vs,SJK:vs,ブロブ Round.2
屋根裏を匍匐前進する。
さすがに蜘蛛の巣やらネズミの死骸やらは無いけれど、気分的には宜しくない。埃塗れになるし。
鋼質化をしていなかったら抵抗感がスゴいだろう。
とりあえず〝ル ● バ〟の気持ちが分かった気もする。
やがて目的位置に着いた。
ヒメカの部屋の真上だ。
クルロリからの事前情報はドンピシャリ。
梁から覗き込むと、見覚えのあるロングボブ娘がいた。
「あ、ヒメカだ」
『状況は?』
ボクの呟きを拾ったジュンが確認する。
胸ポケットに忍ばせたパモカは、ハンズフリーモードの脳波通信仕様にしてある。故に彼女の声が聞き取られる心配はない。
「う~ん、それがねぇ?」
『何よ? 歯切れの悪い』
「ティータイムしてる」
『は?』
「だから、ヒメカと〈ベガ〉で、お茶してるんだって。お菓子を摘まんで」
『友達との女子会か!』
「ボクに言うなよぅ」
梁から覗き見る眼下では、ステンレス盆へ盛り付けられたケーキをヒメカが摘まんでいた。
「このシフォンケーキ、おいし~い♪ 」
「御褒めに預かり光栄です。勝手にキッチンや材料を拝借した事については申し訳ありませんけれど」
「そんなの別にいいよぉ?」
いや、よくないだろ。
知らない人を易々と家へ上げるな。
そして、警戒心も無く不審物を食うな。
こちらの困惑も知らず、和やかムードに語らう人質と籠城犯。
にしても、何考えてんだ?
いや、あの〈ベガ〉もだけど……むしろ愚妹の方!
すっかりティートモと化したメイドベガは、やがて丁重に頭を下げた。
「ヒメカ様、申し訳ありません。とりあえず手近な庭先へと逃げ込んだだけなのですが、まさかタイミング良く御帰宅されるとは……」
あ、ボクの家とは知らずに飛び込んだんだ?
表札も見ずに?
だとしたら、神様は性根腐っとる。コレってば、かなり低確率の偶然だぞ。
「別にいいよぉ?」
シフォンにパクつきながら、屈託無く笑うヒメカ。
いや、よかねーよ!
どんだけ迷惑掛けてんだ!
「それに、シャワーまで貸して頂いて……」
貸したんかぃ!
大丈夫だろうな? 家の風呂場?
粘液でドロドロになってないだろうな?
ヤダぞ? 今晩はローション風呂なんて!
「だって、小枝や土埃塗れで可哀想だったんだもん」
「申し訳ありません。執拗に追われて、庭先や路地裏を逃げ惑っていましたから……」
随分とバイタリティー漲るお巡りさんに目を付けられたモンだな。ご愁傷様。
「だから、別にいいよぉ。そのお礼として、このお菓子作ってくれたんでしょ?」
「え……ええ、それはまあ」
「ヒメカ、これ好き」
「え?」
「あなたが作ったお菓子、とってもおいしいの。フワッと優しい甘さなの」
「そう……ですか」小さく含羞むメイドベガ。「初めてですわね──誰かに『おいしい』と誉めて頂けたのは……」
「ふぇ? 誰にも食べさせてないの? こんなにおいしいのに?」
「ええ」
「家族や、お友達にも?」
ヒメカの率直な質問に、メイドベガは愁いを落とす。
「……いませんもの。そうした人は」
儚い陰り。
正直〝何〟があるのか知らないけれど、この娘にはこの娘なりの〝何か〟があるんだろう。
「ふぅん?」
キョトンとパクつく愚妹。
ってか、オマエは他人の機微も嗅ぎ取れないのか!
姉ちゃん、情けなくって涙出てくらぁ!
「じゃあ、ヒメカが〝最初のお友達〟だね?」
「……え?」
戸惑っている。
無理もないけど。
我が妹ながら突拍子も無いな。
「友達……ですか」
淡く微笑みを携えていた。
嬉しそうな微笑を……。
心温まる友情の萌芽。
ってか、キミ達〝籠城犯〟と〝人質〟だよね?
何でハートウォーミングな展開?
