなったボク以外に往来の姿は無い。
その帰路で、彼女は待っていた。
粛々とした佇まいで。
メイド少女だ。
髪を項で一房に纏め、もみあげだけ長髪のように伸ばしている。柔らかな頬線の顔立ちには、クリッとした目とチョコンとした小鼻が愛らしい。
しかしながら、同時に貞淑そうな品格も内包していた。
チラ見に窺う胸は……Eカップあるな。チクショー。
スカートを軽く摘まみ上げ、彼女は微笑み訊ねてくる。
「御初に御目に掛かります。貴女が〝日向マドカ〟様ですわよね?」
「違います」
簡潔に答えて横を素通り。
直感で悟ったけれど、たぶん〈ベガ〉だ。
夕飯支度の誘惑が香り漂う住宅街で〝メイドさん〟がボクを待っているなんて不自然すぎる。そもそも、この辺にメイドカフェなんて無いし。
メイド少女は暫し黙考に佇んで……足早にボクの隣へと並び歩く。
「あのう? 日向マドカ様ですわよね?」
「いいえ、違います」
ツカツカと歩くスピードを上げた。
引き離されないように横歩きするメイドさん。
「日向マドカ様ですわよね?」
思ったより頑張り屋さんだった。
う~ん、ダメだな。
この流れ、エンドレスだ。
あ、そだ!
「ボクは〝ソノム・ネクレー〟言いマ~ス! ウーソン王国から来た留学生デ~ス!」
「え? 人違い……でしたか?」
顎に人差し指を添え、釈然としない様子で小首を傾げていた。
こうしてボクは無事に帰路へとついたとさ。
「──ってな事が、さっきあってね? ゲラゲラゲラ♪ 」
「アホかーーッ!」
ジュンの卓上メニューハリセンが脳天に炸裂した!
店内に響く軽薄な破裂音!
「何で〈ベガ〉を無視して、マドナ来てるのよ!」
「だって、ボクにメリットないじゃんさ? ようやく解放された放課後タイムだっていうのに」
「……あなた、使命感とか無いの?」
苦虫顔で詰め寄るジュン。
「だって、シノブンの襲撃以降、頻繁に〈ベガ〉が襲ってくるじゃん! そのせいで平穏な日常を奪われてさ! 正直、ウンザリだよ!」
「まあ、気持ちは分からなくもないけど」
軽い同情を浮かべつつ、ジュンが座り直す。
そう。
例の一件以降、コンスタンスに〈ベガ〉が襲撃してくるようになった。主にボクのフリータイムを狙って。
さっきの〈メイドベガ〉も、その一端。
幸い撃退には成功している。現状、戦績は無敗だ。
ボク自身が能力慣れしてきた事もあるけれど、ジュンやクルロリのサポート指示が得られている点も勝因には大きい。
「おかげで勉強にも身が入らないし、この間の小テストも散々……モグモグ」
「それ、本当に〈ベガ〉のせい?」
「だって、勉強する気が起きないのも〈ベガ〉のせいだもん!」
「責任転嫁甚だしい!」
あ、同情が失せた。
アイスミルクティーで気持ちを鎮め、彼女は話題を変える。
「で、クルロリは? 相変わらずコンタクト無い?」
「モグモグ……無いよ。ジュンだって無いでしょ?」
「うん」
クルロリが現れるのは、決まって〈ベガ〉との戦闘時だけ。それ以外では雲隠れだ。
同じ〝煌女生徒〟だから日常的に会えるかと思いきや、どうやらアレは潜入カモフラだったらしい。つまり、そんな生徒は存在すらしていない。
「結局、たいした情報も明かされていないのよね。口が固いというか、秘事が多いというか」
「モグモグ……そだねー」
「もぐもぐタイムは、もういい!」
これまでに提示された情報は、実に最低限程度のものだけだ。
後日に詳細説明があると思っていただけに、期待は空回りで終わった。
だって、会えてないもん。
サポート兼現場指揮にだけ現れて、それが済むとドロンしちゃうし。
故に、そのまま現状へと至る。
「何か裏があるのかしらね。私達に知られたくない〝何か〟が……」
「モグモグ……情報を整理すると、ボクは〈アートル〉とかいう種族の〈ベガ〉なんだよね?」
「ええ、遠い昔に絶滅したらしいけれど。金星の超高温環境に適応すべく、珪素進化に特化した金属生命体らしいわね。金星の表面温度は約四七〇度だから、到底、炭素生命体では生存不可能。そのため、珪素進化を選択した種族みたい。ただし、あなたの〈エムセル〉は、人為的に造られた新種細胞みたいだけど」
「ふぇ? どゆ事?」
「そもそも金星環境に生存特化した〈アートル〉は〝炭素生命体〟へと変身する必要が無いもの」