「でも、何で逃げ回ってたの?」
「私、ある方を探しておりますの。その矢先、警察から不審者扱いされまして……」
「へぇ? ヒドいね?」
警察、一方的に悪者扱い。
ってかコイツは、絶対に何も実感してない。
シフォンの味覚脱線ながらに、テキトーな相槌をしてるだけだ。
……だって、ボクの妹だもん。
「ところで、ヒメカ様?」
「もう〝ヒメカ〟でいいよぉ」
どうして籠城犯相手にフレンドリーだ。オマエは。
「では、その……ヒメカ? この辺りの住人で〝日向マドカ〟という方を御存知ないでしょうか? 私、その方を探しておりまして──」
「胸ペッタン?」
「はい?」
うぉい!
いきなり何を口走ってんだ! この愚妹!
「だから〝日向マドカ〟は、ヒメカのお姉ちゃんで、胸ペッタンなの」
「胸、関係ない」
『私のを取るな』
屋根裏で呟いたら、専売特許者からツッコまれた。
それはさて措き、どんな識別法を教えてくれてんだ! アイツ!
「貴女、妹さんでしたの?」
「そだよ?」
「では、御名前は〝日向ヒメカ〟と?」
「うん」
「……そう、妹さんでしたか。運命の悪戯ですわね──いえ、結果として幸運と考えるべきなのでしょうか」
伏せた眼差しが寂しそうにも映ったのは、束の間の友情が幻想と砕けたせいだろうか。
「どしたの?」
「残念ですわ、ヒメカ……こんな巡り合わせでなければ、素敵な友達になれたでしょうに」
眼前で徐々に液状化を始めるメイドベガ!
変質部位の体色が碧桂石色に染まり、もはや下半身はメロンゼリーの塊だった。
「心の底から嬉しかったですわ。一時でも素敵な夢を見られて」
「ひっ?」
異形の正体を目の当たりにして、ようやくヒメカも身の危険を実感したようだ。
「おとなしくして下さいませ。誓って、手荒な真似は致しませんから」
「いや……いやあ!」
だから、知らない人を家へ上げるなって!
幼稚園で習ったろ!
えぇい、もう!
世話が焼ける!
「毎度ーーッ! 来々軒アルよォォォーーッ!」
ボクは天井を突き破り、ミサイルキックを喰らわせた!
上半身にクリーンヒット!
まだ人間形態を維持していたせいか手応えあり!
「あうッ!」
床板をブチ破って、怪物メイドが階下へと墜落!
『ちょ……っ? マドカ、何やってるの!』
「アハハ、ゴメン。ボク的に限界だった」
空々しく謝っておく。
「さてと、言いたい事は山程あるけど……」
愚妹へ説教せんと振り返った瞬間──「アッチ行けぇ! オバケーーッ!」──ベチィィィンッ!
顔面に叩きつけてきたよ。教科書が詰まった通学鞄を。
「いきなり何すんだーーッ!」
「ふぇ……ふぇぇん! お姉ちゃ~~ん! うわ~ん!」
今度は琴線切れて泣き出したし。
「情緒不安定か! オマエは!」
「うるさいオバケ! 変な事したら、お姉ちゃんに言いつけるんだから! ヒメカのお姉ちゃん、胸ペッタンだけど強いんだからね!」
お姉ちゃん、目の前にいるからな?
後で覚えとけよ?
場違いな姉妹喧嘩が展開する最中、ボクの背後で床が噴き弾けた!
濛々たる爆塵の中で、粘液質の蔓が樹林と絡み伸びる!
「コイツ、やっぱり〈ブロブベガ〉か?」
粘液質の蔦が滴り混じり、再び〝メイド少女〟の姿を形成した!
「ようやく御会いできましたわね。私の名は〝ラムス〟と申し──」
「ああ、そういうのは別にいいよ。悪いけど〈ベガ〉の自己紹介とか興味ないもん」
無関心ながらに遮り、怪物との反目を交わす。背後に妹を庇いつつ。
とりあえず、ボクは裏拳一発で壁に大穴を開通。
そこを顎で指して、自分の部屋へと敵を誘った。
「どういうつもりですの?」
「この子は関係ないからね」
そう告げて、ボクはヒメカを一瞥。
「……なるほど」
淡い苦笑を含むと、怪物少女は素直に従う。
「ごめんなさいね、ヒメカ」
怯える瞳と擦れ違う瞬間、彼女は小さく呟いていた。
静かに優しく──そして、寂しく。