「じゃあ……クルロリ製?」
「おそらくね」
「それってば超レア?」
「まあ、そうも言えるわね」
「いまだけ貰える!」
「……何でソーシャルゲームのCMか」冷ややかに流された。「で、クルロリの説明によると、鋼質化現象のプロセス根源は〈エムセル〉の細胞核〈第三種四価元素〉にある……と」
「ああ、そういやシノブンも、そんな事言ってたっけ。で、その〈第三種四価元素〉って?」
「現行科学常識で〝四価元素〟は〈炭素〉と〈珪素〉の二種類のみ。けれど〈第三種四価元素〉は、どちらの情報も内包している。どちらでもあり、どちらでもない。炭素と珪素に続く四価元素だから〝第三種〟と呼ばれる。これがmRNA複写情報を疑似炭素から疑似珪素へと推移させる事で、細胞の鋼質化プロセスが生じるみたい」
……既にギブアップ。
字面だけで小難しい。
「その〝mRNA〟ってのは、何さ? そもそもRNA自体が解らないけど」
「RNAとはDNAと酷似した構造を持つ分子。その内、DNAから遺伝コードをネガ複写して、別細胞へと正転写複製するRNAがmRNA──正式には〝メッセンジャーRNA〟と呼ばれる物よ。生物の細胞増殖は、これによって成立しているの。で、あなたの〝オペロン〟は、DNAに秘匿されている珪素核情報を阻害制御する〝シフトリプレッサー〟が結合する事で、普段は炭素核情報の方が表層化している」
「オベロンって?」
「リプレッサー領域を所有する細胞の呼称」
「リプレッサーって?」
「DNAに付着する事で情報複写を制御するスイッチ的な蛋白質。これが一時的に薄利すると、DNAはmRNAへと情報複写が可能となる。ただし〈エムセル〉の場合は、表層化情報を〝炭素情報〟と〝珪素情報〟とで入れ替える特殊性質だから〝シフトリプレッサー〟と呼ばれるのよ」
「炭素と珪素って?」
「少しは勉強しろーーッ!」
メニューハリセン再び!
「うぅ……勉強する暇なんて無いよぅ。ご飯食べて、テレビ観て、お風呂入って、深夜バラエティ観て、ゲームして、寝るだけで、いっぱいいっぱいなんだよぅ」
「ご飯食べて、テレビ観て、お風呂入って、深夜バラエティ観て、ゲームして、寝るからそうなる!」
「こんな難しい理論、高校生には不要だよ。理系大学じゃあるまいし」
「炭素と珪素ぐらいは把握しろって言ってるの! 小学生レベル!」
ガチ説教を喰らう最中、不意に二人の胸ポケットがバイブる。
ボク逹は発振源を取り出した。
つまり、パモカだ。ボクは赤で、ジュンのは青。
一応、着信履歴を見ると──やはりクルロリからだった。
噂をすれば何とやら。
「はい、ハロす!」
とりあえずボクが出た。
チャットリンク仕様だから、どちらが出ても問題ないんだけどね。
『日向マドカ、緊急連絡』モニターディスプレイにクルロリが映し出された。『凡そ三〇分前、巡回警察官が〈ベガ〉に遭遇したという報告を傍受』
え? 警察無線を盗聴したってか?
それって犯罪じゃん!
まあ〝宇宙人〟に、地球の法律が適用されるかは知らないけれど。
『証言によると、住宅街で物見に家屋を探り窺う挙動不審な〝メイド少女〟を発見。空き巣の疑いで職務質問したところ、液状化して逃亡したとの事』
「液状化……ねぇ?」
ボクは関心薄く六層チーズバーガーを頬張った。
そんな奇々怪々なメイド、あの娘しかいない。
ってか、さすがに六層だと臭いキツいな。
「それで逃亡先は?」
緊迫を孕みながらジュンが訊う。
『先程、広範囲索敵は終了。現在〈ベガ〉は、とある家宅に潜伏中。滞在時間からして籠城の可能性が高い』
「へー?」
ボクは他人事テンションで返した。
正直、関わりたくないし。
が、口直しのコーラを含んだ直後、クルロリからトンデモ情報がもたらされた。
『ちなみに籠城先は、日向マドカの自宅』
「ブフゥーーーーッ!」
噴き出したよ!
何してくれてんだ! アイツ!
ってか、クルロリも早く言え!
「わわわかった! とにかく、すぐに合流す……る……って、アレ?」
『日向マドカ、どうかした?』
「いや、ジュンがね?」
頭からビショビショだった。コーラで。
あ、ヒクヒクと頬がひきつっている。
「いきなり何すんのよーーッ!」
怒気爆発で必殺の卓袱台返しを喰らい、ボクは見事にひっくり返った!
周囲からの注目を一身に浴びて……。
我が家から少し離れた場所のモデルハウス──クルロリは、そこを合流場所と指定した。
到着したのは午後七時頃。既に開錠されていた。完全に不法侵入だ。
陽が暮れた事もあって、屋内は閑寂とした暗さに支配されている。当然ながら住人はいない。
で、リビングでの作戦準備。
「その後、状況は?」
ジュンが確認した。
「特に進展は無い。警察は疎か、近隣住人も状況を察知していない模様」
相変わらず事務的にクルロリが答える。
「そう、一安心ね」
「ってか、何を順応してるのさーーッ! こんな小恥ずかしい恰好させられてーーッ!」
「……それは言わないで」
現在、ボク達はクルロリからの支給品を着用していた。
つまり〝セーラー服〟──しかも、超ミニスカ仕様の夏服。
何故っ?
「これは〈ポータブルハビタブルウェア〉──通称〈PHW〉と呼ばれる多機能型環境適応活動服」
ボクの不平不満を拾い、クルロリが淡々と説明する。
「いや、どこからどう見ても〝セーラー服〟だよ! 全宇宙の野郎共が崇めるマストアイテムだよ!」
「見た目はそうでも、実際は諸々の特殊機能を備えている超科学産物。例えば超耐熱・超耐寒・超耐圧を基礎性能の設計思想とし、素材には高い衝撃分散吸収力を誇る特殊合金繊維生地。オプションのバイザーメットを被れば、約二~三時間は宇宙空間でも活動可能」
言い張るか!
「思いっきり露出してるだろ! 素肌!」
「大丈夫、クォンタムバリアコーティングを施してある」
「く……くおんた?」
「クォンタムバリアコーティング──特殊加工素粒子による有害物質遮蔽コーティングの事。簡潔に言えば、透明皮膜型粒子バリア。従って素肌に見えても、実質は素肌ではない。気密性も完璧」
……『ダーペ』かよ。
とりあえず高 ● 穂先生に謝れ。
「素直に宇宙服でも着せればいいだろ!」
「ネット情報で学習した──セーラー服女子高生は、普遍的に最強だ……と」
ドコのアダルトサイトだ!
無垢な朴念仁に、妙な誤認を植え付けたのは!
「ヤダヤダヤダッ! こんな肌露出の高い萌え衣装着て、スーパーヒロインごっこなんてイヤだ!」
「なら、別仕様もある」
「おお! あるんじゃん! なら、そっちで……」
「はい」
手渡された現物を見て、絶句に固まる。
「クルロリ? コレは?」
「別仕様の〈PHW〉。防御面は落ちる反面、運動性能は向上している」
「ブルマ体操着だろ! コレ! スパッツ世代には、もはや化石だよ!」
「ネット情報には、こうもあった──ブルマ女子高生も甲乙付け難い……と」
摘発してやる!
そのアダルトサイト!
「まあ、私も抵抗があるのは事実だけどね。二択ならコッチの方がマシかなぁ……って」
頬を赤らめつつ、ジュンが視線を逸らす。
「ってか、何でジュンまで? キミ、そもそも戦闘能力無いじゃん! 前線立たないじゃん!」
「うん、そうなんだけど……って、脚に頬摩りすなーーッ!」足蹴に怒気られた。「まあ、乗り掛かった船よね。あなたと一緒じゃないと、なんか気分的にイヤだし」
「はぅぅぅ……」至福に鼻血噴いたよ。「そそそそれって、告りだよね? マジラブだよね?」
「違う! 罪悪感的な問題!」
何だ、違うのか。
ジュンと一緒なら、それでもいいけどさ。
「で、どっち?」
クルロリが現実へと引き戻し、コクンと小首を傾げる。
「……スイマセン、コッチで」
悄々と〝セーラー服〟を選択した。
どんな『どっ ● の料理ショー』だよ! コレ!
「では、現在までに把握した情報を伝える。まず、日向マドカの母親は外出中」
「あ、お母さん出掛けてんだ? ラッキー!」
「けれど、家宅内には人質が一名──アナタの妹」
どんなサプライズかましてくれてんだ。あの愚妹。
毎回毎回〝人質〟って。
「マドカ、気持ちは分かるけど軽率な行動は厳禁よ」
「言われなくても分かってるよぅ」
「今回は日向マドカによる単独潜入が、最も効率が良いと判断」
「ちょ……ちょっと待って! マドカ一人で行かせるっていうの?」
無謀とも思えるクルロリの策に、ジュンが抗議する。
一方で、ボクは「ああ、なるほどね」と楽観的に納得。
「マドカ? あなた、まさか?」
「平気平気。むしろ今回は自分家だから、確かに勝手知ったるナントヤラだもん。ボクの全身鋼質化なら、正体が気付かれる心配も低いしね。そういう事でしょ?」
ボクの確認にクルコク。
「じゃあ、せめて可能な限りサポートするから。遠隔位置だから心許ないけど」
「うん」
「方向性は纏まった。これより作戦実行へと移行する」
クルロリが事務的に促す。
こうして『愚妹救出作戦第二号』が決行される運びとなった。